テラーノベル
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眩しい6月末の朝日が、ダイニングテーブルを明るく照らしていた。
キッチンからは、食欲をそそるバターの芳醇な香りと、卵を溶くリズミカルな音が聞こえてくる。地獄のような(僕にとっては幸福すぎる)添い寝の試練を乗り越えた先には、夢にまで見た「理想の朝」が広がっていた。
「お待たせしました。冷めないうちにどうぞ♡」
エプロンをつけた白石さんが運んできたのは、美味しそうな朝食だった。ナイフを入れれば溢れ出すとろとろ卵のオムレツ。シャキシャキとした瑞々しい彩りサラダ。そして、旬の果物を添えたフルーツヨーグルト。
(……栄養バランス、色彩、配置。非の打ち所がない『究極のUX(ユーザー体験)』だ。この環境に一生ログインし続けたい……!)
「美味しすぎる……!」
「ふふ、良かったです。いっぱい食べてくださいね♡」
口の中でとろける卵の甘みに、僕の脳内は多幸感で満たされていく。こんな幸せが、もし毎日続くとしたら。この「家庭」という名のシステムを、一生かけて保守(メンテナンス)し、守り抜いていきたい。その決意が、一口ごとに強固なソースコードとなって、僕の中に書き込まれていった。
食後のコーヒーを淹れ、ふっと一息ついた時。白石さんが、カップを持つ手を止めた。
「……あの、陽一さん。一つ、聞いてもいいですか?」
「ん? なに?」
「そういえば……銀座にいたの、妹さんへのお祝いか何か、だったんですか?」
ああ、そうだ。美咲が妹だという誤解は解けたけれど、肝心の「目的」はまだ話していなかった。僕はコーヒーカップを置き、傍らに置いていた鞄から、小さな青い箱を取り出した。紛失のリスクを考えれば、自宅に置いておくのが正解だろう。
けれど、いつ訪れるかわからないタイミングを逃したくなくて、僕は今日までお守りのように、この小さな箱を持ち歩いていた。
「白石さん。……今から理由を話します」
「……え?」
僕は彼女の正面に座り直し、その箱をまっすぐに差し出した。
「あの時、妹に付き合ってもらっていたのは、これを選んでいたからです」
パカッと開いた箱の中で、美咲にダメ出しを食らいながら、予算とスペックの限界まで追求して選んだダイヤが、朝日に反射して眩しく輝いた。
「白石さん。……僕と、結婚してください。君の人生というプロジェクトを、一番近くでサポートさせてほしい」
彼女の瞳から、大粒の涙がポロポロと溢れ出した。
「陽一さん……っ。嬉しい、です。本当に……っ!」
喜びに震える手で、彼女がその箱を受け取ろうとした――その瞬間だった。白石さんの動きが、ピタリと止まった。
彼女の顔が、みるみるうちにこわばっていく。
「……っ! ……あ、ありがとうございます。死ぬほど、嬉しいです。……でもっ、ごめんなさい! 私、陽一さんとは結婚できません!!」
「………………え?」
こうして僕の人生二度目のプロポーズは、最高潮から一転、無残かつ盛大に粉砕されたのだった。
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