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かわいいーラウちゃん🥹✨🤍
次の日から、僕はなんとなくその友達を避けるようになった。
反対に、友達も僕と目を合わせなかった。
僕は独りぼっちになった。
ただ正直なところ、そこまで悲しくなかったし、寂しくもなかった。
どんなに毎日一緒にいても、相手のことなんて、その人の本当の姿なんて、誰にも分からないのだ。
あの時のように、また悲しい気持ちになるくらいなら、一人でいた方が気が楽だった。
しかし、毎日退屈だった。
普通のご飯を食べて、普通の家庭で暮らして、普通の学校に通って。
特別なことなんてこれまでも何も無かったが、「つまらない」と感じてばかりになった。
「僕に必要なもの」「僕の身の竹にあったもの」「僕の心から欲しいもの」は何だ?
暇になった僕は、毎日おばあちゃんの言葉について考えていた。
それから一ヶ月程経った。その日の僕は、宿題をする気にもなれなくて、一人で商店街をぶらついていた。
あの電気屋さんの前を通ると、中には深澤さんとおじさんがいた。
もう一度深澤さんと話したい。そう思った時にはもう既に、店のドアを潜っていた。
「こんにちは」
「…ん?あぁ、いつかのガキンチョか。相変わらず元気ねぇな」
「あ。あの時の君か」
「あ、おじさん…あの時は本当にごめんなさい…」
「いや、あの時は俺も頭に血が上っちゃってたよ。結果的に何も起こらなかったんだから、もうお互い水に流そう」
「はい…」
おじさんは優しい人だった。
深澤さんと一緒に、奥の部屋でお菓子を食べていけと言ってくれた。
おじさんが出してくれたカステラを食べながら、僕は深澤さんと話をした。
「深澤さんはいくつなの?」
「25」
「僕は14歳だから…えっと…11歳離れてるんだ。なんのお仕事してるの?」
「今ちょうど仕事中だよ」
「お菓子食べるのが仕事なの?」
「んまぁ、これもそうだな。商店街の人たちとは常にいい関係でいたいからね。定期的にこうやって世間話しながら、交流深めてんの」
「交流を深めたあとは何をするの?」
「みかじめ料って聞いたことある?」
「無い。なにそれ?」
「この町で商売してる人たちが損しないで、みんな平和に働けるようにその管理をしてんの。まぁ、他にもいろんなとこで町の平和を守ってて、その管理費みたいなもん?のお金をみかじめ料っつって、みんなからもらってんの」
「そうなんだ。じゃあ深澤さんは、この町のヒーローなんだね。かっこいい」
「お、もっと言ってくれていいぞ?俺かっこいいだろ?」
「自分で言っちゃうと、あんまりかっこよくないかも」
「なんでだよ…」
聞きたいことがたくさんあった。
あの日以来、僕はおばあちゃん以外とあまり会話をしていなかったから。
ただ誰かと、言葉を交わしたかった。
それからしばらくすると、深澤さんはおじさんから封筒を受け取り、湯呑みに入っていたお茶を飲み干してから立ち上がった。
「いつもありがとね。じゃあおっちゃん、またねー」
「こっちこそですよ。これからも、いい商売できるように頼みますよ」
「わーってるって。風邪ひくなよー」
「じゃあ僕も帰ります。おじさん、ご馳走様でした」
「うん、いつでもおいで。不思議な縁だけど、君はもう俺の友達みたいなもんだから」
「へへ…ありがとうございます…。さよなら」
意外なところに転がっていた出会いだったが、学校にいるより、同学年の子と過ごすより、居心地がよかった。
どう見られているか、どう思われているか、なんてそんな些細なことを必要以上に感じ取っては僕の神経は衰弱しかけていたし、いつだって気を張り詰めさせていた。
しかし、先ほどまでの僕は、そんなことを一瞬たりとも考えたりはしなかった。
久しぶりに、僕のままでいられた時間だった。
また会いたい。
そう思わずにはいられなかった。
それからというもの、僕は学校が終わると毎日商店街に行くようになった。
いつだって深澤さんを探していた。
電気屋のおじさんによると、商店街に来るのは一ヶ月に一回のみであり、それ以外の日はどこで何をしているのかは分からないという。
それでも、「ずっと待っていたらいつかは会えるんじゃないか?」と思った僕は、めげずに、毎日アーケードの中や、その周りを歩き回った。
何日も会えないまま、日が暮れる前に自分の家に帰る生活は続いた。
また一ヶ月が経って、心が折れるかどうかというその日、僕はやっと深澤さんに会うことができた。
深澤さんは、商店街の端にあるクリーニング屋さんのおばちゃんと話をしていた。
嬉しくなった僕は、その姿を捉えた瞬間に大きな声で深澤さんを呼び、そこへ駆け寄った。
「ふかざわさーーーんっ!!」
「!?…って、またお前か。なに、どしたの」
「僕、また深澤さんと話がしたくて。それで、毎日探してました」
「げ、毎日!?大変だったろ。言ってくれりゃ連絡先くらい教えんのに」
「え!いいんですか!?」
「ははっ、変なのに懐かれちゃったな。会いたくなったらいつでも連絡しな」
そう言って渡されたのは、小さなカードだった。
「深澤辰哉」という名前のすぐ横には、「宮舘組」と書かれていた。
宮舘組のことは、僕も聞いたことがあった。
この辺りに住んでいる人たちの中で、その名を知らない者はいない。
どんなことをしているのか、それは謎に包まれていたが、この人たちがいるから町がずっと平和であるという噂は何度も耳にしていた。
そう考えれば、深澤さんの仕事にも納得がいった。
「会いたくなったら」と深澤さんは言ったが、正直なところ毎日会いたかったので、困らせちゃうよな…と思うと、電話はできそうになかった。
だから、僕は連絡先をもらった後も変わらず毎日商店街をぶらついて、電気屋のおじさんと話をしたり、クリーニング屋のおばちゃんとお菓子を食べたりして、深澤さんが来たときは、深澤さんと話をすることにした。
そんな生活がしばらく続いたある日のこと、いつも通り、電気屋のおじさんとお菓子を食べながら話をしていると、店の中に電話の音が鳴り響いた。
受話器を耳に当てながら何かを話していたおじさんは、電話が終わると慌てたように部屋中を歩き回り始めた。
忙しそうなおじさんに向かって遠慮がちに「どうしたの?」と尋ねると、周りに無精髭を湛えた大きな半月型がくるっとこちらを向いた。
「病院行ってくる!かみさんの陣痛が始まったって連絡が来たんだよ!俺の子供が生まれるんだ!」
おじさんはとても嬉しそうだった。
「それはよかったね!早く行ってあげないと!僕にできることはある?」
「おう!俺の娘が産まれるんだ、、、…あー…どうしよう…」
「どうかしたの?」
「今日、深澤さんが来る日なんだよ。でも、今から店閉めなきゃいけないし…」
「なら、僕がお店の外で深澤さんを待っててあげるよ。いつも通り封筒渡したらいいんでしょ?」
「ほんとか!?助かるよ…これ深澤さんに渡しておいてくれ。じゃあ俺は行くから、本当にありがとな!」
「うん!気をつけてね!」
おじさんはボロボロの小さな車に乗り込むと、とてつもないスピードで病院へ向かって行った。
僕は預かった封筒を無くさないようにポケットに入れて、店の前で深澤さんを待った。
そう時間は経たないうちに、深澤さんの派手なシャツが目に入ったので、すかさず駆け寄った。
「深澤さん!」
「おー、一ヶ月ぶりだな。元気か?」
「はいっ!」
「やっと元気になってきたな。…てか、おっちゃんは?俺が行く時はいつでも店開けててくれんのに」
「あ、おじさんね、今病院に行ったの」
「あー、もしかして嫁さんとの子供もう産まれんのか?」
「そう!なんで分かったの?」
「だいたいの話は聞いてたからな。最近はずっとそればっかだったし」
「そっか」
「んでお前はおっちゃんの店の前で何してんの?」
「あ。そうだ。これ、僕が代わりに渡しておくっておじさんと約束したから、深澤さんを待ってたの」
「おー、そういうことか。ありがとな」
「えへへ、どういたしまして!」
誰かに感謝されるということは、とても嬉しいことである。
僕はこの時、それを初めて実感した。
おじさんの安心したような笑顔も、深澤さんから言われたお礼の言葉も、ずっと心に残っていて、いつまでも離れなかった。
そういう気持ちになれることを知識として知ってはいたが、実際に身に沁みて感じたのはこの時が初めてだった。
深澤さんは、小さなポーチに封筒を入れたあと、「じゃあまたなー」と言って手を振った。
上手く言えないけれど寂しくなって、理由は思い付かないけれど物足りなくて、僕は姿形のはっきりしない、ぼやけた「もっと」が欲しくなって、大きく息を吸い込んだ。
深澤さんのその背中に向かって、僕は溜め込んだ空気を全て使い、絶叫にも近いほどの声を上げた。
「僕!深澤さんと同じお仕事がしたいです!!」
少し遠くの方にあった深澤さんの背中が、瞬間的にビョンと伸びた。
慌てたように走って戻ってきては、深澤さんは勢いよく僕の口をその手で塞いだ。
ゴツゴツとした金色の指輪が、上唇に当たって痛かったことを今でもよく覚えている。
「ちょちょちょ!声でかい!目立つから!場所変えるぞ!」
深澤さんは、僕を連れて河川敷まで歩いて行くと、突然立ち止まって原っぱの上に座った。
「んで?どうした急に」
「えっと…だから僕、深澤さんと同じ仕事がしたいんです」
「ほーん、そりゃまたなんで?」
「深澤さんは、商店街のみんなから慕われてる。感謝されてる。さっき、おじさんのお手伝いをした時、おじさんがとっても喜んでくれたの。だから、僕もみんなから感謝されるお仕事がしたいの。でも、それだけじゃなくて…」
「うん」
「深澤さんみたいに、みんなが自然と集まってくるような、そんな人にもなりたいの。だから、修行させて欲しいんです!」
「修行ねぇ…俺、別に何にもしてないけどな」
「でも、僕にはそう見えるんだもん。深澤さんは、僕の憧れの人なの」
「んまぁ、そう言われて悪い気はしないけど…たださぁ…。お前、よーく考えてみろ?」
「ん?」
「俺、ヤクザの端くれだかんね?そこ忘れてねぇか?」
「あ、忘れてた」
これは本心だった。
この町を守ってくれてるヤクザだと、改めて言われて思い出したくらいには、彼は本当に普通の人に見えるのだ。
深澤さんは、僕のきょとんとした顔を見ると、「お前なぁ…」とおでこを抑えて、深いため息をついた。
「気持ちは嬉しいけど、カタギの人間をこっちの世界にそう安易とは連れ込めねぇよ」
「そうですか…」
「…でも、まぁ、そうだな…」
「うん?」
「一ヶ月で商店街の連中全員と仲良くなれたら、手伝わせてやる」
「ほんと!?僕頑張る!」
「おー、がんばれがんばれ。そうだ。お前の名前聞いてなかったな」
「僕はラウール。村上真都ラウール」
「ハーフか。どおりで綺麗な顔してると思ったよ。よろしくなラウール」
「よろしくお願いします!深澤さん!」
「ふっかでいいよ」
「へ?」
「俺のあだ名。みんなそうやって呼ぶ。じゃあまたな」
深澤さん改め、ふっかさんとの約束を果たすべく、僕は学校が終わると毎日商店街の人に話しかけに行った。
とは言え、これまでも散々ふっかさんを追いかけ回すたびに、誰彼構わず手当たり次第に商店街の人たちに声を掛けていたので、大体の人はすでに僕のことを知っていた。
「魚屋のおばちゃん、こんにちは!」
「あらラウちゃん!今日は深澤くんと一緒じゃないの?」
「うん、今日はふっかさんとおんなじお仕事するための宿題してるんだ」
「ようラウちゃん!菓子食ってくか?」
「駄菓子屋のおじちゃん、こんにちは!嬉しいけど、お店のお菓子がなくなっちゃうよ?」
「いいんだよ!ラウちゃんは特別だから」
「わーい!ありがとう!」
僕は、まだ話したことの無い人たちとも仲良くなろうと、手始めに魚屋のおばちゃんと、駄菓子屋のおじちゃんが普段よく話している人たちを紹介してもらった。
僕一人の力では、きっと難しいこともあるだろう。
だから、知っている人からまだ出会ったことのない人たちにって、「人の輪」を広げていく作戦を立ててみたのだ。
それは想像以上の効果があり、一ヶ月が経つころには商店街の人全員と世間話ができるくらいには仲良くなっていた。
このアーケードの中で暮らしている人たちの中で僕が知らない人はいないし、反対に、僕が通りを歩くと、みんなが声を掛けてくれた。
この上なく嬉しかった。
みんなが僕に声を掛けてくれることが、みんなが僕を知っていてくれることが。
初めて出来た大きな目標のために頑張れることが。
全部、全部、嬉しくて、わくわくして、楽しかったんだ。
約束の日から一ヶ月が経った日、僕は家の固定電話から深澤さんにもらったカードに書いてあった番号に電話をかけた。
ドキドキしながら呼び出し音に耳を傾けていると、何コール目か続いた後に明るい声が受話器から聞こえた。
「はい、宮舘ですー!」
「あっ、あの、すみません。深澤さんはいますか?」
「ふっかさんやったらさっき出かけたで?何か用あったん?帰ってきたら伝えとこか?」
「あ、いえ!ならいいんです!ありがとうございました!」
「ほうか。ほんなら失礼しますー」
お笑い番組で聞いたことがあるような、関西訛りの元気そうな声だった。
顔は見えなかったが、楽しい人であることは間違いがなさそうだった。
僕はツーツーと音が鳴る受話器を置くと、すぐに商店街へ向かった。
ふっかさんは、やはりそこにいて、 電気屋のおじさんと店先で話しながら、体を後ろに仰け反らせて大きな声で笑っていた。
僕がそこへ走って近付いて行くと、ふっかさんは「待ってたよ」と言った。
「じゃあおっちゃん、今日はこんくらいで。また来るわ」
「はい、いつでも歓迎してますよ。ラウールくんもまたね」
「はいっ!さよなら!」
電気屋のおじさんがお店の中に入って行くのを見届けると、ふっかさんは「ちょっと歩こっか」と言った。
アーケードの中を歩いてお店の前を通り過ぎるたびに、みんなが僕とふっかさんに声を掛けてくれた。 その様子を見て、ふっかさんは「頑張ったんだな」とそれだけ言った。
たった一言だけでも、本当に嬉しかった。
誰かが頑張ったことを認めてくれる、それだけのことに、心からの充足感を感じた。
ふっかさんはお肉屋さんの前に行くと、紙袋に入った何かをおばちゃんから受け取って、小銭を渡していた。
「何買ったの?」
「んー?ちょっとな」
ふっかさんは何も言わず河川敷まで来ると、草の上に座ってその紙袋を僕に手渡した。
「頑張った奴にごほーび」
「え、僕にくれるの?!ありがとう!」
「ここのすげぇ美味いんだよ」
「唐揚げだ!僕唐揚げ大好き!やったー!」
「なら良かったよ。…まさか、ほんとに全員と仲良くなっちゃうとは思ってなかったよ」
「うん?」
「いや、なんでもねぇよ。手伝い、したいんだろ?」
「っ!うん!」
「しょうがねぇな、面倒見てやるよ。ただし!まだ保留期間だかんな?」
「保留?」
「お前にはまだ無限に可能性がある。普通の会社で働くことだってできるし、絵描いたり歌歌ったり、芸能人とか?そういうもんになれる未来だってある。だから、お前がなりたいって言ってる人間になれるまでは、俺を使えばいい。満足した時はお前の好きなとこに行きな」
「うん、ありがとう!よろしくお願いします!師匠!」
「っははッ、師匠はやめて。そんなガラじゃねぇから」
こうして僕は、ふっかさんの仕事を手伝うようになった。
僕のすることは、変わらず商店街のみんなと仲良くすることだった。
喧嘩しているおじちゃんたちの仲裁をしたり、おばちゃんが飼っていた猫を探したり、「これって本当にお手伝いになってるのかな?」と思うようなことばかりだったが、それでも、憧れのふっかさんに少しずつ近付けているような気がしていた。
続