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悠人は、ふとした感覚で目を覚ました。視界に広がるのは、病室の天井。
(……そうだよな、流石に夢だよな……)
昨日の黒雷と灼炎の戦いが脳裏をかすめる。だが、あれはどう考えても現実味がなさすぎる。
きっと熱にうなされて見た悪夢だろう。
「……二度寝、二度寝」
寝返りを打ち、横向きで目を閉じかけたその瞬間――。
赤。
視界の端に、赤が揺れた。
(ん?……なんか急に部屋の気温上がった?)
目を薄く開けると、椅子に座り見覚えのある鮮やかな赤髪が見える。
それを辿っていけば、そこに座っていたのは――昨日、夢に出てきたあの美人。
灼紅のカレン。
いや、周りからは「灼高」と呼ばれていたはずだ。
(……よし、知らないふりだ……)
悠人は慌てて目を閉じた。寝息の演技も忘れない。
だが、その努力は一瞬で無駄に終わる。
「――おい! 今、起きただろ!」
耳元で鋭い声が響く。
「……いや、やだ。起きたくない」
悠人の布団は、容赦なくカレンに攫われた。
「お、おい! この世界の女の子みんな力強すぎだろ!」
内心で悲鳴を上げつつ、思わず口をついて出たのは――。
「……殺される……」
言った瞬間、自分でも「ヤバい!」と思った。
しかし背後から軽快な声が飛んでくる。
「はいはい、カレンさん。あんまりいじめないでくださいよ」
軽く手を叩く音と共に現れたのは、白髪と銀髪が混ざったような髪をした男。
メガネを掛けたその男は、にやりと笑いながら悠人の肩を馴れ馴れしく組む。
「僕の名前は四郎って言います。――悠人くん? 会いたかったよ」
唐突すぎる言葉に悠人は目を瞬かせる。
その真意を測ろうとした瞬間、四郎はまた調子を戻した。
「実はね悠人くん、君が電撃で気絶した後……カレンさん、ずーっとベッドの隣に座って待ってたんですよ。日を越す頃には――なんと一緒に寝てたんですけどね、ひひっ」
「……な、なんだよ灼高。意外と可愛いとこあるじゃん」
悠人がからかうように笑うと、四郎も同調して肩を組み、二人でニヤニヤと顔を見合わせる。
――次の瞬間。
脳天に「ゴンッ!」と重い衝撃が走った。
「いっっってぇええええ!!」
悠人は床に崩れ落ち、頭を押さえて転げ回る。
見るとカレンの拳はまだ握られたまま。怒りと恥ずかしさを必死に抑えた顔で、低い声を落とす。
「本題に入るぞ。」
一瞬で場の空気が張り詰めた。
先ほどまで軽口を叩いていた四郎ですら、笑みを引っ込め、姿勢を正す。
カレンの赤い瞳が、悠人を鋭く射抜いた。
「悠人。お前は……“あの場所”で何をした?」
――“あの場所”。
聞き覚えのない言葉なのに、胸の奥に重くのしかかるものがあった。
悠人はごくりと唾を飲み込み、思わず口を開く。
こういう時は素直に言うしかないよな。
「あはは。実は僕――前の記憶がなくて……」
カレンの赤い瞳が一瞬見開かれ、すぐに怒気を帯びる。
「……ふざけるな!」
案の定、反応は決まっていた。
怒声に悠人は肩をすくめるが、四郎だけは違った。
今までの軽い調子とは打って変わって、静かに語り出す。
「悠人くん。記憶がないらしいから少し説明します」
四郎は一度、言葉を選ぶように小さく間を置く。
「この世界には、こんな逸話があります」
低く、昔話を語るような声が、静かな病室に響いた。
「遠い昔――
別の世界から来た、最初の“異端者”。
一人の天才発明家が、この世界へ迷い込んだとされています。
名は、ウォーデンクリフ(Wardenclyffe)」
その名を聞いた瞬間、悠人は無意識に背筋を伸ばしていた。
「彼は、この世界の技術を目にし、心から感動したそうです。
そして、こう言った――
“この技術を持ち帰れば、自分の世界は変えられる”と」
四郎は、そこで一度言葉を切る。
「彼はこの世界の技術を学び、その“礼”として――
一つの装置を作り上げました」
悠人の喉が、無意識に鳴った。
「それが、この街の中心核に存在する――コアです」
息を呑む悠人をよそに、四郎は淡々と語り続ける。
「そこから放出される莫大なエネルギーによって、街全体、そしてあらゆる機械が稼働しています。
その後、彼はコアを利用し、元の世界へ帰還した――そう、伝記には記されています」
悠人は黙って耳を傾けていた。
四郎の眼鏡に病室の灯りが反射し、冷たく光る。
「――そして、ごく稀にですが。
この世界には、彼と同じように“別の世界から来た”人間が現れます。
こちらでは、それを異端者と呼びます」
異端者。
その言葉が、悠人の胸に、妙な引っかかりを残した。
「ウォーデンクリフが生み出した数々の軍事ガジェットは、“悪用される未来”を恐れ、すべて破壊されたと記録されています」
「……ですが」
四郎の声が、わずかに低くなる。
「なぜか、その失われたはずの技術は復元され、
体内に装備している者たちが存在する異端者で構成された、組織――サイバーヴァンプ」
重たい沈黙。
「この世界では“世界の中心であるコアを破壊すれば、
体内に埋め込まれた機械に電撃が走り、前の世界へ戻れる”と言う逸話があります。」
四郎は続ける
「以前サイバーヴァンプは――コアを破壊するため、襲撃を仕掛けてきました」
静かな口調が、かえって恐怖を煽る。
「奴らは“血”を燃料とする存在。
戦闘は苛烈を極め、戦況は完全に不利。
我々は、コアの目前まで侵入を許してしまった」
四郎は一度言葉を切り、悠人をまっすぐに見据える。
「――その時です」
病室の空気が、張り詰める。
「戦場全体を飲み込むほどの、巨大な閃光が走った。
視界を焼き尽くす光が――すべてを包み込みました」
そして。
「光が消えた後、そこに倒れていたのは――
悠人くんと、サイバーヴァンプのボス・カイロだったのです」
戦況はあまりにも苛烈で、
サイバーヴァンプも長時間の戦闘は不可能だった。
仲間たちは戦略的に撤退し、
ただ一人――カイロだけを、その場に残して。
カイロは目覚めることなく牢に幽閉され、悠人も検査を受けたが、体内のガジェットは見つからなかった。
悠人は病室で保護観察のような状態に置かれることになった。
カレンが眉をひそめ、声を上げた。
「おい四郎、こいつ、嘘ついてる可能性はないのか?」
四郎は淡々と答える。
「いやー、これは明らかに記憶喪失ですね」
悠人はその言葉に、少し気持ちを整理した。
――そうか、俺以外にもこの世界に入り込んでいる奴がいるのか。でも、“異端者”と呼ばれるくらいじゃ、前の世界から来たなんて言えないな。
悠人は肩をすくめ、口を開いた。
「いやー、とりあえず昨日は殺されるかと思いましたよ……」
カレンは眉を上げ、淡々と言った。
「我々はただ話を聞きに来ただけだ。殺されると思って勝手に逃げたのは貴様だろう」
――ああ、そうだった。俺の苦い記憶のせいで、勝手に逃げたのは俺自身だった。
カレンは続ける。
「ただ、貴様がどういうトリックで、あそこのセキュリティロックを外し逃げたのかは知らないけどな」
悠人は言葉を飲み込み、心の中で思った。
――この能力は、俺だけのものなのか。
面倒ごとには巻き込まれたくない――そう思い、敢えてその能力については口をつぐんだ。
カレンがゆっくりと声を上げる。
「と言っても、貴様の容疑が晴れたわけではない。容疑が晴れるまでは、今日からGPS付きの腕輪をはめてもらう」
悠人は思わず後ずさり、目を丸くした。
「マジかよ……」
カレンは無表情のまま続ける。
「もし不審な行動をしたり、壊して取り外そうとした場合――爆発する」
その言葉に悠人は体を硬直させる。
「……え、マジで?」
すると背後から軽い笑い声が聞こえた。
「災難だね、悠人くん」
振り返ると、四郎が肩をすくめて笑っている。
「これはね、僕が開発したんだよ」と言いながら、悠人の腕にGPS腕輪を取り付けた。
横で見ていた悠人が小声で心配そうに尋ねる。
「誤作動とか起こさないよね……?」
四郎は軽く笑い、肩をすくめた。
「多分、大丈夫だと思うよ」
「多分って……なんだよ」と心の中で突っ込みつつも、ここから退院できそうなのはそれしかなさそうだと悟り、悠人は渋々承諾した。
受付を済ませ、外に出ると、目の前に小さな影が見えた。
「お兄ちゃん!」
泣きながら抱きついてくる、短髪で元気な可愛い女の子。どうやら俺の妹らしい。悠人の胸にその体温と安心感がじんわり伝わる。
――転生して、初めて心の底から嬉しいと思った瞬間だ。