恋 は 盲 目
_ 恋におちると、理性や常識を失ってしまうということ。
そんな輩は心底馬鹿なんだと思う。
そもそも恋におちるという行為そのモノが馬鹿馬鹿しい。
嗚呼、己も馬鹿馬鹿しい。
前の席に座る刺々しい其の背中。
話し掛けるなと言わんばかりの其の眼光。
応用問題すらも容易く解いてしまう其の脳。
全て俺には無いモノで、愛おしさすら込み上げてくる。
触れたいだなんて死んでも考えない。
会話も
性行為も
笑顔も
俺は君に何も求めない。
唯、存在していてくれたら其れで構わない。
好きだと言われたい訳でも、
ましてや愛されたい訳でも。
唯、其の背中で其の瞳で其の脳で俺を知って欲しい。
好きだなんて気付いた時には遅かった。
朝起きても
登校時間も
授業中も
休み時間も
放課後も
下校時間も
課題をやる時も
飯を食う時も
風呂に入る時も
寝る時も
ふと、自分は何を考えていたか?と問えば、
君の姿が脳裏を過ぎる。
馬鹿馬鹿しい。
愛おしい。
「 ぁ、数学のノート集めてるんだけど …
提出できる? 」
下手くそな愛想笑いが君の面倒臭そうな視線をより色濃くせる。
「 ん 」
渡されたノートにはマジックペンで乱雑にも丁寧な字で名前が書かれていた。
須藤 蓮
「 ありがとう! 」
こんな遣り取りは君にとって何の価値も無いのだろう。
どちらかと言うと、やらなくて良いのならやりたくも無い遣り取り。
「 筧 」
頓に、男からしても低めで透き通った声が俺の耳に届いた。
「 ぇ、何? 」
「 御前って可愛いよな 」
馬鹿なのは何奴も此奴も変わらない。
俺を可愛いと言う事も
俺がこんな男を愛おしいと思う事も
二人が両想いかもしれない事も
全てが馬鹿馬鹿しい。
世界は恋だとか愛だとかで廻っているのかもしれない。
だとしても、こんなモノは余りにも阿呆や馬鹿がやる事なのでは無いか。
男が男の頬に手を当てて、
全身の熱が接点に集ってきて、
嗚呼、馬鹿らしい、阿呆らしい。
其れ故に
触れたいだなんて思ってしまった。
「 … 阿呆か 」
「 なぁ終夜、付き合ってみねぇ? 」
透き通った低音は鼓膜を揺らし脳を揺さぶり心を射止める。
放課後二人きりだなんて随分とベタな教室で思いもせぬ言葉を発せられ、17年間で1番心臓が跳ねた。
「 良い、けど 」
格好良いと思ってしまう其の背中。
余りにも柔らかな其の眼光。
俺の欲しい言葉を次々に生み出す其の脳。
全て俺には無いモノで、愛おしい。
頬に触れていた手はスルりと俺の手を取り、指を絡めて、そっと自分の口に付けた。
「 前言撤回とか、無しな? 」
「 するかよ … 」
嗚呼、馬鹿げた恋は愛で奇跡で運命で
時として必然だ。
恋は盲目である。
如何にも、此の俺が盲目過ぎて吐き気を催した様に。
馬鹿馬鹿しいモノで、愛おしいモノだ。
どんな形で在れ、
どんな人で在れ、
其れは揺るがぬモノで恋というモノ。
己は馬鹿で、
汝も馬鹿だ。
馬鹿は馬鹿同士、盲目に、恋に堕ちよう。
恋 は 盲 目
恋 も 盲 目
end.