テラーノベル
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ジェニのデスクの上にはハート形の付箋が何枚も張り付けてある、どれも「至急」と書いてある、買収のニュースを聞きつけて、クライアント達が神崎広告代理店の存続を不安に思っている
しかし、松下竜馬の人員削減の意向が分からないため、新しい仕事を安請け合いは出来ない、今はとにかく前向きな姿勢を見せて、クライアントを繋ぎ止めなければ、もしここでクライアントを失ったら、社員の解雇は確実だ。それだけはなんとしても食止めなければいけない、ジェニはそれを考えると胃がキリキリ痛み出した
「どうして床に座っているんだ?」
その時、ジェニが声がした方を振り向いた
―ゲッ!出た!―
そこにはすぐ傍で腕を組んでデスクに軽くお尻を置いてもたれている、松下竜馬がいた
神崎広告代理店では絶対見かけないゴージャスな格好をしている。濃い髪を今はオールバックにして、右の前髪を粋に垂らしている
そして昼間とは打って変わって、ブラックのボタンダウンシャツにブラックのスラックス、そして同じくブラックだが生地の質が違うシャネルのネクタイ、右手首にはゴールドのリシャールの最新モデルの腕時計を光らせて、筋肉質の引き締まった体を見せびらかしている
そして男らしい深みのある香水の香り・・・まるで彼の周りに袋を開けたビニール袋をブンブン振り回して、匂いを閉じ込めて、シンナーのようにいつまでも吸いたい気分にさせられる
多分これからデートなのだろう、全身ブラックで決めた松下竜馬は、完全に今までジェニが出会ってきた男性の中で、最高にハンサムでセクシーだ
今は黒い瞳を輝かせて、ジェニのやっていることを不思議そうにのぞき込んでいる
これ以上二人りっきりになる前に逃げた方がいいのかもしれない・・・頭に最初に浮かんだ考えだった、そして次に浮かんだ考えがバカげているというものだった、逃げるだなんて絶対しちゃいけない事だ、相手に弱みを見せるぐらいなら、死んだほうがマシだ
「ざ・・・残業手当てを付けてくれとか言ませんから、ご心配なく!もうすぐ帰ります、何かご用?」
ジェニは急いで立ち上がった、靴を脱いでいる分、背筋を伸ばし、つま先立ちで竜馬を睨んだ、無駄な事だが自分を大きく見せてみた
「君の兄はどこだ?」
彼はデスクから離れ、ジェニに間合いを詰めた
「知らないわ」
ジェニは思わず一歩下がった
「どこかに隠しているんだろう?負債を追った会社の責任を兄弟で逃れようとしているのだろうけど、そうはいかないぞ!」
「本当に知らないのよっっ!」
ジェニが毅然とした態度で答えた、竜馬は眉をしかめた、少し脅せばすぐに兄の居場所を吐くだろうと思っていたが、今のジェニの無防備な顔を見ると、どうやら本当に何も知らない様だった
でも、負債を起こした社長が夜逃げするなんてよくある話だ、実際、竜馬自身も父親の無責任な行為によって苦労を強いられた一人だ、成功した今もその記憶を消し去ることは出来ない、むしろ今ではそれが彼をさらなる成功へと駆り立てる原動力になっている
「いい子ぶるのはよすんだな!親のコネで会社に入って給料だけもらって遊んでいられたのもこれまでだ!僕は働かざる者食うべからずの信条だからね、給料が欲しいのならその分働くんだ、元社長の妹だからと言って特別扱いしてもらえると思ったら大間違いだぞ、コピー取りやトイレ掃除ぐらいなら君でも出来るだろう」
竜馬は厳しい口調で言った、ジェニは呆れた顔で竜馬をマジマジと見つめた
「私を本気で給料だけもらっている遊び人だと思っているのね!だとしたらあなたは自分が買収した会社の事を何もわかっていない、おバカさんだわ!!」
竜馬はジェニの言い分などまるで気にしていない様子で、ブカブカの白Tとヨガパンツに包まれたジェニのスリムな肢体に視線を走らせている
松下竜馬が傍にいると緊張する、まず女性としての意識が先に立ち、その後買収された社員としての意識が二の次になる、それがジェニの心の平和を乱した
「あなたのジャガーはどうなりました?」
「あれは今日、塗装修理に出したよ」
竜馬は藤子のデスクのクマ型の携帯加湿器を顔をしかめて見つめながら言った、ジェニはぞっとした
「保険会社宛の請求書か、それが無理ならせめて見積もり書を私に渡して下さるべきですっ!!それを勝手に塗装なんて!」
竜馬は次にジェニのデスクに置いてある、ゴム製のアヒルの形をしたおもちゃ「ラバートイ」を握りしめて顔をしかめた、ギュッと力を入れると、能天気な甲高い声でアヒルが鳴いた
「少し考えが変わってね、僕は君が言う通り、あれを金属のかけらだと思う事にした、だからこの件はもう忘れてくれ」
ジェニはハァ?と眉をひそめた
「忘れたくありません、被害を与えたのですから、当然弁償します!!」
コメント
1件
読了しました!松下の登場シーンの描写、めちゃくちゃ印象的でした。全身ブラックのゴージャスな装いと、その香水の「♡♡♡のようにずっと吸っていたい」って比喩、すごく独特で引き込まれました。それでいて会話は一歩も引かないジェニとの応酬がテンポよくて、ラバートーイをギュッと鳴らす仕草に思わず笑ってしまいました。買収後の会社の空気感と、ジェニの強がりなのに竜馬の前で女性として意識してしまうジレンマが丁寧に描かれていて、続きがすごく気になります!
めあ
43
2,001
#ネタバレ注意
るあ
2,673
#イケメン
蒼乃 月
828