テラーノベル
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「……山崎、例の報告書だが――」
断りもなく隊士の自室の襖を開けるのは、副長としての特権か、あるいは無意識の甘えか。
土方十四郎は、手にした書類を差し出しながら言葉を失った。
そこにいたのは、いつもの地味な密偵・山崎退ではなかった。
「あ……」
鏡の前で、山崎が硬直している。
その身には、春の宵を思わせる柔らかな薄紅色の小袖。
丁寧に塗り込まれた白粉に、紅を引いたばかりの艶やかな唇。
カツラこそ被っていないが、項でまとめられた地毛が、かえって生々しい「女」の輪郭を浮き彫りにしていた。
静寂が部屋を支配する。
土方の脳裏には、数秒の間に凄まじい量の思考が駆け巡った。
(……女? いや、山崎だ。……なんで? 潜入の練習か? それとも、ついにあんぱんの呪いで精神が……!?)
しかし、何よりも土方を絶望させたのは。
(……綺麗じゃねーか、チクショー……)
という、自分でも制御不能な本音だった。
「ふ、副長……! これには海よりも深い訳が……!」
「黙れ」
慌てて立ち上がろうとした山崎だったが、慣れない裾に足を取られ、畳の上で無様に転んだ。
はだけた裾から、白粉を塗っていない剥き出しの「男の脚」が覗く。
土方は、乱暴に襖を閉めて部屋に踏み込んだ。
「あ、あの! 違います、これは来週の紅屋への潜入捜査の予行演習で! 決して趣味とか、変な目覚めとかじゃなくてですね!」
「……潜入だと」
「はい! 俺みたいな地味な男が一番化けられるって、近藤さんも言ってくれたんで……」
必死に弁解する山崎の首筋に、土方の視線が突き刺さる。
化粧で隠しきれない男らしい喉仏。
必死に潤んだ瞳で自分を見上げるその表情は、普段の山崎よりも数段、扇情的だった。
「山崎」
「は、はい」
「その格好……他の奴にも見せたのか」
「え? いえ、今初めて袖を通したところで……」
その言葉を聞いた瞬間、土方の胸の奥で、どろりとした独占欲が鎌首をもたげた。
この「地味な男」が持つ、自分だけが知っていたはずの愛らしさを、公衆の面前に晒す?
それも、女の格好をさせて?
「……不採用だ」
「えっ!?」
「そんな隙だらけのツラで潜入などできるか。……この任務は中止だ。着替えろ」
土方は無理やり声を絞り出した。
動悸が激しくて、まともに顔が見られない。
山崎の「女」としての魅力に、一番最初に、そして一番深く当てられてしまったのは、他ならぬ自分だった。
「えええ! せっかく紅まで買ったのに! 経費、経費どうなるんですか副長ォ!」
喚く山崎の腕を掴み、土方は耳元で低く唸った。
「経費なら俺が払ってやる。……だからその顔、二度と俺以外の前で作るんじゃねぇ」
真っ赤になって固まる山崎を尻目に、土方は逃げるように部屋を出た。
廊下を歩きながら、彼は激しく後悔する。
(……マヨネーズ。マヨネーズ食わねぇと、やってられねぇ……!)
自室に戻った土方の脳裏には、その後もしばらく、夕闇の中で白く光る山崎の項が焼き付いて離れなかった。
コメント
1件
うわ、第1話からこれは熱いですね……! 山崎の女装姿に動揺する土方の心理描写がめちゃくちゃ細かくて、最初の「綺麗じゃねーか、チクショー」のところで思わずにやけました。しかも「経費なら俺が払う」って独占欲全開の台詞、土方さんらしい不器用な強引さが滲み出てる……。山崎が転んだ時に男の脚が見える生々しさも、逆にリアリティがあって良かったです。幕末の空気感とギャグのバランスが絶妙で、続きが気になります!