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「はい! お母様とお父様が、前にスラムで暮らしてたことがあって、そこから故郷を探したことがあるんです! だから、少しは役に立てますよ!」
「……え、お父さんって……私の、あの父のこと?」
「はい! だから、私に任せて欲しいです!」
「ダイキリ……」
その言葉に、私は一瞬、胸が詰まるような思いがした。
彼女もまた、父の複雑な事情の中に組み込まれた犠牲者なのだ。
「……まあ、スラムということしか、手がかりがありませんしね」
現状、私たちの手元にあるヒントは尽きかけていた。
テープの解析も、資料の読み込みも、もはや限界だ。
ならば本人をその場に連れていき、五感──
匂い、空気、音──
その全てを使って強制的に記憶の深層を刺激するのは、案外、筋の通った作戦なのかもしれない。
特にアルベルトの場合、記憶は「消えた」のではなく、養父の手によって「塗り潰され、眠らされている」だけなのだ。
きっかけさえあれば、黒いペンキの下に隠された真実が、染み出すように蘇る可能性は十分にある。
ふと、窓の外に目をやった。
夜の帳が降り、街のネオンが遠くで冷たく瞬いている。
あの灯りの中に、アルベルトにとって唯一の「帰るべき場所」があるのだろうか?
……いいや、違う。
彼の魂は、今もあの青いテープに記録された地下室で、鎖に繋がれたまま泣いているのだ。
この計画は、ただの調査ではない。
「救出作業」になるのかもしれない。
「いいと思うわよ……それこそ、ダイキリのお父様やお母様の秘密を見つけられる可能性だって、ゼロではないかもしれないじゃない?」
「……そうですね。行ってみる価値はあるかも……しれません。ですが、準備もあります。そう急がず、出発は明後日にしましょう」
アルベルトがそう答えた瞬間、照明に照らされた彼の足元の影が
確かに、一瞬だけ濃く、蠢いたような気がした。
彼の足首に絡みつくような、重苦しい粘り気を持った影。
けれどそれは、瞬きをする間に消え去り
いつものように壁に沿って静かに佇む、主を模しただけの形に戻っていた。
「はい! 何があるか分かりませんし、準備は万端に整えておきましょ!」
ダイキリの能天気さは相変わらずだが、それが彼女なりの、必死の励ましであることは伝わってきた。
彼女の放つ言葉の熱が、冷え切った酒場の空気を、僅かに溶かしていく。
「全く、騒がしいんだから……。でも、そういうことなら頼りにしてるわよ、ダイキリ」
私が無理に微笑んで見せると、ダイキリは照れ臭そうに、けれど誇らしげに笑った。
「えへへ、お易い御用です!」
こうして私たちは、アルベルトの忌まわしき起源であり、失われた過去の眠る場所──
「スラム」へと、足を踏み入れることになったのである。