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「そう言えばご両親はどちらに惠津さん」
「ママもパパも仕事で遅くなるって…紹介したかったのに」
「まだ諦めてないの惠津ねえ、今のやり取りでどんな事情があるかすぐ分かったよ。雨さんも惠津ねえに付き合ってもらってすいません」
「気にしないで皐月さん。私も承知の上で今日はお邪魔してるから。でも惠津さんのことが好きなわけじゃないからね」
肩をくすめてそう言うと、皐月も苦笑してコップ一杯のお茶を飲んだ。惠津だけがむうと頬を膨らませて不服そうな目で雨を見つめているが、何も反応されない。
「あの唐傘って目立たなかったんですか?」
「目立たないような効果がついてる、認識されてもただ傘である事しか分らないから違和感なく使えるね」
「雨さんが作るものっていつも利便性が優先だよね。お守りとか」
「あれ雨さんが作ってたんだ。お金いらないって言われて度肝抜かれたよパパもママも私も」
ああ、と納得したように呟いた皐月は雨を凝視した。惠津はそんな彼女を脇で突きながら失礼だと耳打ちした。
「オーダーメイドは単品2000円から受け付けてるね。お守りに限らず、ペン、紙、武器、服等々なんでも注文があれば制作するよ」
「…雨さん居れば文化祭とかストレスフリーじゃない?」
「皐月舐めないで、雨さんの衣装とか服の機能に収まらずに一生使えるもの作ってくれるから」
「服とか洗濯しなくても清潔を保てるし、劣化しない。サイズが変わっても基本的に体型に合わせてくれる。軽い結界も施してあるから痴漢対策もばっちり」
「惠津ねえ、財布どこだっけ?何枚か作ってもらお」
部屋に戻ろうとする皐月の肩を抑えて椅子から立ち上がらせないようにする惠津は、共感と慈愛の眼差しで彼女を見ていた。
「ごめん…体が反射的に動いた」
「分かるよその気持ち。学校でもみんな似たようなことになってたし」
「少ないコストで高望みできるのなら別にいいと思うけど」
「雨さんは安価でニーズへの期待をはるかに上回るもの作ってくれるから、皆財布出すんだよ」
「転売した奴のせいで市場崩壊とか笑えないからね。個人に合わせるしかないの。狐面は違ったけど」
雨が苦笑してそう言うと、皐月と惠津は顔を盛大に引きつらせた。
「じゃあ、これは何だったの?」
「意趣返しみたいなもの。それ渡す代わりに私のこと諦めてねっていう。惠津さん?」
「雨さん…これ気絶してます。よほどショックだったみたい」
「それでテーブルに突っ伏す?」
「雨さん酷が過ぎるよそんなメッセージの伝え方。だってこれ意中の人と祭りに行くときに付けてくといいよって言ったんだよね?」
「そうだけど、惠津さんから聞いたの?」
「うん、滅茶苦茶舞い上がってたよ惠津ねえ。聞いてみたらやり方が完全に奥手な人の誘い文句みたいだったし。誤解されるのも仕方ないって」
惠津が起きるのを待ちながら雨と皐月は駄弁り続ける。雨は特に帰る時間を気にする必要はないので気負いなくいられる。皐月は雨が長時間滞在しているので今日は暇なんだ程度にしか考えていなかった。
「さっき言ってた文化祭の時ってどうなったの?なんか去年はレベルが違ったって噂で流れてるけど」
「わたくし雨さん特製の小道具が活躍したね。放送のマイクから飲食店の味付けとか精算、服飾なんかの指導をやってたから実質的な統括だった気がする。道具は劣化しないように全部作り直して学校も備品がグレードアップしたって報告書書く苦労も含めて泣いてたよ」
「目に浮かぶようれしい悲鳴をあげる教師の方々が」
「なお私その一か月くらいはバイトも含めて寝てる時間なかったよ。夜は全部文化祭の準備とかバイトでなくなり、朝早くから先生と備品点検に突き合わされたり、昼は指導に入ってたりして24時間フルタイムで動き続けてたよ」
「授業中は寝れたんでしょ。聞いてるよ」
ふわりと微笑む皐月は、したり顔でお茶菓子に手をつけた雨を見ていた。これ甘くておいしい、確かワッフルだったよね。もう何年も食べてなかったから忘れてたよ。
「それは論外、なにしろ寝てても授業は覚えてるから」
「そうだった。下層探索者だったんだこの人」
「物作り専門のね。あ,ちょっとごめんね電話しないと」
一瞬でストンと表情の抜け落ちた雨はポケットからスマホを取り出して、天原にかけた。
「…もしもし。休日に電話は勘弁してほしいぞ小野崎」
「誰に向かってそんなこと言ってるんですか。休日返上なんて私達警備員にはいつも強要してくるくせに」
「言葉のナイフはいつにも増して切れ味があるな」
「冗談は程々にして、エルサレムで大規模なブレイクが起こったみたいです。下層下域モンスターの複数現界を確認しました」
「はああ!どうしてよりにもよってエルサレムなんだ。あそこは世界でも屈指のダンジョン数を誇る町だぞ。そもそもお前どうして国外のダンジョンまで観測してるんだ」
「質問は後です。どっちにしろ行かないわけにはいきません。国連慣習法ダンジョンに関する十二項につき現場に急行し、制圧と現地民の保護に従事します」
「..そうか、急いでくれ。俺もダンジョン庁に連絡する」
ガチャリと音を立てて切られた後、雨はすぐさま荷物をまとめた。
「雨さん、そんなに大きなブレイクなの?」
不安そうに聞いてくる皐月に、持っていく道具の確認をしながら雨は笑いかけた。
「規模は中小国が無くなるかもしれないくらいにはひっ迫してる。報道が遅れてるからニュースにもなってないし、推定死者は500万人を遊に超えるかもしれない」
「ご、500万…」
「普通の下層探索者でも対処できない下域深度10以下のモンスターが出てきてるから、本当に急がないとやばい。てことでじゃあね皐月さん」
そう言い残して雨はぶぅんという音と共に消え去った。唖然として硬直した皐月は、とりあえず恵津を起こすことにした。