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井上 _🪼💙💫
🌙第1話「いつもの朝」
カーテンの隙間から、細い光が差し込んでいた。
まだ少し冷たい空気の中、静かな部屋に、わずかな寝息だけが響いている。
「……朔ちゃん、起きて」
返事はない。
ベッドの上で丸くなっている弟を見下ろしながら、結衣斗は小さくため息をついた。
時計を見る。自分の家を出る時間まで、もう余裕はあまりない。
「ほら、遅刻すんぞ」
布団の端を軽く引く。
それでも、朔はぴくりとも動かない。
(ほんと、朝弱いよな……)
呆れながらも、完全に無視することはできなくて、結衣斗は少しだけ距離を詰めた。
肩に手をかけようとした、その瞬間――
ぐい、と腕を引かれる。
「っ、ちょ…!」
視界が揺れて、そのままベッドに引き込まれる。
気づいた時には、背中に腕が回されていた。
ぎゅ、と。
逃げ場なんて、最初からなかったみたいに。
「……朔ちゃん、離せって」
小さく抗議するけど、返ってくるのはやっぱり沈黙だけ。
ただ、腕の力はゆるまない。
「ほんとに遅れるから」
そう言いながらも、無理に振りほどこうとはしない。
できない、の方が正しいかもしれない。
朔の体温が、やけに近い。
寝ぼけてるだけなのは分かってる。
いつものことだ。毎朝、こうやって――
(……また、か)
小さく息を吐いて、結衣斗は抵抗をやめた。
「……あと5分だけな」
もちろん、それが5分で終わらないことも知っている。
静かな部屋。
カーテンの隙間からの光が、少しずつ強くなっていく。
腕の中で、規則正しい呼吸が続く。
無言のまま、離そうとしないその力だけが、確かにここにある。
「……ほんと、なんなんだよ」
小さく呟く声は、誰にも届かない。
でも、ほんの少しだけ。
その腕に、力がこもった気がした。
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