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リフェアリー
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三日後、商店街の文房具屋の二階に、三人が集まった。
鷺沼。瑠衣。要。
一ノ瀬の事務所の、隣の部屋。一ノ瀬が、貸してくれた。机が一つ。椅子が三つ。三冊のノート。
「穴のリストを、三人で、書く」要は言った。「三人が、別々に。照らして、合わないところを、話し合う」
鷺沼は、ペンを持った。二年ぶりに、と言った。画面ではなく、紙に書くのは。
「……字が、下手になった」
「瑠衣よりは、上手です」
瑠衣が、少し、笑った。
三人は、書いた。一日。二日。三日。
三日目の夕方、三冊を、照らした。
鷺沼の穴は、二十一。瑠衣の穴は、十九。要の穴は、十六。
重なっているのは、十二。
「十二は、三人とも、見つけた。だから、本当の穴だ」要は言った。「残りは、一人か二人しか見つけてない。一つずつ、話し合う」
*
鷺沼だけが見つけた穴が、九つあった。
全部、ゼロの内側のことだった。ゼロが、どのサーバーに、どう入るか。どの署名を、どう検証するか。作った者にしか、知りようのないこと。
「これは、信じるしかない」要は言った。「僕と瑠衣には、確かめようがない」
「信じるな、と、君は言うだろう」鷺沼が言った。
「言います。でも、信じるしかないときは、信じたことを、台帳に書く。『鷺沼の申告による。他の二人は確認できず』。それを書いておけば、後で間違っていたとき、どこが間違っていたかが、わかる」
鷺沼は、要を見た。
「……信じたことを、記録する」
「はい。信用の台帳です。誰が、誰を、何について、信じたか」
鷺沼は、しばらく黙っていた。それから、言った。
「大剥離の前、それは、書かれていなかった。皆、銀行を信じていた。でも、信じている、ということは、どこにも書かれていなかった。だから、信じるのをやめたとき、何を信じていたのか、誰もわからなかった」
「はい」
「君は、それを、書く。」
「書きます」
*
瑠衣だけが見つけた穴が、一つあった。
十九番目。瑠衣は、それを、最後に書いた。字が、小さかった。
『穴、十九。つむぎが倒れたら』
要は、それを読んで、動けなくなった。
「……瑠衣」
「あんたの仕組みは、全部、〇の上に乗ってる」瑠衣は言った。「〇は、目だ。目は、つむぎだ。四つの村に、一人ずつ教えた。でも、つむぎほどじゃない。千五百人の顔を覚えてるのは、つむぎだけだ。盗まれた台帳を、書き直したのも、つむぎだ。下流の三百人を覚えてるのも、つむぎだ。東京の千四百人を見たのも」
「……わかってる」
「わかってない」瑠衣は言った。「あんたは、三冊にしろと言う。一人を信じるなと言う。でも、つむぎは、一人だ。あんたの仕組みで、一番大きな、一人だ」
部屋が、静かになった。
鷺沼が、言った。
「……それは、ゼロと同じ穴だ」
要は、鷺沼を見た。
「ゼロは、千二十四に分かれている。一つが止まっても、回る。だが、ゼロの元は、一つだ。私が書いた、一行。『正しいものを、正しいまま、置け』。その一行が間違っていたら、千二十四、全部、間違う。君の市も、同じだ。千五百人に分かれている。だが、元は、一人の目だ」
要は、何も言えなかった。
つむぎは、一階にいた。商店街の机の前で、会長と一緒に、千四百人の顔を、見ていた。
「……回し方を、書かないと」要は言った。
「書けるのか」瑠衣が言った。
要は、考えた。
つむぎが倒れたら。千五百人の顔が、消える。台帳を書き直せなくなる。偽の証を見分けられなくなる。〇が、なくなる。
〇がなくなったら、一から十二は、紙になる。
「……回し方、一」要は、書き始めた。『つむぎの目を、分ける。一人に千五百人じゃなく、十人に百五十人ずつ。十人なら、一人が倒れても、九人が残る』
「十人も、つむぎみたいな人間は、いない」瑠衣が言った。
「つむぎみたいな人間は、要らない。百五十人なら、普通の人間でも、覚えられる。商店街の会長は、八百人を覚えてた。肉屋と八百屋は、自分の客を。ひかりは、十人の顔を。一人一人は、つむぎほどじゃない。でも、十人いれば、つむぎ一人分になる」
「それは、三冊と同じだ」鷺沼が言った。
「同じです。一人の目を、十人の目にする。一人は、弱い。でも、十人は、一人より、強い」
瑠衣は、書いた。『回し方、一。目を、十に分ける』。
「回し方、二」要は言った。「つむぎに、休んでもらう」
瑠衣が、要を見た。
「……それは、仕組みの話か」
「仕組みの話じゃない」要は言った。「つむぎは、二年、休んでない。盗まれた台帳を、三日、寝ずに書き直した。山を三日、歩いた。東京で、千四百人を見た。倒れる前に、休んでもらう。それが、一番の回し方だ」
瑠衣は、しばらく要を見ていた。それから、書いた。
『回し方、二。つむぎを、休ませる』
鷺沼が、それを見て、小さく笑った。
「……ゼロには、書けない回し方だな」
「ゼロは、休まないからですか」
「ゼロは、疲れないからだ。疲れないものには、休みを、書けない」
*
三冊の穴のリストは、三十四になった。
重なった十二。鷺沼だけの九。瑠衣だけの一。要だけの六。二人が見つけた六。
それぞれに、回し方。
一ノ瀬が、それを、公正証書にした。三人の署名。証人二人。一ノ瀬の印。割印。二通。
『大剥離後、公正証書、第八十五号。穴のリスト、三十四項目。鷺沼慧、土師要、瑠衣』
「瑠衣、苗字は」一ノ瀬が聞いた。
瑠衣は、少し黙ってから、言った。
「……ない。捨てた。大剥離の前に」
「そうか」一ノ瀬は、それ以上聞かなかった。「名前だけで、十分だ。顔は、わしが覚えた」
コメント
1件
第71話、読み終わったわ。めちゃくちゃ良かった。 三人で"穴"を書き出して照らし合わせる手法、すごくロジカルで好き。特に「信じたことを記録する」っていう要の台帳の考え方、大剥離前の教訓がちゃんと活きてるなって思った。 瑠衣が「つむぎが倒れたら」って書いたところ、ゾッとした。要の仕組みの一番の脆さを、一番近くで見てるから気づけたんだろうな。それに対する「十人に分ける」「休ませる」っていう回し方、合理的でしびれた。 鷺沼が「ゼロには書けない回し方だな」って笑ったのが、なんか良かった。人だからこそ書ける回し方、って感じがして。 瑠衣の苗字の話、短いけど重かった。次も楽しみにしてる🔥