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美羽は、ずるい女だ。颯太と連絡が絶ったから拓海と過ごして寂しさを和らげようとした
罰が当たった。少しでも半端な想いを出したのがいけなかった。
誕生日祝いされても嬉しくなかった。
全然会ってもない。連絡もなしに突然サプライズされても気持ちは寂しさでいっぱいだ。好きな物があっても埋められない。
心は満たされない。
それは、当てつけなんだ。八つ当たり。
颯太から連絡ないことへの拓海にぶつけていたのかもしれない。
本当は、颯太に祝ってほしかった。
メッセージだけでも電話だけでも。
会えなくてもいいから一言がほしい。
衝動にかられては、抑えていた気持ちを開放してスマホの通話ボタンをタップした。
仕事で忙しいんだろうと邪魔しちゃいけないって気持ちを抑えて良い人ぶっていた。
電話しながら、無意識に颯太が住むアパートに足が進んでいた。
早く出てほしい。コールが何度も鳴る。
颯太は、紬を寝かしつけながらベッドに軽く横になっていた。
スマホがマナーモードでバイブが鳴っているのに気づいた。
慌てて、寝室から出て、明るいリビングへ移動しスマホ画面を確認した。
「ん? 美羽……あー…。どうしようか」
独り言を呟いては躊躇した手が無意識に動いていた。
『もしもし? 颯太さん。今、ウチにいる?』
「……ごめん。連絡してなくて。できなかったんだ」
『そんなの気にしてない。今からウチに行ってもいい? 近くまで来てたんだけど』
「え、今から?」
『何か問題ある?』
「あー、えっとかなり部屋が散らかってて……。玄関先なら良いよ」
『そんなの気にしないって。まぁ、玄関でもいいけど』
早急に片付けたが、手遅れだと気づいて諦めた。書類の山や、紬の引っ越しの荷物がまだ片付いてない。
これを見せたらどう思うだろうかとがっかりさせたくないと気持ちが勝った。
数分後、美羽は颯太のアパートに着いた。
「こんばんはぁ」
夜であることも配慮して静かにドアを開けた。
「ごめん、外寒いのに、ここで」
玄関で慌てて颯太が対応する。並べてあった靴を丁寧に端っこに寄せた。
ピンク色のスニーカーがあることに美羽は首をかしげたが気づかないことにした。
「颯太さん。しばらく会ってなかったから……」
美羽は手を広げてはハグのポーズをとった。数秒間、意味がわからなかったが、考えては思い出して、颯太はそっとハグした。後頭部を優しく撫でた。
「お疲れさま」
「うん。ありがとう」
「それで、何かあった?」
「いやいや、何かあったって颯太さんの方だから。しばらく音信不通で。おかずたくさん買ってたのに腐れちゃったよ」
「あー……マジでごめん。洗面所にいろいろ私物も置いてきてたよね。処分してもいいから」
「別にいいよ。いつ来ても良いし。なんで、連絡取れなくなったか聞いちゃダメなの?」
「……えっと、それは……」
言いづらそうにして、沈黙が続くと奥の部屋からドアが開く音が聞こえた。
「目、覚めちゃったぁ……」
目をこすりながら、紬が颯太の足元にやってきた。颯太の心拍数は爆あがりしている。なんで、こんな時に起きてくるんだと冷や汗が止まらない。美羽は、思わず指をさしては確認する。
「そ、その子、誰? もしかして、颯太さんの子ども??」
背中の汗が止まらない。
「えっと、これは……その……」
言葉が出ない。
「パパぁ、何してるの? ん? あれぇ、もしかして、新しい彼女?! 胸大きい人ぉ? 美人?! どこで会ったの?
いつの間に?! どういうこと?」
眠かった目が一気に覚めた紬は、マジマジと美羽を見ては驚き喜んでいた。
「え、ちょ、待って。紬、寝なさい。夜遅いから。ね、ね。いいから、ほら」
颯太は、いろいろ問題が起きそうだと紬を寝室へ連れて行った。美羽は玄関で待ちぼうけとなった。
「……パパ?!」
(拓海の言ってたことは本当なの?!)
薄々、家族写真を見ていた美羽は、もしかしてそういうこともあるだろうと予測していたが、いざ、現実を突きつけられると驚きを隠せられなかった。
「ごめん、美羽。見られた以上、全く話さないっていうのは変だから。中、入ってもらえる?」
もう隠しきれないと感じた颯太は、リビングに美羽を座らせた。
「今、お茶淹れるから座ってて」
「う、うん」
羽織っていたジャケットを脱いで丁寧に折りたたんだ。周りを見渡すと本当に部屋が散らかっていた。ところ狭しとならんだダンボールに書類の山、乱雑になったテーブルの上を適当にまとめては2人分のカップを置いた。
寝息を立てて、寝室で紬は眠っていた。
「黙っていて、本当に悪かった。俺は、本当は既婚者で、子どもがいるんだ。今、7歳の娘の紬。
実家からここに来て、一緒に住むことになった。前までは単身赴任で、諸事情があって、娘だけこっちに来たんだ。……もう、いやだろ。こんな俺。結婚してること黙ってるし、騙してたわけだから。
……だから連絡できなかった」
美羽は立ち上がって、棚にあった写真立てを取って指差した。
「知ってたよ。ここの部屋に来た時から。家族いるのかなって。ここに女の子も映ってるし。でも私、知らないふりしてた。いつか話してくれるのを待ってた。私のウチに泊まるのも理由あるんだろうなって思ってたし」
寂しそうな笑顔を見せる美羽。
「なんで、言ってくれないの? 気づいてたんでしょう。俺が結婚してること」
「だって、それ知ったら、もう会ってくれなくなると思ったから。知りたくなかったの、本当のこと。
颯太さんと一緒にいたいと思ったから、言わなかったんだよ」
「……どうして、俺なの? いたよね、最初に会った時に彼氏が。向こうの方独身だし、安泰でしょう。
リスクはない方がいい」
「なんで? 一緒にいたいと思った人といちゃダメなの? 独身だからとか既婚だからとかで決めてないよ。今、一緒にいたい人といるの。それじゃ信じてくれないかな。リスクなんてどんな人と一緒にいても同じくらいのリスクあるよ。苦労しない人生なんてないから」
「俺でいいの?」
「私が良いって思ったから。でも、颯太さんが会いたくないならもう会わないよ」
顔を伏せては落ち込んだ。颯太は数秒間、何も言えなくなった。
息を吸い込んでは颯太は口を開く。
「少し時間くれないかな。真剣に考えるからこれからのこと」
「……うん。わかった」
「連絡するから。それまで待っててくれるかな。いつになるかは分からないけど」
美羽は空気を察して、横に置いてたバックを肩にかけた。
「そろそろ帰るね。突然来てごめんね。ありがとう」
颯太は静かに頷いて見送った。
寝室では豪快なかっこうでいびきをかいて熟睡してる紬がいた。颯太はため息をついて書類の山に目を通す。離婚届の他に養子縁組離縁届も出さなくてはいけないことを義母の豊美から連絡来ていた。
今回の件は、豊美も申し訳ない気持ちがあったらしく、紬名義の銀行口座に養育費として、500万円が入っていた。
実花本人からではなく、実花の母の豊美の計らいだった。
手紙には何か大変なことがあったら手伝うからという義母の優しさがあった。
颯太には実の両親がいない。高校生の時の不慮の交通事故で両親が亡くなり、孤独になった。
祖父母に預けられて、大学入学をきっかけに一人暮らしをしていた。
頼れる大人は身近にいる人だ。
実花と知り合って、信頼のおける親の代わりに世話をしてくれるのが上原雄亮と上原豊美だった。
義家族の歯車は紬が生まれてから狂い始めていたのかもしれない。
あの時の決断は間違っていたのか。
後悔しても、もう遅い。
今は未来《あした》のことを考えるしか仕方のないことだ。
いろんなことを考えすぎて颯太はリビングのテーブルの書類の上に顔を埋めて寝落ちした。
天井のシーリングライトがついたまま夜が明けていた。