「エトワール。凄く震えているが、大丈夫か?」
「だだだだだ、大丈夫! うん、大丈夫だから心配しないで」
「いや、その様子を見ていると、心配せざる終えないのだが……まあ、大丈夫と言うのなら、良いが」
「うん!」
いいや、大丈夫なんかじゃ無い。足が震えている。機能もよく眠れなかった。食欲だって無い。でも、そんなこと、この目の前にいる金髪の男に言ったどうなるか、そんなの目に見えていた。さすがに、それだけでお留守番してろ、とは今回ならないのが幸いか。
(ついに、この日が来てしまった……)
旅行に行く前夜は眠れないのと同じように、それぐらい私はこの日が恐ろしかった。だったとしたら、この前の例えは矛盾しているのだが。でも、それぐらいこの日が来て欲しくなかった。ある意味で。
昨晩の、最後の晩餐なんて言ってリュシオルと二人きりの食事を終え(といっても、リュシオルが一緒に食べたわけじゃ無くて、隣にいてくれただけなんだけど)、ついに、出航の日が訪れた。
屈強な騎士、魔道士、そして、ルーメンさんとリース。皇宮の前には、大勢の人間が集まっていた。でも、これでまだ半分も言っていないという。曰く、これから、港に行ってそこで合流するのだとか。ラジエルダ王国は島国でもある為、船でしか移動が出来ない。それに、転移魔法を使ったところで、こんなにも大勢の人数を移動できないだろと言うことだからだ。
まあ、この人数を転移させようと思ったら、それこそ魔力が吸い取られてしまう。
私は、これまで、ブライトやアルベドに習ったことをいかせるよう、イメージトレーニングをしてきた。魔法は、イメージが需要だから。
「眉間にしわ寄ってるぞ」
「いてっ、何すんのよ」
「だから……可愛い顔が台無しだと言っている」
「そんなこと言ってなかったじゃん!というか、そんなんで緊張がほぐれたら何もいらないのよ!」
思わず、リースの言葉に噛みついてしまった。
リースは目を丸くして、私から手を離したが、何処か残念そうに私をそのルビーの瞳で見つめていた。そんな顔させたいわけじゃないのに……と、私は小さくごめん。と謝った。
「謝る必要なんて無い。お前がこういうの苦手なことは分かっていたはずなんだがな……」
「……緊張ほぐしてくれようとした?」
「そういうわけでは無い。でも、これで緊張がほぐれるなら、お前が言ったとおり、安いものだとは思うが」
「そう……」
リースだって緊張していないわけじゃ無いと思う。
ううん、絶対に緊張しているのだ。彼とて、此の世界にきて一番大きな戦争? に参加するのだから。それも指揮官で。この帝国の皇帝、すなわちリースの父親は、リースに全てを任せ、皇宮で待機するらしい。年も年……と言うわけでも無いのに。楽したいからなのか、それとも、未来の皇帝のリースはこれぐらい出来ないといけないと思っているのか。どっちかは分からないが、リースはその事に関して何も言わなかった。
元々、リースと皇帝の仲が悪いという話は、ルーメンさんから聞いていたから。
(でも、見送ってくれるぐらいしても良いんじゃない?だって、凄く危ないところに、息子が行くのに……死んでしまうなんて事、絶対にさせないけど。心配してあげても良いのに)
私の親も親だったから、心配されるとか、声をかけて貰うことは無かった。だから、そういう親から子への声かけというものは私は知らない。皆が普通に貰える、親からの愛を私は受け取っていなかった。勿論、それはリースの前世、遥輝も一緒だった。だからこそ、リースは気にしていないのかもだけど。
「皇帝陛下は?」
「さあ、あんな奴は知らない。俺は、今目の前の奴らを任された。それだけだ」
「……悲しくない?」
「ああ、全然。そもそも、俺の親は、あっちの世界にいる奴らだけだしな。それに、俺にとって家族は、そこまで大事じゃ無い」
と、リースは冷たく吐き捨てた。
リースの過去を知っているからこそ、その発言には納得できたが、それにしても、可愛そうだと思った。人のことを言える立場じゃ無いけれど。
「そう……だね。私達は、今、目の前のことに集中しなきゃだね」
私がそう言って、笑えば、リースもほんの少し、口角を上げた。彼の表情が和らいで、よかったと、胸をなで下ろすと、こちらに向かってルーメンさんがやってきた。
「殿下、エトワール様」
「ルーメンさん、今日からよろしくお願いします。ルーメンさんはついてくるんだよね」
「はい。私は、殿下の補佐官ですから。補佐官兼、護衛……という感じですね」
「護衛……」
ルーメンさんはそう、胸をはっていった。
護衛。その単語を聞いて、胸がチクリとしたのは気のせいではないだろう。今回、私の護衛としてついてきてくれるのは、アルバだ。当たり前と言えば、当たり前になるのかも知れないが、グランツは私を裏切ってトワイライトと何処かへ消えてしまってから、一度も姿を見せなかった。まあ、目の前に現われたとしても、彼を信じられるかと言われると、イエスとは答えづらいけど。
(でも、敵として現われたとき、私は彼と戦える?)
幾ら、裏切ったからとはいえ、彼に剣を向けることは出来ないだろう。私は、少しだけグランツにかじったぐらい剣術を教えて貰った。護身用に、細くて軽いレイピアを渡されたが、ここに集まっている人達と比べたら、その技術は歴然といった感じだろう。だからこそ、本当に自分の身を守るためだけの武器なのだ。
これを、グランツに向ける……そう思っただけで、震えてしまう。私は、血が嫌いだし、痛いのも嫌だ。皆そうなんだろうけど、何でか、血に対しては妙に恐怖心が大きかった。理由は分からないけれど。
それで、戦うのも嫌だけど致し方ない。だが、グランツに魔法が聞かない以上、物理攻撃をする羽目になるだろうし。
(まあ、出会わないのがベストだけど)
出会ってしまうんだろうなって言うのが分かった。勿論、トワイライトにも。
「エトワール様大丈夫ですか?」
「あっ、はい。ああ、でもちょっと寝不足で」
「エトワール、船の中で横になれるスペースがあるからそこで休むといい。まあ、今日の天気は嵐らしいからな。船はかなり揺れると思うが」
「嵐って最悪じゃん!?」
何でこんな日に船を出すのよ。と、突っ込みたかったが、こちらも、ラジエルダ王国、ヘウンデウン教に宣戦布告したため、日時をずらすことが出来ないらしい。それに、遅くなれば成る程、ヘウンデウン教や混沌の脅威は世界に広まる。それだけは、避けなければと言う考えだった。
(嵐……って本当に嫌な予感しかしない)
最終決戦。まさにその日、という感じだった。一日なのか、二日なのか……何日でこの決着がつくか分からないけれど、それでも、これが最後なんだろうと私は思っている。
(これが終わったら……ゲームクリア?)
ゲームでは本来、混沌を倒した時点で、世界が救われて、攻略キャラ一人と結ばれてハッピーエンドという感じなのだが、エトワールストーリーはどうなっているのだろうか。トワイライトに全てを持っていかれると言うことはないだろうけど、不安でしか無い。
「エトワール」
「そういえば、リース。ブライトとかアルベドは?」
「え、エトワール様、その話はちょっと……」
ルーメンさんが慌てて止めに入ったが、言ってしまった言葉は取り返すことが出来ず、リースの顔がピクリと動いた。
(いやいや、名前出しただけだし! 怖い顔になってるんですけど!?)
俺の前で、他の男の名前を出すなと言わんばかりに、リースは不機嫌全開という顔を私に向けてきた。私は、震えながら、リースを見上げる。
「えーっと、今日の作戦一緒だから……何処にいるのかなあって」
「……フン、港で合流だろう。エトワールを守るのは俺だからな」
「いやあ、守るのは、私の護衛じゃ……」
「兎に角いくぞ。指揮官が遅れるのが一番不味いからな」
と、リースは不機嫌なまま身を翻し、その赤いマントを靡かせながら私に背を向け歩き出した。
(こんなので本当に大丈夫なの?)
そんな不安がありながら、私は、薄暗くなってきた空の下リースを追って走り出した。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!