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第七話→まきぴよさん
先に眠った二人の手を握りながら、情報共有をした。
しょっぴーも同じくらいの時間に洗面台で溺れかけたらしい。そもそも顔を洗いに行った原因を聞いた時には呆れたけど、ちょっと歯磨きに、とか手洗いに、とかそんな事まで一人にできないという事だ。
「う、ふぇ…」
阿部ちゃんが魘されてか細く泣き始める。
「大丈夫、いるよ」
隣に寝転び、抱き寄せながら背中を撫でて宥めた。
「阿部ちゃん、湯船に引きずられるみたいにして急に溺れた。ぐったりして…死んでしまうんじゃないかと思った」
女将さんは元に戻ったら愛し合って見せつけろ、なんて言ってたけどこのままでは元に戻る前に命が危ない。
ちょっとウトウトしても阿部ちゃんが隣にいるか、息をしているか、と気になって目が覚める。岩本くんも同じ緊張感の中にいるようで、俺が目を覚ますといつも岩本くんも起きていた。
午前3時半。
阿部ちゃんは腕の中で寝息を立てている。岩本くんは壁に背中を預けて胡座をかき、しょっぴーは岩本くんの膝枕でぐっすりだ。
もうこのまま朝まで起きていようと決めた。岩本くんに合図してそっと阿部ちゃんから離れ、水を一杯飲む。
神様はやはり阿部ちゃんとしょっぴーだけを見ているのか、俺や岩本くんはどれだけ水に近づいても水分を摂っても何も起こらない。代わってやる事もできないのがもどかしい。
阿部ちゃんの隣に戻り、少し汗ばんだ額と頬にキスをする。
「絶対に守るからね」
『私の子は誰も守ってくれなかったのに』
突然聞こえた、誰のものでもない女の人の声。
思わず顔をあげた。岩本くんにもそれは聞こえたようで、目を開いてキョロキョロしている。
私の子と言っていたのできっと神様だ、何か話さなければ、咄嗟にそう思った。
「この子たちは俺たちの大切な恋人なんです。俺たちがついてるから、誰からも、何からも絶対に奪わせないし、これからも幸せにしたい。だからこんな事もうやめてください、俺たちを引き裂かないで」
岩本くんは完全に怯えているけど、その中で必死にうんうんと頷いてしょっぴーの手をぎゅっと握った。
その刹那、阿部ちゃんとしょっぴーが突然目を開けて起き上がると、ベッドから降りて何もない所で抱きしめるような仕草を見せた。
「母上、独りにしてごめんなさい」
「帰れなくて、ごめんなさい」
「母上が父上に唆されたのを、僕たちは知っていますから」
「もう御自分を責めないでください」
それもまた、二人の声ではなかった。
岩本くんが心配だったけど、女の人のさめざめと泣く声が部屋にしばらく響いたあと、二人は糸が切れたようにそこに倒れ込んだ。
慌てて駆け寄ると、二人は倒れた衝撃か『痛ぁい』と泣き出した。
まだ身体は小さいままだけど、びっくりしただけのようで怪我も、他に変わった様子もない。
岩本くんは我に返ってしょっぴーを回収し、そのまま気絶するように眠ってしまった。重い苦しいと文句を言いながらしょっぴーもすぐ寝落ちた。
「俺、ベッドから落ちたの?」
「うーん…まぁそんなところかも」
「うわ、こんな時間じゃん。もうちょっと寝よ。めめ、起きたら一緒に朝風呂しよ?」
「え?」
阿部ちゃんはそれだけ言って俺の唇にキスをすると『あ、やべ。子どもだった』と言って恥ずかしそうにベッドに潜ると頭まで布団を被る。
その様子は、まるで溺れた事を覚えていないかのようだった。
規則正しい寝息を聞いていたら、気が抜けて眠くなってくる。
時刻は、もうすぐ4時になろうとしていた。
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コメント
7件
取り憑かれてたのが抜けたってことかな🥺