コユキは今一度アスタロトの骨だけの顔を見つめてハッキリと聞いた。
「んで、いいのよね? 家(うち)の家族達の魂、返して貰うって事で、おけい?」
「ああ、勿論直ち(ただち)に解放してもらって構わない…… んでな、その後の事なのだがぁ……」
言い淀んだアスタロトは善悪とコユキの顔をチラチラ窺うように見ている。
その視線を受けた善悪が聞いた。
「どうしたいのでござるか? ここの玉座でのんびりと何千年も阿呆みたいにゆっくりと復活を待つも良し、拙者たちが魔核を持ち出して地上で依り代に同化していち早く復活するも良し、それとも一か八か富士山麓に放置されて生々流転(せいせいるてん)のスリルに身を任せるも一興かもしれないでござるよ♪ ん? んん? どうしたいのでござるぅ?」
「善悪…… ソレなにげに一択よね? 意地悪は止めなさいよ、どう? アスタ、アタシ達と来るって事でいいのん?」
アスタロトは青い羊の頭蓋骨を揺らしながら愉快そうな声で答える。
「ははは、では言葉に甘えて世話になるとするか、コユキ、善悪、ひとつ宜しく頼む、それと依り代の事なんだが――――」
「お薦めは『悪魔モグラ』でござる! 生憎(あいにく)左腕は不自由になってしまうでござるが、格好良さはピカイチでござるよ!」
アスタロトの言葉を途中で遮って迄、お気に入りのフィギュアを推してくる善悪、ちゃっかり不良品を選ばせようとする辺りは流石である。
しかし、そのワケアリ品処分セールみたいな気配を察したのか、アスタロトは首を振りながら答えるのであった。
「折角の申し出だがここはお断りさせて貰うとしようか! 何故ならな、以前に依り代とした者の遺骨か遺品を使いたいのだよ、コユキや善悪なら当然知っているとは思うが…… 判るかな? 古代イスラエルの初代王サウル、彼の者こそ三千年前に地上に顕現した我の器なのだよ。 どう? お墓とか知ってるであろ?」
コユキと善悪は頭を捻りながらも何とか答える。
「むむむ、墓所でござるか…… 確かヤベシのギョリュウの木の下? だったでござるか?」
「違うわよ善悪! その後ダビデが移したんじゃなかったっけ? お父さんのキシのお墓だったわよ、確か…… えっと、そう! ベニヤミンのゼラだったわね!」
相変わらず生活に不必要な知識に明るい祖父母だと思う…… 立派だ。
「なるほど、故郷に葬られた訳か…… ふむ、地上に行ってから誰か取りに行ってくれると助かるのだが……」
アスタロトの呟きに善悪が胸を張りつつ請け負うのであった。
「この僕チンにお任せあれ、でござる! オルクス君と一緒に遺骨ゲットだぜぇ!」
この発言を聞いたコユキは、『アレだな』と思ったが、そこは調子に乗られると面倒だったので無視する事に決めてアスタロトに話し掛けた。
「んじゃぁ、いいかな? プスッと行くけど?」
「ああ、いいぞコユキ! 善悪も頼むぞ、グリゴリにも宜しく伝えてくれ!」
そう言って掌(てのひら)を向けてくるアスタにかぎ棒を刺し込むコユキ。
全身を青黒い霧に変えた魔王アスタロトはその姿を消失させ、後には巨大な赤い石、魔核が残されていた。
青黒い霧が消えた空間には、青く光り輝く球がフワリと浮かんでいた、その数、ちょうど十個。
その八つがクルクルと嬉しそうに近付いて明滅し、ボシェット城の外へ向かって飛び去って行った。
恐らくコユキの家族、茶糖家の人々の魂だと思われた。
残された青い球(魂?)は二つ。
なにやらコユキと善悪の頭の上をユラユラと浮遊しながら、都度値踏みするかのようにゆったりとした明滅を繰り返していた。
やがて、満足したのか揃って動きを止めた二つの青い魂は、家族達が飛び去った方向とは違い、別のクラックを目指すのだろうか? ボシェット城から極端に北西に偏った方角に向けて飛び去って行くのであった。
夏の終わりを告げる残暑に打ち上げられる花火の悲哀の如く、飛び去った青い魂は、今回の巻き込まれコユキ旅の終わりを告げているようであった……
コユキは言った。
「んじゃ、善悪、いこっか? みんなも確り連れて行かないとね♪」
「…… そうでござるな…… 行くでござるか……」
答えた善悪も何処か淋しそうな気配を滲ませていたが、頑張ってコユキの言葉に答えているのが分かる……
一つの旅が終わるときの何となく感じる淋しさの様なものであろうか?
仲間達を確保して、コユキと善悪はエレベータを使って、ボシェット城の一階へと戻って来たのであった。
最後に立ち塞がる一階の扉を、善悪とコユキは一所懸命頑張って、ウンショウンショと押し広げて、|漸く《ようやく》外に出たのであった。