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わたしはいますぐにでも見てしまったことについて確認したいがその気持ちを抑える。
プジョル様もわたしになにかを言いたそうだ。きっと、さっきの見えてしまったことについて、確認したいんだろう。
調理部の担当者が一緒なので、私的な会話は噂話でもされたら大変だから控えなければならない。
セドリック様が若い女性をエスコートされて入って行かれた建物はレストランだった。
お店の前を通る時に店の名前や外観を確認する。
建物は貴族のタウンハウスだったのか、高級感に溢れる堅牢な石造りの外観で、外から中の様子は伺えない。
わたしとプジョル様があまりにもそのお店を凝視していることに気づいた調理部の担当者が、気を利かせてお店の説明をしてくれる。
「ここ2年ぐらいで有名になったレストランですね。元は貴族様のお屋敷だったのを改装されたんですよ。噂によると中は個室になっているらしくて、それがお貴族様に喜ばれているとか。密談や浮気には使い勝手が良いそうですよ」
そして、人差し指でクイクイと3階建ぐらいはあろう建物の上層部を指した。
「伝手を使えば、泊まれるらしいですよ」
言葉を失っているわたしに代わってプジョル様が「そうなんですね」と相槌を打ってくださる。
「でも相当お高いらしいから、王城勤めの身ではご縁が無さそうです」
調理部の担当者は王城の給金を頭に思い浮かべたのか、ハハハと愛想笑いをする。
わたしは動揺を気づかれないように震えるて手をグッと握り締める。
みんなに合わせて同じように愛想笑いをするのが精一杯だった。
本当なら、少しだけでも店内を覗きに行きたいがいまは職務中である。
その気持ちを抑えて、他人の空似だと信じて店の前を後にした。
儀典室に戻るとセドリック様から伝言がきていた。
今夜は残業で遅くなるため先に帰っていて欲しいこと、夕食は要らないので先に食べていて欲しいことが几帳面な字で書かれていた。
予想はしていたのでさっき、目撃をしてしまった時よりも動揺はしないし、やっぱりさっき目撃したのはセドリック様だったんだと確信できた。
むしろ、こうやって伝言を置いて行ってくれただけでもセドリック様の誠意を感じる。
わたしはさっき市場で買った品々の単価等を整理して、とてつもない速さで予算書をどんどん仕上げていく。
仕事に集中している時だけは、一瞬だけセドリック様のことを忘れて、数字に向かうことができる。
なにかに集中していないと、セドリック様が若い女性をエスコートされていた凛とした姿が頭にこびりついていて、それを思い出してしまってはすぐにペン先が止まってしまう。
調理部の担当者がミクパ国の料理が出来たと、わざわざ儀典室に持って来てくれた。
みんなで歓声を上げながら、試食にパクつく。
溜め息が出そうなぐらい見た目も美しいオードブルに仕上がっていた。
懸念していたミクパ国の料理もなんとかこれで提供できる目処が立ったのに、心が晴れないのはなぜなのだろう。
セドリック様にミクパ国の料理が出来た報告をいますぐにしたいのに、なぜか悲しくなるのはどうしてなのだろう。
「シェリー嬢、今夜は俺が屋敷まで送ろう」
着替える元気もなくて、どうせ1人だし官吏の制服のまま帰宅しようと王城の廊下を歩いていたら、後ろからプジョル様が追いかけてきた。
「プジョル様、ありがとうございます。でもいつもの道だし、10分ほどの距離だから大丈夫ですよ」
「そんな顔をして、大丈夫なものか」
プジョル様がわたしの顔を覗き込む。プジョルの青い瞳が心配しているのがよくわかった。
「わたし、いまどんな顔をしているんですか?」
フッとプジョル様が口角を上げた。
「恋をしている女の顔だよ」
「えっ?!」
「シェリー嬢はアトレイ殿に恋をしたんだね。自覚はなかったのか?アトレイ殿が女性をエスコートしているのを見た時、嫉妬する女の顔になっていたぞ」
「う…うそ…」
両手で両頬を包んで、恥ずかしさから目も覆い俯く。
プジョル様のその一言で頬が熱くなり、胸が早打ちする。
わたしが恋を… セドリック様に。
「良い傾向じゃないか。シェリー嬢の初恋だな」
プジョル様が大きな手でわたしの頭を優しくワシワシと撫でてくださった。
(これが初恋というもんなんだ。というか、プジョル様、ワシワシし過ぎです)
顔を上げると、プジョル様の長い愛情をたっぷり受けた頭の髪は、もしゃもしゃになっていた。
「屋敷まで送るぞ。頭の髪がもしゃもしゃの嫉妬に狂った女はなにをするかわからないから、見張りが必要だろう?」
プジョル様がとびっきりの戯けた表情をされて楽しそうに笑われた。
「もう!プジョル様、酷いですよ。わたしの髪の毛をこんなにもしゃもしゃにして!そして、そんな危険人物にわたしはなりません!」
ついつい、大きな声を出してしまった。
プジョル様はお腹を抱えて笑っておられる。
「良かった。シェリー嬢がいつものシェリー嬢に戻ってきた」
端正なお顔で優しく甘くわたしを見つめられる。
「プジョル様…」
わたしを心配して…
本当にこの人が上司で良かった。
「シェリー嬢、さっさと帰るぞ。早く帰らないと屋敷の者が心配して騒ぎになる。それに着替えてこい」
「そうですね。プジョル様のおかげで元気が出たので、制服から着替えてきます。すぐそこの寮の談話室で待っていてください」
「寮?」
不思議そうな顔をプジョル様がされた。
わたしは上に視線を逸らしながら、してやったりとクスッと笑う。
「結婚したのに寮の部屋はそのままにしてあるのですよ。いつ離婚しても帰られるように。そこに着替えも置いてあります。更衣室より寮の方が近いから今日は寮で着替えてきます」
笑いながら、わたしは駆け出して思い出す。
「プジョル様、寮の部屋がそのままにしてあることはセドリック様に秘密ですよ」
唇の前で人差し指を1本立てる。
「ああ、わかってる。早く行ってこい」
少々呆れ顔のプジョル様だけど、ゆっくり微笑まれた。