今回は久しぶりの短編集です。御目出度い日ですからね。
早速ですが、以下、お品書きです。
①加日
②露日
③バチ日
①僕を見て(カナダ×日本)
「あなたのご家族に、ご挨拶をしたいんです」
湯気の立つカップを両手で包みながら、日本はそう言った
何気ない声色のつもりなのだろう
けれど僕には、それが宣戦布告のように聞こえた
「…なんで?」
「ちゃんと認めてもらいたいですし、しきたりは大切ですから」
「でも、皆もう知ってるよ。僕たちのこと」
「知っているのと、正式に挨拶するのは別です」
理屈としては正しかった
けれど、カップの縁をなぞる指先を止められない
「日本が来るなら……兄さんたち、喜ぶよ」
「それは嬉しいですね」
「……喜びすぎると思うけど」
少し笑ってみせたが、胸の奥でざらついた感情が渦巻いた
あの二人が日本を見る目を知っている
兄のように、父のように
けど時々、それを超えて
「僕としては……行かないでほしい」
「……カナダさん?」
「嫌な予感しかしないんだ」
日本は目を瞬かせ、やがて小さく息をついた
「じゃあ、嫌な予感が外れるよう祈っててください」
その笑顔があまりに穏やかで可愛くて…
結局、反論できずに頷いた
******
数日後、ある休日の午後
嫌な予感は見事に的中した
兄さんが膝に座らせた日本を笑顔で抱きしめ、父さんが隣で紅茶を注ぎながら上機嫌に談笑している
日本も楽しそうに笑っていた
まるで、カーテンの向こうに存在を置き去りにされたみたいだ
「日本さんが私の嫁であり、義息ですか…喜ばしいことですね」
「今日のために特別な茶葉を用意しているのです。私と祝杯を交わしてくれませんか?」
「やっとFamily…broになったか。じゃあもう遠慮は要らねえな」
「カナダ!お前はいっつも日本に引っ付いてんだから、今日はそこで大人しくしてろよ!」
兄の軽口に、苦笑いを返すしかなかった
日本にいつも引っ付いてるのは兄さんの方だろ
いつもなら言える返しの言葉がつっかえて、上手く言えない
テーブルの下で、膝の上の拳がじっとりと汗ばむ
日本の笑い声が響く度、日本の瞳に他人が映る度、胸の鎖が音を立てる
空気に揺れ霞んでいく紅茶の湯気から目が離せなかった
******
日が傾き、ようやく客間が静かになった
兄さんが欠伸をし、父さんはティーカップを片づけに立つ
兄さんの腕から解放された日本がこちらを振り返り、いつものように微笑んだ
その笑顔に、堰が切れた
「日本…こっち」
立ち上がり、迷いなく日本の手首を掴む
流れるように腕を引き寄せ、そのまま抱き上げる
「ちょ、ちょっとカナダさん!?」
「話がある」
短く告げて、階段を上がる
後ろで兄さんが何か言った気がするが、もう聞こえなかった
部屋に入ると同時に、ドアを閉め、鍵が音を立てる
その音が、自分でも驚くほど重たく響いた
静寂
腕の中の日本が、僅かに身じろぎする
その仕草で、胸の奥が再びざわついた
またどこかへ行こうと、僕から逃げようとするようで
息を吸い込み、抱き寄せたまま肩口に顔を埋めた
喉の奥から迫り上がる黒い衝動
唇が勝手に動き、掠れた音が漏れた
「……どうして……」
「……僕……ずっと……」
「……なのに……」
誰にも聞こえないほどの小さな声
それは誰に向けた言葉でもなく、自分の中に渦巻くものを、どうにか形にして押さえ込むための音
吐息音ばかりが漏れて、胸が詰まって、しばらく何も言えなかった
額を預けた肩越しに、日本の心音がかすかに伝わってくる
その一定のリズムだけが、自分を正気に引き戻してくれる
やがて、日本の手がそっと自分の腕に触れた
その一瞬で、荒れていた呼吸が少しだけ整う
けれど胸の奥のざわめきは、まだ完全には消えなかった
視線を上げると、彼は黙ってこちらを見ていた
優しさと不安が混じるような眼差し
視線がぶつかって、何かが再び軋む
それでも、僕はどうにか息を吸った
唇をこじ開けて、震える声を押し出す
「こうなるから、会わせたくなかったんだ……」
言葉の端にまだ熱が残っていた
焦りも苛立ちも、完全には消えていない
それでも……理性の境界上に、辛うじて立っている
日本を腕の中に閉じ込めたまま、抱く腕が力を増していく
「痛いですよ」
「僕から逃げないでよ」
眉を下げて困ったように笑う日本
「義兄さんとお義父さんに呼ばれたら、行かないわけにいかないでしょう」
「それに、相手はアメリカさんとイギリスさんですよ」
「僕の隣にいたらよかった」
「カナダさん?」
細い首筋に、再び顔を埋める
薄い背の向こうに沈む声が、震えていた
「日本は、僕のなのに」
「僕以外に笑わないで。僕をちゃんと見てよ。ねぇ」
それは命令より、懇願に似た響き
日本は一瞬、言葉を探してから、静かに僕の頭を撫でた
「そんな顔しないでください。僕はあなたから逃げません」
「あなたの存在を忘れることも無いです」
「…嘘だ。さっき離れた」
「……そうですね。でも、戻ってきたでしょう」
胸の中に収まるよう、頬を擦り寄せた日本
そのまま日本をさらに強く抱きしめ、胸の奥で囁く
「僕、裏切られた時の恨みが、とんでもないよ」
「…承知の上です」
日本は穏やかに笑った
その笑みを見た瞬間、思考の濁りがゆっくりと溶けていく
腕の力が一瞬だけ緩み、そして再び、静かに強く抱きしめた
「絶対、だからね」
「……はい。ありがとうございます」
耳を寄せると、互いの鼓動が同じリズムを刻んでいた
ふたりだけの、静かな世界
視界の端で、音もなく閉じた扉
消えた二人分の視線の代わりに、甘い紅茶の香りが残っていた
②雪に宿る貴方の温もり(ロシア×日本)
「雪ってロシアさんみたいじゃないですか?」
結露する窓を眺めながら、独り言のように問いかけた日本
それはあまりに唐突で、キッチンでホットミルクを注ぐ手が一瞬止まった
カフェラテ入りのマグカップを二つもってソファに座る日本の元へ向かう
片方を渡してやると、礼を言って、へにゃりと笑みを浮かべた
隣に座り、問いに問いを返す
「俺が冷たいって言いたいのか?」
少し沈ませた声で言うと、そういう訳じゃなくて、と焦りだした
気を悪くさせたと思っているのだろう
想像通りの反応で、思わず口角が上がる
冗談だ。と微笑みで返して、安心の息をつく日本の肩を引き寄せる
抵抗なく俺の腕に凭れた日本は、俺の手を見つめながら、ふっと笑った
「雪って…冷たいのに、実は暖かいんですよね」
「ロシアさんも、冷たいと言われますけど…触れる手はこんなにもあったかい」
日本は窓の外に視線を移し、静けさを確かめるように耳を澄ます
「雪の日は、音が吸い込まれるみたいに静かで…落ち着くんです」
「あなたの、静かに気持ちを伝えてくれるところが似てるなって」
外の光に照らされる黒の瞳が上目遣いにこちらを見やる
そして、両手にそっとマグカップを抱えたまま、穏やかに微笑んだ
「それに、雪は覆って守ってくれるでしょう?北風から守るから、植物は厳しい冬を越せる」
「……あなたも、そういう人ですよ」
胸の奥が、何かをそっと撫でられたみたいに温かくなる
「だから僕は、雪が好きなんです」
“あなたが好き”と言われたようで、胸が跳ねる心地がした
「…そんなに雪が好きなら、外に行くか?」
遠回しの惚気に照れ、意地の悪いことを言ってしまう
この甘さを逸らすには、そうでもしないとやってられないのだ
けど、日本は俺の照れ隠しを笑顔で包み込む
「今はあなたと暖かい部屋にいたいです」
頭を胸に擦り付ける日本は甘えたがりの猫そのもの
その仕草が、あまりに可愛くて…
甘やかすみたいに頭を撫でてやると、嬉しそうな、気の抜けた笑い声が聞こえた
白く曇る窓の外を眺める
雪なんて冷たい冬の象徴だと思っていた
無慈悲で厳しい、心が冷える、憂鬱な存在
でも、日本と見る雪はキラキラしていて、じんわりと心が暖かくなっていく
胸の奥のずっと凍っていた場所へ、静かに陽だまりが差していた
「日本と見る雪なら好きになれそうだ」
もう俺に、冷たい冬が来ることはない
確信が滲んだ、柔らかな声だった
③花園の誓い(バチカン市国×日本)
姿を現したばかりの朝日が照らす、サン・ピエトロ大聖堂
開場前の静かな聖堂は荘厳さを強調させ、自然と背筋が伸びる
静寂に響く足音を聞きながら、目的の礼拝堂に足を踏み入れた
そこには、聖体を前に静かに祈りを捧げる、一人の姿
直立し、目を閉じて、天を仰ぐよう手を伸ばしている
白いローブに身を包んだ彼はバチカン市国
この国の化身であり、僕の恋人
いつも近くで話しているのに、今はあまりに神聖で、魅力的で…遥遠くの存在に思えた
「…ああ、日本。待たせてしまってすまないね」
此方を振り返った彼の優しい声に、ハッと我に返る
僕の意識まで上界に行ってしまったようだ
「声をかけてくれても良かったんだよ?」
「あはは…あまりに美しい光景でしたから、見入ってしまいました」
「…優しいな君は」
細長い指がするりと僕の右手を絡めとり、ゆったりと歩き出す
「では…行こうか。君に見せたい景色があるんだ」
******
バチカン市国を出たイタリア某所
そこには一面に広がる花の海
地中海の風に吹かれ揺れる様は渚のよう
その中で日本が目を輝かせ、息を呑んだように立ち止まる
その横顔を見ただけで、胸の奥が満たされていくのを感じた
「君なら気に入ってくれると信じていた」
花園に一歩踏み入れ、手を差し伸べる
「ここは私の私有地だから入っていいよ」
花園の中心で並んで座る私たち
私は花を数本選び、鋏で切り、茎を揃えながら笑った
「君に似合うと思って、育ててきた花なんだ」
鞄から取り出した純白のハンカチーフで包み、ブーケをつくる
「これを君に」
「あ、ありがとうございます」
「…お花、摘んじゃってよかったんですか?」
「いいんだ。ここの花は君のために育てたもの。君も好きなようにするといい」
「なら…」
鋏を借りていくつかの花を切り、茎を器用に編んでいく
真剣ながらも楽しそうに指を動かす姿を、気づけば私も息を詰めていた
「見てください!上手くできましたよ!」
出来上がったのは、天使の輪のような美しい花冠
「お返しです。よく似合ってますね」
日本の柔らかな手が、自分の頭に花冠を乗せた瞬間、心の奥がふっと温かくなった
神から授かる祝福とは違う、穏やかで柔らかな光
…ああ、神はきっと、この愛を微笑んで見ておられる
風が吹き抜け、花々が揺れる
ふと見上げた空はどこまでも青く、まるで天上と地上の境が消えてしまったようだ
そのとき、日本がぽつりと呟く
「なんだか、結婚式みたいですね」
「あなたの神聖な雰囲気と、この幻想的な風景が相まって…」
一瞬、時が止まった気がした
この静寂の中で、その言葉だけが澄んだ鐘の音のように響く
“結婚式”
人が互いを想い、神の前で永遠を願う瞬間
それを口にするということが、どれほどの意味を持つのか、彼は分かっているのだろうか
「結婚式、か……いいね」
そっと、彼の手を取る
ふるりと揺れた黒曜石に、真っ直ぐに眼差しを向けた
「なら、ここで誓おう。喜び、悲しみ、苦しみを共にし、生涯、貴方を愛し敬うことを」
見開いた目は噛み締めるよう瞼を閉ざして、緩く弧を描く
ゆっくり伸びてきたもう片方の手
そして、僅かに震える私の手を、優しく包み込んだ
「僕も、誓います。病める時も健やかなる時も、愛し、敬い、慰め、助け合い、その命ある限り、真心を尽くすことを」
宣誓が終わり、訪れた気恥しさ
桜色に染まる頬が愛おしくて、滑らかな肌に親指を這わせる
「…誓のキスもするかい?」
冗談のように言ったつもりだった
けれど、彼は驚きを見せた後、小さく頷いた
「……したいです」
その答えが、胸の奥で静かに響く
「ふふ、素直で可愛いね」
自然と近づいた距離に影を重ねた
短く、けれど永遠のように長い一瞬
世界が静まり返り、ただ花の香りと鼓動だけが残る
離れた時、遠くから聞こえる鐘の音
余韻を乗せた風が花びらを巻き上げる
その光景に包まれながら、私は思わず目を閉じた
この良き日に、神が私達の愛を強め、豊かな恵みを注ぎ、守ってくださいますように
そして、神が私達の願いを叶え、祝福で満たしてくださいますように
胸の内で呟く、誰に聞かせるでもない、ただ、彼とこの瞬間に捧げる祈り
目を開けると、日本が微笑んでいた
その瞳には、空よりも深い光があった
きっと、この愛は神のものでも、人のものでもない
世界そのものが、今、私たちを祝福している
風が、花びらが、陽の光が
その全てが「アーメン」と囁くように舞っていた
コメント
9件
今まで生きてきた中で一番嬉しい誕プレなんですが🥹🫶💞落ち着いたら感想DMします
露日からのバチカンさんと日本の絡みは幸せ過ぎますって。世界最大の国から世界最小の国まで。ロシアくん可愛い…泣言い方悪くなっちゃうけどやっぱり日本って良くも悪くも人たらしなんだなぁと改めて実感しましたよ、ほんとに。あと最初の加日!尊いの塊じゃあないですか。家族に嫉妬するなんて…もう…もう…愛おしいとしか言いようがないですね。
ま、毎度のことながら…貴方様の小説は語彙力すごすぎて情景が頭の中に浮かぶんですよ! 加日最近ハマってるんですよ…家族にも嫉妬しちゃうカナダさんの重めの愛を、逆に受け入れて返してる日本さんたちのカップルがすごく尊かったです! 露日!もうこれは私の推しカプなんですよ…日本さんの言った「ロシアさんは雪みたい」とても共感できました。日本さんはロシアさんと会ってない時でも、雪を見たら思い出してそうですね…