テラーノベル
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店を出て、タクシーを拾い、二人で後部座席に乗り込んだ。
隣にいるのに、もっと近くにいたくて、もどかしくて、窓の外を眺める涼太の手を握った。
ぴくっと揺れる涼太の指は、戸惑いながらも俺の手に応えて、握り返してくれる。
触れた手のひらから、じんわりと幸せが広がっていくようだった。
涼太と手を繋いで歩いてみたくて、
「ねぇ、ちょっと歩きたいんだけど、少し遠いところで降りてもいい?」と尋ねる。
「いいよ?」
「ありがと」
運転手さんに場所を伝えて、車を降りる。
帰っていくタクシーを見送って、支払いのために一度離してしまった涼太の手に触れ、合図する。指を絡めて、強く握った。
取り留めのない会話をしながら歩く。心は躍って、足はふわふわと宙に浮かぶ。
今この瞬間が、どうしようもないほど愛おしくて、大切で、幸せだった。
ふと、今日の涼太の様子がいつもと違かったことを思い出したので、聞いてみる。
「そういえばさ、涼太、今日なんでずっとスマホ見てたの?」
「へ?」
「珍しくスマホとずっと睨めっこしてたから、どうしたんだろ〜って、気になってた」
「あー、それはね、今日さ、ラビットの収録あったでしょ?」
「うん」
「そこで紹介された詩を書いてる人のSNSをずっと読んでたの」
「…………んぉ??」
「ん?」
「…ん…? ………え“!?」
「っ、、声でか…夜だよさくま」
「ご、ごめん、、びっくりしちゃってさ、ハハハ…」
「何で佐久間がびっくりしてるの、ふふっ」
「あ、いや、えー、、えー…っとさ、何でその人の詩ずっと読んでたの?」
「ん?何でって、そうだなぁ…。なんでかすごく頭から離れなくて、顔も本名も知らない人なのに、何だか他人のようには思えなくて、なんていうか、俺と佐久間のことみたいだなって思ったら、今日一日中ずっと繰り返し何度も読んでたみたい。俺、この人の詩、すごく好き。」
空いている方の手で、恥ずかしそうに顔をかきながら笑う涼太が愛おしかった。
すごく嬉しかった。涼太を想って書いた詩が、ひょんなことからではあるが、こうして涼太の目に触れて、俺の詩を好きだと言ってくれた。長いこと拗らせていた思いが叶うたびに泣きそうになる。
伝えようか、とても迷ったが、隠し事はしたくない。
覚悟を決めて、口を開いた。
「涼太、あのね」
「うん?」
「…あ、えっと、、その詩、書いてるの俺なの」
「………………ん?」
「そりゃそういう反応になるよねぇ…これ、俺のアカウント」
そう言ってスマホを操作して、ホーム画面を涼太に見せる。
「涼太を好きになったけど、伝えられないと思ったその日から、せめて何か、涼太が好きだってことだけ残しておきたくて、これ始めたんだ。そしたら思いの外、人気になっちゃってたみたい。」
「そうだったんだ。てことは、これ、全部俺を想って作ってくれた詩なの?」
「…そうです………。…ぅう…はずい……。」
「うれしい。すごくうれしい。こんなに愛してくれて、ありがとう。」
そう言って、涼太は綺麗に微笑むから、視界が滲んで喉が熱くなった。
無事に帰宅し、いつものように出迎えてくれる愛猫たち。
「つな〜、しゃち〜、ただいまぁ。お客さんだよ〜」
「んな?」
「にぁ?」
「初めまして、こんばんは。」
ツナとシャチと目線が合うくらいまで屈み、声をかける涼太は、とんでもなく可愛かった。殺す気か。
「おじゃまします。」と部屋に上がった涼太に
「お風呂入ってきな?」と促す。
「いや、悪いよ。佐久間先に入って。」と言うので
「お客さんが遠慮しないの!!ほら早く!案内するから!」
と強引に脱衣所まで押していった。
最後まで「佐久間の後に入る」と渋っていた涼太を、やっとの思いで説得したところで、俺はバスタオルと着替えをせっせと用意しにクローゼットへ向かった。
下着は新品でまだ開けていないものがあったので、それを選んで脱衣所に置く。開けずに、新品であることを大々的にアピールした。
タオルは一番ふわふわしているものを吟味して選ぶ。
基本オーバーサイズの服ばかりを選ぶので、涼太でも着られるだろうと、一番コンディションの良いものを置いて、脱衣所を後にした。
絶対に涼太の裸を見てはいけない。
強く固い意志を持って。
絶対勃つもん。
大事にしたいんだ。
ツナとシャチと遊びながら、軽めに夕飯を摂っていると、涼太が帰ってきた。
セットが解けて濡れたストレートの黒髪に、薄ピンク色に火照った体、襟元が緩くてチラチラと見える鎖骨、全てが俺を煽っていた。
理性がまだ残っているうちに、「俺もお風呂入ってくるー!待ってる間、なんか飲んで待ってて!何がいいー!?」とキッチンへ向かう。
「おみず」と平仮名で答える涼太。眠いのだろうか。
キッチンから涼太の様子を伺うと、やはり眠そうに目を擦っていた。
コップにウォーターサーバーの水を注ぎ、涼太に渡す。
「ありがとぉ〜」と両手で受け取り、こくこくと飲む。
かわいい。守りたい。一生大切にする。ぅあぁァァぁあああ。
しかし、涼太の前ではかっこよくいたいのだ。精一杯の平然を装って、俺の荒ぶる気持ちを全て右手に込め、涼太の頭を撫で、頬に口付けてから耳元で囁いた。
「お風呂行ってくるね、待ってて」
お風呂から上がり、涼太と髪の毛を乾かし合う。
ソファーに座り、涼太は床に座り、後ろからドライヤーの風を当てて乾かしてあげる。
涼太の髪はサラサラで、すごく綺麗だった。
今度は涼太が俺の髪を乾かしてくれた。何度もピンク色に染めている俺の髪は少し傷んでいて、何度も絡まった。それでも丁寧に1本1本乾かそうとしてくれる涼太の気持ちが嬉しかった。
こんなに幸せな時間を、涼太と過ごせる日が来るなんて、夢にも思っていなかった。
明日地球が滅んでも文句はなかった。
明日のスケジュールを確認すると、照から
「明日10時半集合。場所はここ」とメッセージと住所が送られてきていた。
涼太に明日の集合時間と場所を伝えて寝る準備を始めようと立ち上がると、涼太はもじもじと体を揺らして
「俺、ここでねる」と言った。
涼太が「ここ」と指すのはソファー。
「やだ。絶対。断固拒否。反対。」そう一蹴すると
「俺ここで十分だから」と言う。
「やだぁー!!佐久間さん、涼太と一緒にベッドで寝たいぃー!!」
駄々を捏ねてみる。
「うーん。。だって、、」と口ごもる涼太のその先を促すように
「だって、なに?」と聞く。
「さくまが近くにいたら、どきどきして寝られないもん…」と言うので、
腕を引っ張って寝室に強制連行した。
マジで!!ほんとに!!!どんだけ可愛いの!!!!俺ほんとに死んじゃうよ!?!?
寝室に着いても、涼太はずっと「う〜」とか「あ〜」とかなんとか唸っているので、
「もう諦めて一緒に寝よう? ほら、おいで?」
とベッドに腰掛け、両腕を広げてみる。
そこでやっと観念したのか、小さな足取りで近づいてきてくれた。
近づいてはきたものの、ベッドに上がる勇気が出ないのか、そこで止まってしまったので、俺は体を少し起こして、広げたままの両腕で涼太を捕まえる。
そのまま二人でベッドに倒れ込み、涼太が逃げ出さないようにしっかり抱き締める。
少しでも離れようと必死にもがいていた涼太だったが、そのうち疲れて大人しくなり、恥ずかしさにも慣れてきたのだろう、自分の腕を俺の腰に回してくれた。
しばらくの間、俺も涼太も無言でただ抱き締め合っていた。
たぶん、涼太も俺も同じ気持ちだと思う。
今日1日のこと、こうして今一緒に過ごしているということ、その全てが尊くて、この上ない幸福に襲われていて、言葉に詰まるのだ。
言いたいことがたくさんあるようで、浮かばない。それでもただこうして、二人でお互いの体温を感じ合うだけで満たされた。
ふいに涼太の鼻歌が聞こえた。
次のフレーズから、鼻歌は歌声に変わり、寝室いっぱいに涼太の声が溢れる。
“Nobody 君の代わりはいない
出会った日から恋をしてる 好きって想いが溢れてゆく
いつもそばに 君は僕のもの“
歌い終わると、
「俺もね、佐久間のこと考えて、いつもその時の気持ちに合った歌を歌うの。」
と涼太は教えてくれた。
2人のうたはそれぞれ違う形でも、お互いを想い合って、ずっと表現してきたことがなんだか気恥ずかしくて、くすぐったかった。
高鳴る気持ちが抑えられなくて、スマホをつかむ。
いつもと同じように涼太のことを考えて、文字を、言葉を、紡いでいく。
眠そうな涼太を眺めながら、綴る言葉を電波に乗せた。
静かな寝息を立てて、眠った涼太の頬を撫で、離さないように抱き締めながら俺も眠りについた。
俺の詩 貴方の歌とが 交わって
重なり合っては 溶けていく
貴方の音色に 愛しさ溢れ
抱き締め 返す 恋の詩
誰でもないの 貴方だけ
想い想われ いつまでも
俺のすべても 貴方のもの
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お借りした楽曲 君は僕のもの/SnowMan様