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軍師の嫁取り

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軍師の嫁取り

58 - 戦の前には嫉妬あり5

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2023年11月28日

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同じ頃、まさか妻が、賭場で双六に興じているとは、露知らず、お役目を終えた孔明は、屋敷へ戻っていた。


とはいえ、この屋敷も、使用人も、仕官した祝いとして、妻、月英の父から与えられた物であるから、孔明としては、どことなく、居心地が悪いものだった。


おかえりなさいませ、と、ずらりと侍女が並んで、孔明を出迎える。


「あっ、はい、ただいま戻りました」


一応、自分の住みかではあるが、いつまでたっても、この出迎えは、慣れない。


「えーと、黄夫人は……、黄夫人に、帰宅の挨拶を……」


あの、村の家ならば、孔明の出迎えも、月英は弟の均と、先に食事を摂っていたりで、あら?お帰りでした?などと、忘れられることが多かった。


意外と、その方が、おや、今日は、何を食べているのです?などと、気軽に、帰宅できたのだが、今は、帰宅時間もほぼ、決まりきっている為に、ずらりと並ばれ、迎えられる。


そして、この列に、妻はいない。


正妻は、奥に籠っているものらしく、孔明は、黄夫人と、月英を、追っかけなければならなかった。


しかし、その姿が侍女達には、滑稽に写るようで、くすくす笑われていたのだが、今日は、なぜか、奥様なお出かけですと、伝えられた。


おそらく、月英に命じられていたのだろう、淡々と、いや、渋々、口を動かしているのが、まる分かりだった。


「そうですか」


孔明が、答えると、これまた、待っていたかのように、返事が続く。


「菜児の、実家へ挨拶へ行かれました。遅くなっても、心配はいりません。お付もちゃんとおりますから」


「はあ、そうですか……」


つい気の抜けた返事をしたが、孔明は、はたと、気がついた。


「ちょっと!!なぜです?!なぜ、止めなかったのですかっ!!!」


いきなりの、怒鳴り声に、侍女達は、ポカンと呆けるばかり。


何より、孔明の方が、動きが速かった。


「こりゃー、いかん!だめでしょ!まったくもってっ!!」


と、執拗に文句を言いながら、駆け出した。


「あらまっ!」


夫の心、妻知らず。か、知ってか──。その頃、月英は……。


またもやの、勝ちに、いたくご機嫌だった。


勝ち負けを記す、勝負表には、勝利の印《しるし》縦線が、月英側に、ずらりと書かれている。


「……あのぉー、そろそろ、御屋敷にもどらないとぉ」


菜児が、月英を促した。


「お?なんだぁ?これからだぞ。夜、が、もっと盛り上がるんだ!菜児!」


父親の全陵《ぜんりょう》は、差し入れの酒を、手下達と、柄杓で回し飲みしている。


「あー、完全に、酔っぱらってるよ」


ため息をつく菜児に、


「おお、お前の父ちゃんの言う通りだ!夜の、賭場は盛り上がる!」


張飛が嬉しげに語りかける。


「げっ、張飛、お前もかよ!まったく、飲んだくれなんだからっ!!」


見れば、徐庶《じょしょ》は、ぐうぐうイビキをかきながら寝入ってしまっており、関羽と、張飛は、顔を真っ赤にして、賭け札に興じていた。


「はあー、皆、ただ酒となると……もう!!!」


菜児が、呆れる脇で、良い目が出たのか、月英が歓喜の声を上げている。


「あーもうー、収集つかないよー!旦那様に見つかったら……」


「はい!!もう、見つかっておりますよ!!」


菜児のぼやきに合いの手が入った。


「菜児!ここが、賭場で、合っていますか!!随分、探したのですが、どうも、良くわからない!!」


「ああ……旦那様……ここは、賭場ですって、ええっ!!!」


「ほお!そりゃーよかった!」


驚く菜児など、お構い無しで、真顔でとぼけた事を言う主《ぬし》は、孔明その人だった。


「で、黄夫人を、迎えに来たのですが、いったい、どこに?菜児の父上に、挨拶へ行ったと聞いて……慌てましたよ」


ですよね、そうですよね、と、菜児は、ボソボソ答えた。何しろ、場所が、場所、そして、きゃー!とか、声を上げ、勝利に酔った月英が、いるのだから。


「さて、私も、ご挨拶に。黄夫人にばかり、任せては、いけませんからね」


はい?!なんですか?!


菜児は、固まった。


まあ、幾らか、変わった人とは思っていた。しかし、それが、才能ある、つまり、天才肌というものなのだと、月英に聞かされており、均も、同様に、変わってはいるが、兄上は、タダ者じゃない。と、耳にタコができるほど、菜児は、聞かされていた。


そう、聞かされていた、のだが、これは?どう、理解すれば良いのだろう?


まて、実は、朗らかに、すっとぼけた振りをして、そう、実は、おもいっきり、嫌みを言っているのでは?


「えっと、まず、お父上への挨拶ですよねぇ」


……な、訳はないか。


孔明の、天然ぶりに、菜児はどうすべきか、頭を悩ました。


残念ながら、頼れる人は、いない。


酔っばらっているか、賭け事に夢中か、そのどちらかだからだ。


と──。


「やっだあー!!またぁーー!」


勝負に勝った、月英の声が響いた。

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