この物語はフィクションです。
実在する団体,人物とは関係ありません。
……書けない。
書けない,書けない,書けない。
愛用している万年筆を乱雑に置いて頭を抱える。
創作歴15年,尚代表作無し。期待の新星と呼ばれるには無理がある年齢になってしまった。
インターネットで期待の新星だ!と評価も批判もされている作家は20代前半。
諦めて乾かないように万年筆をしまい薄っぺらい布団にダイブした。
「でも結局,昔の文豪たちもこんなチンタラしてたんだろうなあ……。」
なんて皮肉を吸いながら,今日も呑気に過ごしている。
枕横にあった本を開く,高校時代,皆に見せたくて一冊だけ作れる印刷会社で一冊だけ作った本。
あの頃の自分の精神がどれだけ穴だらけだったのかを示す,皮肉をすりおろしたような本。
たっぷり吸い込んだ皮肉を嗅ぎながら,うとうととする。
「嗚呼,このままにすると原稿用紙が飛んでしまうよ,お嬢さん。」
「そうですか,お気遣いありがとうございます。」
言い終わって不貞寝でもしてやろうかと思い,原稿用紙に背を向けるように転がった瞬間に気づいた。ちょっと待て,と。
30代,恋人歴無し,婚姻歴無し,性欲を睡眠欲と食欲に吸い込まれた女。
そんな女の部屋に男性のことが響くなんて有り得ず,驚いて起きあがった。
「…………誰!?」
状況が飲み込めず壁が薄いのを忘れて叫んでしまった。挨拶に行った時お隣さんは昼間に働く方々だったから誰も居なくて助かった。居たら今頃壁をぶっ叩かれている。
「僕かい?幽霊だよ。」
「否そんな事は分かるんですよ。ここで一人暮らししてから一度も,全く煙草を吸う男どころか男性という異性という存在を家にあげたことがないんです。」
「じゃあ僕が一番乗りかあ。家具がほとんどなくて過ごしやすい家だねえ。」
「それ遠回しに家事ができない奴って言ってません……?」
「真逆真逆,僕の時代に便利なものが一個もなかったもので,現代人は便利を生きてるねえ。君は違うけど。」
「ほーらやっぱり皮肉だ!!!!」
いけない,このよく知らない古い男のペースに呑み込まれている。佇み方も服装も全部全部古い。
この世の人間じゃないことも,現代に生きてた者じゃない事も分かる。
てことは,昔の文豪?太宰治とか芥川龍之介とか,自分が一番好きなのは石川啄木だけど……否そんなことはどうでもよくて。
「昔,なにか作品が流行した現代で言う文豪,的な方……?」
「いいや?そんな大層な者じゃないよ。流行りもしないし早筆でもないしがない作家さ。」
なあんだ,そんな凄い人では無かったんだ。じゃあいよいよ誰なんだ。誰なんだ貴様は。
ガラスの窓を開けて網戸状態にしていたベランダから冷たい風が入り込む。秋も終わり時期だからか足に触れた風がひんやりしている。
でもそんな事考えている暇はない。私の課題は,目の前の幽霊をどうやって成仏させるかだ。
そして今日中にウェブサイトのコンテストに応募しないといけない!!
でも作品の進捗はざっくり言って6割,終わるわけがない。
「あ,悪霊退散!」
言っても反応はない。なんとなく成仏できそうな星のマークを指で辿ってみたがなんの反応も示さない。目の前の煙草男は女子が陰口を叩いた時のような密かな笑いをしている。
「僕が悪霊かあ,酷い言い様だなあ。でも,昔誑かしてた女性たちも僕を悪魔を見ているかのようなギラついた目で睨んでたなあ。」
「誑かされたら睨みたくもなるでしょうよ……。」
結局何が何だか分からず,小説のネタも思い浮かばず,諦めて現実から目を背けて眠ることにした。
「もういいです,勝手にしてください……。」
「嗚呼,分かったよ。勝手に君が起きるまでここに居させて貰うとしよう。」
「あはは,ご冗談がお上手なこと……。」
重い瞼が限界を迎えて,我慢に反して瞼に全てを委ね,視界が暗転した。
続く……
コメント
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うちにもそんなイケメン(推定)コミカル(推測)激メロ文豪(推量)お兄さん(確定)来てくれないかな。 🌝続きを楽しみに待っています