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流石に樹奈を人質を取られているとなるとこのまま銃を撃つ訳にもいかず、どうしたものかと郁斗の額には汗が滲む。

すると、すぐ側に居る恭輔が小声で呟いた。「とりあえず今は彼女を鹿嶋から離す事が優先だ」と。

その言葉に小さく頷いた郁斗は手にしていた銃を足元へ投げ捨てると、両手を上げて降参のポーズをとる。

「――樹奈は解放してやって欲しい。丸腰の俺が頼んでるだ、それくらい聞いてくれよ」

そんな郁斗の言葉に一瞬悩む素振りを見せた鹿嶋。

「…………まあ、いいだろ。こんな女、大した役に立ちそうもねぇからな」

「きゃっ!?」

考えた後、鹿嶋はそう口にすると、樹奈の身体を離して勢いよく郁斗たちの方へ向かって突き飛ばした。

突然の事に驚き、体勢を崩した樹奈はよろけながらも何とか立て直して郁斗たちの元へ走ろうとするけれど、

「――なんてな、死ねっ!!」

それはあくまでも油断させる為の演技だったようで、樹奈の背後から鹿嶋がナイフを振りかざす。

「樹奈!!」

「え……?」

郁斗の叫び声と背後からの気配に良からぬ空気を悟ったのか、樹奈が足を止めてしまった、その瞬間、

「樹奈、こっちだ!」

郁斗の横から素早く駆けて行った恭輔は懐から銃を取り出すと、左手で樹奈の腕を引いて身体を引き寄せて抱き留めると、右手に構えた拳銃を鹿嶋に向けた。

「動くな。銃を持ってるのは郁斗だけじゃねぇんだよ。リーダーにしちゃ甘いな、考えが」

「……クソっ!」

一気に形成逆転すると同時に、恭輔が呼んでいた応援要員の組員たちが雪崩込むように店内へ入って来た事で、鹿嶋を初めとする苑流の下っ端たちは取り押さえられた。

こうして樹奈を奪還する事には成功したものの店内のどこにも詩歌の姿は無く、彼女の居場所を鹿嶋や下っ端たちに問うもなかなか口を割ろうとしない。

しかし、何度も痛めつけられたせいか、下っ端の一人がついに口を滑らせて詩歌は迅が借りているアパートの一室に匿われている事が判明した。

「恭輔さん、樹奈を頼みます」

店外へ出るや否や、気を失って恭輔に抱き抱えられている樹奈を見ながら郁斗は彼女を託すと、一人で詩歌の元へ向かう事を告げる。

「ああ。しかし、お前一人で大丈夫か?」

「はい。とりあえずは」

「……分かった。樹奈コイツを病院に連れてくついでに美澄や小竹の様子も見てから俺も合流する。それまでは、死ぬなよ」

「縁起でもない事言わないでくださいよ、恭輔さん」

「そうだな」

「それじゃ、また」

こうして詩歌の居場所が分かった郁斗は単身迅の待つアパートへ向かって車を走らせて行った。

「……ん……」

その頃、詩歌は市街地から離れた周りが雑木林に囲まれ、昼間でもあまり人気のない寂しい場所に建つボロアパートの一室で拘束され床に寝かせられていた。

連れて来られる際、背後から薬のようなものを嗅がされて意識を失った彼女がようやく目を覚ますと、すぐ目の前に座る迅の姿が目に入る。

「ようやく目が覚めたか」

「……貴方、は?」

「俺は郁斗の知り合いだ」

「郁斗……さんの?」

未だ寝惚けているのか、状況が掴めていない詩歌は郁斗の知り合いだという迅を起き上がって見上げようとするも、自身の身体が後ろ手に縛られて拘束されている事に気付く。

「これは? あの……私……」

何が何だか分からない詩歌は恐怖を感じて身体をばたつかせるも、

「暴れるな。大人しくしてた方が身の為だぜ?」

煙草を吹かしながら空いている手で拳銃を握った迅は、慌てふためく詩歌に銃口を向けながら静かに言った。

「あ……いや…………っ」

拘束され、状況すら分からないまま恐怖を感じている詩歌に追い打ちをかけた迅のその行動は、彼女を黙らせるには充分過ぎる。

拳銃を向けられた詩歌は恐怖から言葉を発する事すら出来なくなってしまう。

何故このような事態になっているのか、震える身体を落ち着けようと小さく深呼吸を繰り返しながら考える。

(……確か、美澄さんと郁斗さんや小竹さんの居る所へ向かって…………小竹さんが待機しているところに合流した時…………)

気を失う前の記憶を必死に辿っていくと、美澄や小竹と居る際、突然複数の男たちが現れたと思った刹那、自分を守ろうとしてくれた美澄や小竹が鉄パイプで殴られ、大声を上げようとしていたところを背後から鼻と口を覆われて薬を嗅がされた事を思い出した。

優しい彼の裏の顔は、、、。【完】

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