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『レイ、あのね』
私は前を向いたまま話しだした。
『昨日話したことなんだけど。
あの話はだれにも話していないんだ。
だから、けい子さんや伯父さんには内緒にしていてほしいの』
なるべくさらっとした口調で、なんでもないふうに言ったけど、内心かなりドキドキだった。
レイの顔を見られないから、彼が今どんな表情をしているかわからない。
商店街に続く曲がり角を曲がったところで、ぽつりと声が聞こえた。
『……あれ、やっぱり本気なんだ』
その声は、けい子さんと話していたのとはまるで違う。
嫌な予感がして隣を見上げれば、レイが細い目で私を見ていた。
『内緒ね……。
それ黙ってたら、俺になんか見返りあるの?』
『は……?』
『人になにか頼むなら、それが筋じゃない?』
私は足を止めた。
後ろからきた自転車が、立ち止まる私たちを追い越していく。
『ちょっと……なにそれ……!
っていうかレイってば、けい子さんたちの前とはまるで別人じゃない!』
思わず声を荒げれば、彼は馬鹿にしたような息をつく。
『さぁ? そう思うのはミオの勝手じゃない?』
(なにそれ……!)
頭に血がのぼった私は、レイを睨みつけた。
『もういい!
もしレイがけい子さんたちに言ったら、私だってレイに裏表があること言ってやるんだから!』
本当は『二重人格』って叫びたかったけど、英語でどう言うかわからなかった。
肩で息をする私を見ながら、彼がなにか呟く。
聞こえなかったけど、浮かべてる表情からして、いい言葉じゃないことだけはわかる。
『……言えば?』
『えっ』
『まぁ、言ったところでケイコたちは信じないだろうけど。
だけどミオの話はどうかな。
ふたりとも信じるんじゃない?』
レイは端正な顔を憎たらしげに歪める。
私は言葉に詰まった。
悔しいけど、考えたらレイの言うとおりだ。
私がレイが二重人格と訴えたところで証拠はないし、対して私の話は、けい子さんたちなら絶対に信じる。
言い返せない私は、せめてもの反抗でレイを睨んだ。
(もういい、レイなんて知らない!)
心の中で叫ぶと、彼から顔を背けて駅へと歩き出した。
レイを置いていくつもりで速足で歩く。
なのに彼が悠々と後をついてくるから、最後には小走りになってしまった。
(やっと着いた……)
ようやく駅につく頃には、私はどっと疲れていた。
だけど同時にほっとする。
レイは東京に行くって言ってたし、私は反対方面だからここでお別れだ。
路線表を見上げるレイを、憎々しげに見やる。
その時、私の後ろから来た女子高生たちが騒ぎ始めた。
「ねぇ、あの外国人さんめっちゃかっこよくない?」
「ほんとだ! まじモデル級じゃない?」
(……あぁ、みんな騙されてる)
気持ちはわかるけど、そいつは最低だって、彼女たちの耳元で叫んでやりたい。
女子高生だけじゃなく、男の会社員までチラチラ見てるし、本当につくづく目を引く外国人だ。
(見た目がいいって、人を欺くよね……。
って、そんなことより急がなきゃ……!)
今のうちだと定期を取り出した時、彼が後ろを振り返った。
『ミオ』
思いがけず名を呼ばれ、その声が思いのほかよく通った。
(えっ……)
その場の視線が、レイから一気に私に向く。
もしかして切符の買い方がわからないのかもと、彼と視線が重なった瞬間思った。
だけど、私は思いっきり目を逸らす。
普段ならゲストには親切にするし、困っていればもちろん手助けする。
けど、レイは別だ。
(知らない、レイなんて知らないんだから!)
心の中で叫ぶと、私は急いで改札をくぐり、ホームに続く階段を駆け上がった。