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君はペット~めめこじ編~
仕事も恋も、完璧やと思ってた。
なのに、彼女にあっさり振られ、仕事でも上司に理不尽な叱責を受けた帰り道。
ずぶ濡れの俺──向井康二──は、もう、立ってるのもやっとやった。
家までの道すがら、マンションの入り口でふと目を留めた。
──ダンボール。
その中、ぐしゃぐしゃになった黒髪の男が蹲ってる。
「……え、何してんの、こんなとこで」
思わず声をかけたら、男はゆっくり顔を上げた。
切れ長の目。濡れた前髪の隙間から、こっちをじっと見上げてくる。
「……拾ってくれる?」
ぽつりと、震える声。
俺は一瞬、頭が真っ白になった。
──いや、普通ありえへん。
──でも、このまま放っとくんも、なんか違う気がして。
「……えっと、とりあえず、うち来る?」
ため息混じりにそう言った俺の言葉に、男はふわっと微笑んだ。
「名前は?」
シャワーを浴びさせて、タオルを渡し、ソファに座らせた後。
カップに注いだミルクを差し出しながら聞いた。
「目黒蓮」
「ふーん、めぐろれん……」
不思議な名前やな、思いながら呟いたら、彼は首を傾げた。
「飼ってくれるなら、俺、めめって呼んで?」
「は?」
「ペットみたいに、可愛がってくれたら嬉しい」
真顔でそんなこと言うもんやから、思わずミルク吹き出すとこやった。
お前、なんやねん。正気か。
「……めめな。しゃあない、今日だけやで」
仕方なく答えた俺に、めめ──目黒蓮──は、満足そうに笑った。
でも、その笑顔の裏に、どこか寂しさが滲んでることに、俺はまだ気づいてへんかった。
それから、奇妙な同居生活が始まった。
とは言ったものの。
「……めめ、大丈夫か?」
「ん、大丈夫」
そう答えた本人が、包丁を握ったまま、鍋の様子を見ようとしてる。
──絶対、大丈夫ちゃうやろ。
思わずため息が漏れた。
朝ごはんを作るって張り切っためめは、見た目はめちゃくちゃ真剣や。
でも、どう見ても、手元と火の管理を同時にできてへん。
包丁の刃先、めっちゃ危なっかしい角度向いとるし、
鍋からはすでに湯気がもうもうと立ち上っとる。
「ちょ、めめ、包丁置いてから鍋見ろっ」
慌てて駆け寄って、包丁をそっと取り上げる。
「……あ」
めめは小さく声を漏らして、俺の顔を見た。
怒られると思ったんか、ちょっとだけ肩をすくめてる。
「別に怒ってへんけどな。危ないから言うてんねん」
そう言いながら、めめの手をそっと鍋から引き離した。
触ったら熱いやろ、と思って。
指先、ほんのり赤くなっとる。
「……アホやなぁ、もう」
ついぽつりと漏らしたら、めめはむくれた顔をして、ぷいっと視線を逸らした。
「……別に、できると思ったから」
小さな声。
たぶん、俺に何かしてやりたかったんやろな。
その不器用な優しさが、胸にちくりと刺さった。
「ありがとな」
俺がそう言うと、めめはびっくりした顔して、またすぐ、ふいっと目を逸らした。
耳が、少しだけ赤くなっとる。
―――――――
結局、朝ごはんは俺が作った。
スクランブルエッグと、トーストと、簡単なサラダ。
「めっちゃ美味しそう」
めめはぱあっと顔を輝かせた。
無邪気すぎるその笑顔に、こっちが照れる。
「そんくらい、自分でも作れるようになれや」
軽口を叩きながら、そっとめめの皿にサラダを盛り付ける。
めめは素直に「ありがとう」って言った。
まだ距離はある。
まだ、知らんことだらけ。
でも、こうして一緒に「朝」を迎えるだけで、
心のどこかがじんわりあったかくなった。。
めめは、やたら懐っこいくせに、ふとした拍子に冷たくなる。
俺が帰ると「おかえり」って嬉しそうに飛びつくくせに、過去を聞こうとすると、すっと距離を置く。
不思議な子やな、思った。
けど、気づいたら、モモがいる部屋の空気に、俺は救われてた。
「康二、今日疲れた?」
「……まあな」
「ギューしようか?」
「はぁ? ええって、そんなん……」
そう言いながらも、めめが背中からそっと抱きついてきたとき。
俺は、拒めへんかった。
静かに響く心臓の音。
あったかい体温。
──あぁ、俺、こんなにも、誰かを求めとったんやな。
気づくのが、少し怖かった。
―――――
「康二は、俺に何かしてほしい事ある?」
ある夜、めめがふいに問いかけた。
ソファに並んで座って、テレビをぼんやり見てたとき。
急に真剣な声やったから、胸がきゅっとなった。
「……癒しかな。あったかさ。そんなん」
正直に答えたら、モモは少しだけ、悲しそうに笑った。
「……俺、ほんとペットやったらよかったな」
「めめ……?」
何か言いかけたけど、めめは「ごめん」ってだけ言って、そっと目を閉じた。
その横顔が、あまりにも寂しそうで。
俺はたまらん気持ちになって、そっとその肩を引き寄せた。
めめをそっと引き寄せたら、
その細い体は、思った以上にあっさり俺にもたれかかってきた。
軽い。
心も、体も。
触れたら、壊れてまいそうなくらい。
「……俺、何もできんかもしれんけど」
ぽつりと呟いた声が、やけにリアルで、胸に刺さった。
「……そんなん、最初から期待してへん」
俺は、めめの髪をくしゃっと撫でながら答えた。
なぜか、言葉を選ぶのが怖かった。
変なこと言ったら、またこの子は、どっかへ行ってしまいそうで。
「めめは、めめのままでええから」
そう伝えると、めめの指が、俺の服の裾をきゅっと掴んだ。
弱々しくて、でも、確かに求める力。
「……康二、優しいな」
ポツリと、めめが言った。
耳元に落ちるその声が、妙にくすぐったい。
「べ、別に、普通やろ」
思わず顔をそらしたけど、
めめは、ふっと小さく笑った。
ほんの一瞬、
ふわりと、花みたいに笑った。
それだけで、心臓がばくばく鳴る。
まだ、俺たちは他人や。
過去も知らんし、未来も知らん。
けど、この瞬間だけは、確かに同じ温度を分け合っとる。
──この子を、ひとりにしたらあかん。
そう、思った。
――――――――
それから数日、
俺たちは「なんとなく」な距離感で、日々を過ごした。
めめは相変わらず不器用で、
洗濯物を干しながら、洗濯バサミを落としまくったり、
掃除機をかけようとしてコードに引っかかったり。
「めめ、ほんま目ぇ離されへんな……」
呆れながらも、どこか嬉しかった。
だって、
そのたびに、
「康二〜」って助けを求める声が聞こえるから。
めめが、少しずつ俺を頼ってくれることが、
たまらなく嬉しかった。
そんなある夜。
珍しく、めめが自分からベランダに出たいと言った。
「星、見たい」
薄いパーカー羽織って、
ベランダに出ためめは、夜空をじっと見上げた。
俺も隣に座る。
二人して、ただ、黙って。
「……星、きれい」
めめが呟いた。
「せやな」
俺も答えた。
それだけやのに、
心のどこかが、じんわりあったかくなった。
──こんなふうに、少しずつ、少しずつ。
めめとの間に、あったかいものが積み重なっていく気がした。
たとえ、まだ、名前だけの距離でも。
いつかきっと、もっと近づけるって、
そんな、根拠のない確信が、胸の奥に芽生えとった。
――――――――――――
会社のデスクで、ふと気づいた。
俺、今日、めっちゃ機嫌ええ。
なんでやろ──って考えんでも分かる。
今朝、めめが、寝ぼけたまま「いってらっしゃい」って抱きついてきたからや。
……可愛すぎた。
「向井、なんか今日、ニヤけてない?」
向かいの席の後輩が、怪訝そうに首を傾げた。
慌てて背筋を伸ばして、真顔を作る。
「べ、別に、なんもないわ!」
「絶対なんかあるだろ〜〜!彼女できたとか?!」
やんややんやと盛り上がる同僚たち。
俺は、つい、口が滑った。
「ペット……!」
──言った瞬間、全員の動きが止まった。
「え、ペット……?!」
「ペット飼い始めたん?!犬?猫?!」
「えっ、向井さん、そんなタイプだったんすか?」
矢継ぎ早に飛んでくる質問の嵐に、俺は顔を真っ赤にした。
──ちゃう、そんなんちゃう。
──いや、ある意味ちゃうけど、説明できへん。
「……まぁ、そんなん、やな」
苦し紛れに曖昧な返事をしたら、みんな勝手に納得してくれた。
「いいなー癒されるよなペット!」
「うちも飼いたい〜!」
助かった……!
胸をなでおろしながら、
でも心のどこかが、きゅうっと痛んだ。
だって。
あいつは、ペットなんかやない。
本当は、
名前のある、ちゃんとした一人の人間やのに。
──誰にも、言われへんな。
そっと胸の内で、めめのことを抱きしめた。
――――――――――
夜、家に帰ると、
めめはソファで丸くなって、俺を待ってた。
「おかえり」
くしゃっと笑う顔に、
今日も救われる。
「ただいま、めめ」
俺は、そっとその頭を撫でた。
―――――――――――――
夜、めめと一緒にソファに座って、テレビをぼんやり見てた。
俺の隣で、めめはうとうとしながら、
たまに首をかくんって傾けて、俺の肩に頭を預けてくる。
その重さが、
あったかくて、ちょっとくすぐったくて。
俺はなんとなく、今日会社で言ってしまったことを思い出してた。
──ペット。
あいつは、
「俺をペットとして飼って」って言うたけど。
本気なんか、冗談なんか、いまだに分からへん。
「なぁ、めめ」
ふいに名前を呼ぶと、
めめはぱち、とまばたきして、俺を見上げた。
「なに?」
「……めめって、ほんまに、俺のペットなん?」
思わず聞いてしまった。
自分でも、なんでこんなこと聞いたんか分からん。
けど、めめは迷いもせんと、すぐに答えた。
「うん。俺、康二のペットだよ」
──あっさり。
あまりにも、あっさりと。
心に、妙なひっかかりが残った。
「……でも、めめは、人間やん」
「人間のペットも、いていいでしょ?」
そう言って、めめはくすりと笑った。
冗談みたいやけど、
その笑顔の奥に、微かな悲しさが滲んで見えた気がして。
「……そ、そうなんかなぁ?」
気づけば、声が震えてた。
めめは、しばらく何も言わんかった。
テレビの音だけが、静かに部屋に流れる。
やっとめめがぽつりと答えた。
「……だって。康二が、俺をそばに置いてくれる理由が、それならいいから」
俺は、何も言えんかった。
そばにいたいだけやのに。
それを「ペット」なんて、わざわざ自分を小さくしてまで、
この場所に留まろうとするめめの強がりが、
苦しくてたまらんかった。
「……そ、そっか」
やっと絞り出した言葉に、
めめは、ふっと笑って、俺の膝に頭を預けた。
重たくもないその体温が、
やけに、切なかった。
俺はそっと、めめの髪を撫でた。
言葉にできん想いを、指先に込めるみたいに。
ほんまは、
ペットなんかやない。
そんなんちゃう。
──めめは、めめや。
でも、それを言ったら、
この子はどこか遠くに行ってしまいそうで。
怖かった。
だから今は、ただ、黙って、めめの体温を抱きしめた。
──少しずつ、少しずつでええから。
ちゃんと、「人」として、
隣にいられるようになりたい。
そんなふうに、願わずにはおれんかった。
――――――――――
「なぁ、めめ」
休みの日の朝。
リビングでゴロゴロしてた俺は、ふと思いついて声をかけた。
「買い物行こか」
「……買い物?」
ソファに寝転がってためめが、きょとんとした顔で俺を見上げる。
「そ。冷蔵庫すっからかんやし、色々必要やろ?」
「うん、行く」
ぱたぱたと裸足で立ち上がるめめ。
相変わらず、素直すぎる。
靴を履きながら、何気なく言葉がこぼれた。
「ペットやったら、首輪でも買いに行かなあかんな?」
冗談混じりに言ったつもりやった。
なのに、めめはふっと目を細めて、寂しそうに笑った。
「……うん、いいよ。康二がつけたいなら」
──しまった。
冗談のつもりやったのに。
めめには、また真に受けさせてもうた。
「ちゃ、ちゃうねん、そんなん、ただの冗談で──」
慌てて言いかけたけど、
めめは「分かってる」って小さく笑って、
先にエレベーターに乗り込んだ。
背中が、ちょっとだけ遠く感じた。
スーパーまでは、めめと並んで歩いた。
「康二、これ好きだろ?」
「……あぁ、好きやな」
「じゃあ、買お」
めめはせっせとカゴに入れてく。
それは、
俺の好きなヨーグルトやったり、
朝食用のパンやったり、
お菓子やったり。
──なんやこれ。
完全に、俺より俺のこと分かっとるやん。
「めめ……なんで、そんな知ってんの」
「だって、康二のこと、よく見てるから」
照れもせず、さらっと言う。
心臓、ばくばくした。
「なぁ」
帰り道、袋を提げて並びながら、俺はぽつりと聞いた。
「ほんまに、首輪……ほしいん?」
めめはちょっと考えて、にっこり笑った。
「……いらない。康二がちゃんと、俺を見てくれるなら」
その言葉に、
胸がぎゅうって締め付けられた。
──首輪やない。
──鎖やない。
ただ、「見ていてほしい」だけ。
そんな、あまりにも小さくて、
でも重たい願いが、そこにはあった。
俺は、そっとめめの頭をくしゃくしゃに撫でた。
「俺、ちゃんと見るから」
小さな声で、でも、できるだけ真剣に言った。
めめは驚いたみたいやったけど、すぐに嬉しそうに笑った。
「うん」
その笑顔だけで、
俺はなんでもできる気がした。
──めめの隣に、
ちゃんと立てるようになりたい。
そう思った、春の帰り道やった。
家に帰って、買い物袋をキッチンに運ぶ。
「……ふぅ」
俺がため息まじりに袋を開けると、
めめは嬉しそうに袋の中をのぞき込んできたのでめめが前に「好き」って言うてた、あんこのお菓子を取り出した。
「……っ」
めめの顔が、ぱぁって明るくなる。
目をきらきら輝かせて、
その小さな袋を大事そうに抱きしめた。
「康二……っ、俺の好きなやつ、覚えてくれてたの」
「当たり前やん、俺もちゃんと見てるって証拠やろ?」
」
ちょっと照れくさくて、
ぶっきらぼうに返したけど。
めめは、本当に嬉しそうに笑った。
「……康二、やっぱり俺のこと、ちゃんと見てる」
嬉しそうに、はにかんだ笑顔。
それを見てたら、
なんかもう、こっちまで胸いっぱいになって。
「ったく……ガキみたいやな」
わざとそう言ったけど、
めめは全然怒らん。
「うん、康二の前ではガキでいい」
小さな声で、そう呟いた。
そのときだった。
ふと、
めめの後ろに、ふわっと──
──大きな、黒いしっぽが、揺れたような気がした。
「……え?」
思わずまばたきして、もう一度見たけど。
そこには何もなかった。
気のせいやろか。
それとも、ほんまに……?
「康二?」
不思議そうに首を傾げるめめ。
「……いや、なんでもない」
苦笑いしてごまかす。
めめは首を傾げたまま、また嬉しそうにあんこの袋を抱きしめた。
──まあ、ええか。
たとえ幻でも、
めめが俺のそばで、こんなふうに笑ってくれるなら。
それだけで、今は十分やな。
買い物袋を片付け終わったあと。
俺はソファにごろんと寝転んだ。
「はぁ〜……疲れた」
天井見上げながらため息ついてたら、
ふわっと、めめが隣に座った。
……と思ったら、そっと、俺の腹の上に頭を乗せてきた。
「なっ……お、お前……」
「……だめ?」
上目遣いで俺を見上げるめめの目が、ちょっとだけ不安そうに揺れる。
「……ええよ」
しゃあないな、とか言いながら、
俺はそっとめめの頭を撫でた。
髪、さらさらで気持ちええ。
めめは満足そうに目を細めて、
俺の腹の上で、すりすり顔を寄せてきた。
──めっちゃ甘えとるやん。
「めめ、ほんま甘えたやな」
思わず笑うと、
めめは小さく「うん」って言った。
でも。
しばらく撫でてたら、
めめの体が、ふっとこわばったのが分かった。
顔を隠すように、俺のTシャツの裾をぎゅっと掴んでる。
「……どうしたん」
そっと声をかけると、めめは小さな声でつぶやいた。
めめは、甘えたい。
でも、怖い。
俺にすがりたい。
でも、捨てられるのが怖い。
そんな心の奥が、痛いほど伝わってきた。
「めめ」
俺は、そっとめめの体を引き寄せた。
ぎゅっと、強く、抱きしめる。
「俺は、簡単にどっか行ったりせぇへん」
低く、小さな声で、でも確かにそう告げた。
めめはびくっとして、
それから、俺の胸に顔を埋めた。
「……ほんとに?」
「ほんまや」
めめの黒髪にキスするみたいに、そっと額を押し当てる。
しばらくして──
めめの体から、ふっと力が抜けた。
甘えた声で、「康二……」って俺の名前を呼びながら、
腕の中で、小さな子どもみたいに眠ってしまった。
外ではまだ春の冷たい風が吹いてるけど。
めめのぬくもりは、俺の胸に、優しく、ずっと残ってた。
――――――――――
春が深まるにつれて、
俺──向井康二──の毎日も、少しずつ変わっていった。
家に帰れば、めめがいて。
あったかい部屋と、甘えた声と、たまにちらつく黒いしっぽ(たぶん)に迎えられる。
そんな当たり前みたいな日々が、
俺の中の疲れとか、尖ったものを、ゆっくり溶かしていった。
そして今日。
会議室で、上司が俺に向かって言った。
「向井、次の新規案件──リーダーを任せたい」
「えっ」
思わず声が裏返った。
聞けば、社内でもかなり注目されてるプロジェクトらしい。
クライアントも大手で、プレッシャーは半端ない。
それでも、上司は真剣な顔で俺を見た。
「最近のお前、いい顔してるよ。チームまとめるのにも向いてると思う」
──いい顔。
少し前、彼女に振られて、仕事でもボロボロやった俺には、
絶対言われへん言葉やった。
ふっと頭に浮かぶ、めめの笑顔。
「……ありがとうございます。頑張ります」
自然と、まっすぐ答えられた。
会議室を出たあと、
廊下を歩きながら、胸がじんわり熱くなった。
俺、変われたんかな。
めめと出会って、
あいつが「おかえり」って言ってくれる場所ができて。
それだけで、こんなにも、
人って頑張れるんやな。
すぐにスマホを取り出して、メッセージを打った。
【康二】
「今日、めっちゃいいことあった。あとで話すな!」
送信ボタンを押したあと、
すぐに既読がついた。
【めめ】
「うん!楽しみにしてる!」
小さなスタンプと一緒に返ってきた、あったかいメッセージ。
思わず笑ってしまった。
はよ帰って、あいつに聞かせたろ。
「……めめ、待っとけよ」
小さくつぶやきながら、俺はエレベーターに向かって足早に歩き出した。
――――――――
夜。
リビングには、ふわっとあったかい空気が漂ってた。
めめは、俺が作った簡単な晩ごはんをもぐもぐ食べて、
俺はビール片手に、今日あった出来事を嬉しそうに話してた。
「ほんでな、上司が俺のこと褒めたんやで!『最近いい顔してる』って! めっちゃ嬉しかった!」
ちょっと自慢げに語ったら、めめがぱぁっと顔を輝かせた。
「すごいじゃん、康二!」
「やろ!? これもな──」
そう言いかけて、自然と口から出た。
「めめのおかげや」
めめは、きょとんとした顔で俺を見た。
「めめが家にいてくれるから、俺、頑張れるねん。毎日、ちゃんと帰りたいって思うし、
めめの顔見たら、ほっとするし」
不器用な言葉やったけど、
それが今の俺の、ほんまの気持ちやった。
めめは、ぱちぱち瞬きして。
それから、照れたみたいに笑った。
「……そっか。よかった」
「ありがとうな、めめ」
俺が真剣な声でそう言うと、
めめは、嬉しそうに、でも少しだけ寂しそうに笑った。
──その表情に、ふと、胸がちくりと痛んだ。
──この子は、なんであんなとこに捨てられてたんやろ。
思わず、口を開いた。
「なぁ、めめ」
「ん?」
「……なんで、あんな風に、あの日……捨てられてたん?」
ソファに並んで座ってためめの肩が、びくりと揺れた。
一瞬、返事がなかった。
めめは、視線を落として、
ぎゅっと膝を抱えるみたいにして、
小さく首を振った。
「……わかんない」
ぽつりと、かすれた声。
「俺、気づいたら、誰にも必要とされてなかった」
「……」
「ここにいてもいい、って思える場所、どこにもなかった」
言葉を重ねるごとに、めめの声が小さくなっていく。
俺は、なにも言えんかった。
ただ、そっと、めめの頭に手を伸ばして、
優しく撫でた。
めめは、されるがまま、俺の膝に顔を寄せてきた。
少し震えてる体。
俺はそっと、めめを抱きしめた。
「──めめ、ここおるやん」
静かに、でもはっきりと言った。
「ここにおるで。俺のとこに」
めめはしばらく黙ってたけど、
ぎゅっと俺のTシャツを掴んで、顔を隠した。
「……ありがと、康二」
小さな声が、胸に染みた。
俺は心の中で、そっと誓った。
めめを、絶対、もう寂しい思いなんかさせへん。
あの日拾ったのは、ただの「ペット」なんかやなかった。
──俺にとって、かけがえのない、大事な「家族」やったんや。
晩ごはんを食べ終えて、リビングでぼんやりテレビを見てたとき。
めめは、ソファに寝転んで、俺の足元に頭を預けてた。
「……康二」
「ん?」
めめが、ぽつりと名前を呼んだ。
「昔──俺、誰かに捨てられたんじゃなくて、最初から、いらなかったのかも」
不意に、そんな言葉が落ちた。
俺は、テレビのリモコンをそっと置いた。
「……どゆこと?」
静かに尋ねると、めめは天井を見上げたまま、ゆっくり話し始めた。
「物心ついたときには、ひとりだった。誰かの声も、名前を呼ばれることもなかった」
「……」
「寒かったし、怖かったけど。それが普通だと思ってた」
めめの声は、どこか遠くを見てるみたいやった。
「みんなすぐいなくなるんだ。俺がそこにいても、いなくても、きっと同じだった」
めめは、ふっと笑った。
でもそれは、悲しい笑いやった。
「……だから、康二が『帰ってこい』って言ってくれるの、不思議なんだ」
俺は、言葉を失った。
めめはずっと、誰にも「ここにいていい」って言われへんかったんや。
当たり前みたいに、必要とされずに、生きてきたんや。
そんなの──
そんなの、めっちゃ、寂しかったやろ。
「……めめ」
俺は、めめの頭をそっと撫でた。
指先に触れる髪は、柔らかくて、あったかかった。
「俺は、めめにいてほしい。めめがおらんかったら、寂しい。ほんまに」
めめは、しばらく黙ってた。
そして、ゆっくり目を閉じて、小さく呟いた。
「──ありがと、康二」
ふわっと、俺の膝に重みが増す。
甘えるみたいに、めめは顔を寄せてきた。
俺は何も言わず、
その体温を、ただ、受け止めた。
めめの過去は、きっと簡単に癒せるもんやない。
それでも、少しずつ。
時間をかけて、俺がこの子に「ここにいていい」って伝えたい。
──そう、心から思った。
―――――――――――――
プロジェクトが、本格的に動き始めた。
朝、目覚ましより早く飛び起きて、スーツに袖を通す。
バタバタとトーストをかじりながら、カバンに資料を詰める。
「めめ、先行くな!」
ソファに丸まったままのめめに、手を振って出ていく毎日。
めめはいつも、小さく手を振り返してくれた。
「……いってらっしゃい」
その声に、救われるような気持ちで、俺は玄関を出た。
だけど。
帰るころには、夜も遅くなってることが多くなった。
疲れて、くたくたになって、ドアを開ける。
リビングの電気は点いてるけど、ソファには、めめが小さく寝転がってるだけ。
テレビだけが、ぼんやり音を立ててた。
「……ごめんな、遅くなって」
そっと呟くと、めめは起き上がって、眠そうに笑った。
「ううん、おかえり」
「飯、食った?」
「うん……ちょっとだけ」
「そっか」
カバンを下ろしながら、めめの表情をちらりと盗み見た。
──どこか、寂しそうやった。
けど、俺は、そこまで気づいてやる余裕がなかった。
「明日、プレゼンやねん。練習せな」
そう言って、パソコンに向かう。
めめは、何も言わず、俺の背中を見つめてた。
そんな日が続いたある夜。
ふと気づくと、めめの「おかえり」の声が、どんどん小さくなっていった。
俺が「ただいま」って言っても、
めめは寝たふりをするようになった。
──それでも俺は、
「仕方ない」って、心のどこかで思ってた。
プロジェクトは大事や。
めめも、ちゃんとわかってくれてるはずやって。
だけど──
ある晩、遅く帰った俺は、リビングで、ぽつんと座ってるめめを見つけた。
真っ暗な部屋で、ひとり。
何もつけずに、じっとしてた。
その背中が、小さく震えてる気がして。
「……めめ?」
声をかけると、めめはぱっと振り返った。
「おかえり、康二」
笑った顔は、いつもどおりやった。
でもその目は、少しだけ、うつむいていた。
俺の胸が、ぎゅっと痛くなった。
──俺、めめを、またひとりにしてしまってるんやろか。
忙しさにかまけて、大事なもん、見失いかけてた。
そう思った瞬間、
俺はたまらず、めめをそっと引き寄せた。
めめはびっくりした顔したけど、すぐに、俺に腕を回してきた。
静かに響く、めめの鼓動。
それは、ほんまはずっと、俺を待ってた証拠やった。
しかしそんな事とは裏腹にプロジェクトはドンドン進んでいく。
入念な準備。人の確保。
あらゆる所に神経を配り続けた。そして…
プロジェクトは──
大成功を収めた。
何ヶ月も準備してきたプレゼンも、完璧に決まった。
上司たちは口々に俺を褒めたたえ、同僚たちは「さすがやな!」と肩を叩いた。
会議室の外に出ると、すぐに打ち上げの話が持ち上がった。
「向井も来るやろ?今日は主役だぞ!」
「……ああ、ありがとう。でも、俺、今日は遠慮しとくわ」
笑って、そう答えた。
急に、胸の奥がざわついたから。
──早く、帰らな。
早く、めめの顔を見たい。
あいつに「ありがとう」って、ちゃんと言いたい。
ダッシュでタクシーを拾って、マンションに着くと、
エレベーターも待ちきれず、階段を駆け上がった。
「めめ!ただいま!」
ドアを開けるなり、リビングに声を響かせた。
だけど──
そこに、めめの姿はなかった。
部屋の空気が、やけに静かだった。
「……めめ?」
名前を呼びながら、部屋を見て回る。
キッチン、バスルーム、ベッドルーム──
どこにも、あの黒髪の少年はいない。
テーブルの上には、たたんだブランケットと、
小さなメモが一枚だけ、置かれてた。
震える手で、その紙を取る。
そこには、短く、こう書かれていた。
「康二、忙しいのにごめんね。
俺、大丈夫だから。
ありがとう、たくさん、幸せだった。」
「……なんで」
声が震えた。
たったそれだけの言葉に、めめの全部が詰まってた。
ずっと我慢してた。
俺に迷惑かけたくなくて、何も言わずに、隣で笑ってた。
でも、限界やったんや。
──俺、何してたんや。
仕事ばっかりにかまけて、
一番近くにいためめの小さなサイン、
見落としてた。
俺は、メモを胸に握りしめた。
「……あほやなぁ、めめ」
涙で滲む視界の中で、
俺は、必死に考えた。
めめはどこに行った?
どこにいる?
早く──早く見つけなあかん。
だって、あいつは、
俺にとって、かけがえのない──
俺の、”家族”やから。
この続きはnote限定で公開中。
気になる二人の恋の続きはこちらからどうぞ。
笑って、キュンとして、時々じれったい──
あなたのお気に入りのカップリングが、ここにきっとある
続きはこちらから
https://note.com/clean_ferret829/n/nb18e49df685b