テラーノベル
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海岸清掃が終わってから、一週間が過ぎた。
高校生活にも少しずつ慣れ始め、教室には笑い声が増えていた。
朝のホームルームが終わると、誰かが立ち上がって別の席へ向かい、「おはよう」と声を掛け合う。昼休みになれば購買へ走る生徒や、教室で机をくっつけて弁当を広げる生徒で賑わっていた。
頼人も、その輪の中に少しだけ溶け込めるようになっていた。
「旭川!」
悠真が勢いよく肩を叩く。
「今日の数学、宿題やった?」
「一応。」
「助かった! 見せて!」
「見せるだけだからな。」
「神!」
悠真が大げさに両手を合わせる。
その様子を見ていたクラスメイトたちが笑った。
頼人も思わず笑みを浮かべる。
中学生の頃なら、こんなふうに誰かと笑い合うことは少なかった。
悪くない。
高校生活も、案外楽しいかもしれない。
◇
昼休み。
弁当を食べ終えると、頼人は窓際へ向かった。
窓を開けると、潮風が教室へ吹き込んでくる。
学校は海から歩いて十分ほど。
風向きがいい日は、海の匂いがここまで届く。
「やっぱりここにいた。」
振り返ると、結衣だった。
「海、見てたの?」
「うん。」
「好きなんだね。」
「見るのが。」
頼人が答えると、結衣は隣へ並んだ。
二人で窓の外を見る。
言葉はない。
でも、不思議と気まずくはなかった。
「そういえば。」
結衣が口を開く。
「写真、撮った?」
「あ。」
約束。
海岸清掃の日に交わした約束を思い出した。
「昨日、撮った。」
「ほんと?」
「見る?」
頼人はスマートフォンを取り出し、カメラで撮った写真を画面に映す。
夕日に照らされた海。
波打ち際。
飛び立つカモメ。
水平線に沈む太陽。
結衣は目を丸くした。
「……すごい。」
「そんなに?」
「うん。」
写真を一枚ずつ見ながら、小さく呟く。
「同じ海なのに、こんなふうに見えるんだ。」
その言葉が嬉しかった。
誰かに写真を褒められたのは初めてだった。
「ありがとう。」
自然とその言葉が口から出る。
結衣は少しだけ照れたように笑った。
「私、今度もっときれいな場所教えてあげる。」
「きれいな場所?」
「夕日が一番きれいに見える秘密の場所。」
「秘密なのに教えてくれるの?」
「旭川くんには特別。」
そう言うと、結衣は「あっ」と口を押さえた。
「ち、違うの!」
「え?」
「そういう意味じゃなくて!」
顔を真っ赤にしながら慌てる。
頼人は少し驚いたあと、小さく笑った。
「分かってる。」
「……笑った。」
「え?」
「今、笑ったよね。」
「そんなに珍しい?」
「うん。」
結衣は嬉しそうに笑う。
「その方がいいよ。」
その一言が、頼人の胸に静かに残った。
◇
放課後。
昇降口で靴を履き替える。
偶然、結衣も同じタイミングだった。
「帰る?」
「うん。」
「じゃあ途中まで。」
二人は校門を出る。
前よりも会話は自然だった。
好きな教科。
苦手な教科。
中学校の思い出。
他愛もない話ばかり。
それなのに時間があっという間に過ぎていく。
「そういえば。」
結衣が笑う。
「旭川くんって、最初は怖い人だと思ってた。」
「またそれ?」
「だって全然笑わなかったし。」
「緊張してたんだ。」
「今は?」
「今は……。」
頼人は少し考える。
「少し慣れた。」
その言葉に、結衣は満足そうに頷いた。
「よかった。」
海沿いの道へ出る。
夕暮れの海は今日も穏やかだった。
オレンジ色の光が、水面できらきらと揺れている。
結衣は立ち止まり、海を見つめた。
「旭川くん。」
「ん?」
「この景色、百回見ても飽きないんだ。」
頼人も海を見る。
「……分かる気がする。」
初めてだった。
海を見て、「きれい」以外の感情を抱いたのは。
結衣と話すようになってから、海の色や風の匂い、小さな波の音まで気になるようになっていた。
「また写真、撮ろう。」
頼人が呟く。
「うん。」
結衣は嬉しそうに笑った。
「今度は私も写してよ。」
「人物はあまり撮ったことない。」
「じゃあ、私が一人目。」
そう言って、夕日に向かって走り出す。
制服のスカートが潮風になびき、長い黒髪が夕日に照らされる。
頼人は慌ててカメラを構えた。
カシャッ。
シャッター音が静かな海に響く。
液晶には、振り返って笑う結衣の姿が映っていた。
その一枚は、頼人にとって初めて「景色ではなく、人を撮りたい」と思って撮った写真になった。
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コメント
3件
うわあ……このエピソード、すごく好きです。 頼人がちょっとずつ高校に馴染んで、結衣との関係も自然に育っていく感じが丁寧で。特に「笑ったよね」って結衣に言われたシーン、心がほっこりしました。「百回見ても飽きない」っていう海の表現も、彼女の根っこの部分が見えたみたいでぐっときたなあ。 最後に頼人が「景色じゃなくて人を撮りたい」と思った瞬間、確かに彼の世界が変わったんだなって感じられて、感動しました。