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地球軌道へ戻った私たちは、諸般の事情で明後日に合衆国へボイジャーを連れ帰ると連絡しておいた。その日はプラネット号でゆっくり休んで、いよいよフェルの行きたい場所へ向かうことになった。
「場所は?」
「秘密です」
「じゃあ楽しみにしておくよ」
何処だろうとフェルの転移を使えば直ぐに現地へ飛んでいけるから、移動時間なんかを気にする必要ない。フェル曰く、三時間前から目的地周辺に人払いの魔法をかけたらしい。
いや、宇宙から地球上へ遠隔魔法を掛けるなんて……相変わらずフェルはチートだ。少なくとも個人レベルでそんなことが出来るのは、アードでもセレスティナ女王陛下くらいじゃないかな?
どちらにせよ非常識な力だと言うのは間違いない。
「じゃあ、ティナ」
「うん、今日はエスコートを任せたよ」
差し出された手をしっかり握って笑い掛けると、フェルも笑顔で応じてくれた。
「はい!それでは、行きます!」
足元に魔法陣が現れて、次の瞬間浮遊感に襲われる。そして、気が付けば既に目的地……って!
「わぁああっ……!」
「綺麗……」
視界いっぱいに広がるとっても綺麗な……湖かな?そして周りには雄大としか言えない大自然が広がっていた。
試しにサンダルのまま足を湖へ浸してみると……透明度がっ!なにこれ!?本当に水の中!?湖底も、そこを踏みしめてる私の足もくっきりと見えてるっ!
『現地名バイカル湖、地球では最大級の淡水湖であり、豊かな自然と生態系から観光名所としても有名だとか』
「バイカル湖!?ここが!?」
前世でも名前だけは聞いたことがあるけど……ここが、バイカル湖っ!
フェルの魔法のお陰か、地球人は一人も居ない。ただただ目の前に広がる雄大な自然に圧倒されてしまう。
「地球は凄いですよね。こんな自然はアードにも無いのでは?」
「うん、私が知る限り無いよ!」
そもそもアードには陸地が少ないし、こんなにも巨大な湖なんか存在しない。海だけは地球の倍あるけどさ。
「地球のことを調べていたら、この湖を見つけたんです。ティナと一緒にこの自然を満喫したいって思いまして。ただ、場所が場所なので一緒に行けるようになるには時間が掛かるかなぁって」
「フェルの心配も分かるよ」
何せバイカル湖があるのは連邦、つまりユーラシアの雄だ。合衆国との仲の悪さは前世から変わらない。
確かにハリソンさん達に任せてたら……下手をすれば来ることが出来なかったかもしれない。
「今さらだけど、人払いの魔法って大丈夫なの?」
「はい、自然な形でこの場から離れていくように誘導する魔法です。効果はそれほど長くありませんし、ティナと満喫したら解きますよ」
「それなら良いけど……いや、心配は後回しにしよっか。フェル」
私が差し出した手をフェルが嬉しそうに握った。こんなにも素敵な場所に来てるんだ。立ち話なんて勿体無い。
「いくよ、フェル」
「はい、ティナ」
私は翼を、フェルは二対の羽根を大きく広げて大空へ羽ばたいた。空から見てもバイカル湖の大きさには圧倒されるね。
『現地のガイド情報曰く、世界一の透明度で、約40メートルの深さまで透けて見ることが可能。次に世界一の深度で、湖の最大深度は1741メートル。更に世界で最古の湖で、約3000万年前に海から孤立し淡水化したとか。最後に世界一の貯水量を誇り、面積は北米大陸にあるスペリオル湖には劣るものの、世界の淡水の約20%がバイカル湖にあるとされています』
「この広さだもん、納得だよ」
空からでも湖底が見えるくらい水が透明だ。琵琶湖も広いとは感じたけど、ここは文字通り桁違い……おや?
「あの生き物は?」
フェルの指差した先には……はぇ!?アザラシ!?北極じゃないよ!?
『バイカルアザラシ、唯一淡水に生息するアザラシであり、バイカル湖周辺の食物連鎖の頂点に君臨している生物です』
へー、北極以外にもアザラシが居るんだ?先入観は捨てないとなぁ。
「可愛いっ!」
「えっ、可愛い?」
「可愛くないですか?」
そんな悲しげな顔しないでよ、フェル。
「可愛いね」
「はい!」
目をキラキラさせて……高度を落として間近で観察してるよ。
……ん?ちょっと先の川の近くから湯気が……まさか!
『温水を確認しました。温度は地球単位で41℃前後、所謂温泉ですね』
「温泉!?」
温泉と聞いたら入りたくなるのは、私の前世が日本人だからかな。生まれ故郷は温泉で有名だったし、結構身近な存在だ。
もし外なら露天風呂。この絶景を眺めながらの温泉は、絶対に気持ちが良い!
「フェル!フェル!温泉に入ろう!」
「温泉……ですか?」
フェルが首をかしげるもんだから、取り敢えず簡単に説明してフェルの手を引いて温泉がある場所まで飛んだ。
張り切りすぎてフェルがちょっと疲れるハプニングが発生したけど。飛行速度だけは種族的にリーフ人よりアード人の方が速いんだよね。無我夢中で忘れてたよ。
「お外でお風呂に入るんですか!?」
「人払いの魔法と認識阻害の魔法は完璧なんだよね?それなら大丈夫だよ」
温泉は円形に石が積まれた一般的な露天風呂の形をしていた。整備されたような痕跡はなかったから、天然物かな?どちらにせよ、そこに温泉があるなら入るべし。認識阻害の魔法があれば、例え衛星だろうと私たちの姿を映すことは出来ない。ましてフェルの魔法だ。覗かれる心配はない。
戸惑うフェルを促しながらさっさと服を脱いで。
「クラフト、桶!」
創作魔法で桶を一個作り出し、そしてその場で座り込んでしまった。
「ティナ!?」
「あー、大丈夫。ちょっと立ち眩みがしただけ」
桶を一つクラフトするだけで立ち眩みとか、我ながら魔力の低さに絶望するよ。
仕方ない、気分を味わうのは次の機会にしよう。フェルに支えられながら掛け湯をして体を清めて、そして湯船に浸かった。ゴツゴツした部分はフェルがさっさと加工してつるつるにしてくれた。
「「は~~……」」
うん、翼と手足を存分に伸ばしてまったりする。この絶景を眺めながら、ね。しかも隣には気持ち良さそうに温泉を堪能してるフェルが居る。なにこの贅沢。
「ティナ」
「うん?」
「気持ちいいですね」
「うん、来て良かったよ。ありがとう、フェル」
「こちらこそ、ありがとう、ティナ」
私達は大自然を満喫しながら笑い合うのだった。裸の付き合いは良いね。