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「秦城は早く向こうに戻らないとね。このままじゃ記憶はもちろん、現実にいるもう片方の秦城の存在が強くなっちゃうよ」
「それは困る。……でも、帰る時はお前も一緒だ。現実のお前も今大変なことになってんだよ。このままじゃ本当に死ぬかもしれない」
死ぬという言葉を出したわりに、匡は怯むこともなく落着していた。
「多分、潮時なのかも。自分を切り離すのは十年位が限界なんだ」
むしろ今までよくやってくれたと思う。
“自分”の代わりに、心のない肉体が嫌なことは全て引き受けてくれた。
今日まで生きてくれた。
「変なの。自分に感謝してる……」
匡は清心から離れると、苦笑しながら両手を握った。まだ頭の中はぐちゃぐちゃなのに、心は靄が晴れたように清々しい。この感情を何と言うのか、自分はまだ知らない。
「そういえば、秦城は十年後の……現実の俺と会ってるんだ?」
「あぁ。半……同居生活をしてるよ」
「はぁ!? 何で!」
清心の言葉に、匡は露骨に驚いている。
現実のことは本当に何も知らないようで、清心は気まずさに押し潰されそうになった。
「えーっと、落ち着いて聞いてほしいんだけど。現実でも、俺達はもう寝てるよ」
「はあぁ!?」
落ち着いてと言うのはちょっと無理な注文だったかもしれない。匡は顔を赤くして拳を握り締めている。
「しっ……信じらんない! やっぱり秦城ってサイテーだな! 最初に言ってた通り誰とでも寝んのかよ! 不潔!」
「はあ? 言っとくけど十年後のお前だって相当軽っ……いや、今は喧嘩してる場合じゃない。一刻を争うことなんだ。だから」
軽く咳払いして、清心は匡の額にキスした。
「“俺達”の家に帰ろう。今度は絶対、手放さないから」
「……」
匡の瞳はまだ不安定に揺らいでいる。しかしやがて意を決したように、強く鮮やかな色を灯した。
「……分かった。残念だけどもう帰るよ。あの時はごめん、秦城」
「それは俺の台詞だな。あの時は突き放してごめん、匡。あと────告白してくれて、ありがとう」
最後の台詞は、光と一緒に褪せていった。
何年どころか、何百年も昔の事のように脳内を駆け巡っていく。
こんな不思議な体験も、これで終わりなんだと分かった。