テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
優しい人だな、と思った。
天然なとこもあって面白い。
頼りになって穏やかな性格の割に意外と口が悪かったり腹黒なとこもある。
みんなに分け隔てなく優しくて。
ふわっと笑う顔や、耳当たりのいい落ち着いた低い声。
その全てを俺にだけ向けて欲しいと思ってしまうことがある。
「そんなわけにはいかないのにな」
あの人の隣にいることを許されるのは俺なんかじゃない。
俺とは全く正反対の存在が立つべきなのに、そんな未来の姿を考えたくなかった。
どう足掻いてもクロノアさんの傍にいることなんてできないのに、俺なんかよりも似合う人がいるのに。
「(選んで欲しいだなんて、自分のことをどんだけの存在だと思ったんだ)」
男で、柔らかみの全くない体で。
しにがみさんやぺいんとみたいな可愛らしさのかけらもない俺なんか選ばれるわけないのに。
他の人なんて選んで欲しくないなんて、お門違いにも程がある。
すごく優しくしてもらっただけで簡単に好きになって。
あの人にとっては当たり前の行動だったんだろうけど、過去の俺にとっては充分過ぎるくらい嬉しいことだった。
日常組に入るとなった時、すごく気にかけてもらった。
あの一度の言葉で脆い心は簡単に絆されてしまったのだ。
一度と言えば語弊があるかもしれない。
クロノアさんは優しくて、何をするにも大丈夫?と声をかけて心配してくれていた。
いつもそうやって、言ってくれて。
勿論、他のみんなにも同じことをしてるのは分かってる。
結局、惚れたもん負けということだ。
なんの得にもならない俺なんかに好かれてもクロノアさんにとって迷惑になるなら言わない方がいい。
今まで思ったことのない、一度きりだった俺の想いは固く厳重に鍵をかけて封じるしかない。
この先こんな想いになることはない、たった一度の隠しておかなければならない想いを。
「いやこの歳になって知恵熱とかふざけてんなぁ…」
思い詰めすぎて熱を出した。
行きたくもない病院に行って検査もして感染症ではないことと、過労によるものでしょうと言われて点滴打たれたのと解熱剤を処方してもらった。
「過労じゃねーんだよな…」
ただの悩みすぎなんだわ。
「はぁ…しんど、」
冠さんに連絡入れておいたから他のみんなにはいいかと布団を被り直す。
熱は下がってるし、1日くらい寝てたら治るだろうなと安易に考えていたらスマホが鳴った。
「電話…?」
誰だと画面を見て固まる。
「クロノアさん?なんかあったんかな…」
ドラッグして電話に出る。
「もしもし?どうかしましたか、クロノアさん」
『どうかしましたかじゃないよ。冠さんからトラゾーが寝込んでるって聞いたからまた無茶したのかと思って電話したんだよ』
珍しく焦ったような声に首を傾げる。
そんな大病でもないのに。
「いやいや…ただの疲れによる熱ですよ。冠さんあなたになんて言ったんですか」
『死にそうな声して電話してきたって言ってきたから…』
そりゃ熱出てた時に電話してたからそんな声にもなるだろうよ。
「大丈夫ですって。熱も今は下がりましたし、頭痛いくらいで他は全然…」
『…頭痛いなら電話しないほうがよかった?』
少しだけトーンが下がる。
クロノアさんの声だからなのか全く不快に思わないな頭にも響かない。
「いえ、…俺、クロノアさんの声好きだから全然大丈夫です。寧ろ落ち着きます」
そう思ったことを言う。
「(待て待て今のはキモいな。友達に対して言う言葉じゃなかったぞ)」
言ってしまったことを後悔しているとガタガタっと通話の向こうで大きな物音がした。
「⁇、大丈夫ですか?」
『…だ、大丈夫…!』
上擦った声に思わず笑ってしまう。
「ふはっ、クロノアさんも焦ることってあるんですね。いつも落ち着いてるからなんか、安心します」
『いや、そんなことないよ。トラゾーのほうが落ち着いてるじゃん』
「俺?俺が落ち着いてるように見えるんなら眼科を勧めますよ」
『なんだそれ』
「そういうことです」
好きだな、と溢れそうになる気持ちを抑え込んで平静を装う。
「……というか、心配で電話してきたんですか?」
『そうだよ。ダメだった?』
間髪開けずに返ってきた言葉。
「その聞き方ずるいです。…さては今までそうやって女の人を落としてきたんでしょう。やっぱりモテる男は違いますね」
思ってもない軽口を叩く。
『俺がそんな軽薄な男に見える?』
低くなる声にしまった出しゃばりすぎたと反省する。
「っ、そ、そうは言ってませんけど……ごめんなさい、軽はずみなことを言いました…」
『俺は誰彼構わずそんなこと言わないよ』
「だから、そこまで言ってないですって。クロノアさんのこと怒らせたならすみません…」
『………トラゾーだからだよ』
「え?」
『トラゾーだからすごい心配するし、優しくしたいんだよ』
「!、え、えっと…ありがとうございます…」
こうやって欲しい言葉をくれたりする。
クロノアさんにとってなんてことのない純粋な一言なのに。
俺はそれを不純に捉えて。
『意味分かってる?』
「…んん⁇その、…友達、だからってことですよね?」
それ以外の意味をクロノアさんが言うだろうか。
否、言うわけない。
期待なんてしたらダメだ。
『……』
「クロノアさん?」
『様子見に行ってもいい?』
「感染症のものではないので、それは構いませんけど…」
『じゃあ今から行くね。着いたらまた連絡する』
「え⁈今から⁈ちょっと、待っ…」
通話は切られ、掛け直してもクロノアさんは出てくれない。
「何で?」
怒らせちゃったからまさか面と向かって叱りに来る気なのか。
「あの人怒ると怖いんだけど…」
普段優しい人ほど怒るととんでもないから。
溜息をつきながらも、いつの間にか頭痛は消え失せていた。
────────────────
着いたよ、とメッセージが入り下のところを開けたことを返信した。
少ししてインターホンが鳴る。
画面を確認すればクロノアさんひとりがいた。
てっきり3人で来るものと思ってたから若干身構える。
「ホントに来たんですね…」
鍵を開けドアを開けるときょとんとしたクロノアさんがいろんなものが入ってるビニール袋を俺に渡した。
「どうせちゃんと食べたりしてないんでしょ」
「ゔ、」
「熱は?」
「だいぶ…」
「ホントに?」
「いや熱あったら出てないでしょうに…」
受け取った袋をテーブルに置いてクロノアさんをソファーに座るように促す。
「コーヒーでいいですか?」
「病人にそんなことさせられないからお構いなく。…それよりこっち座って」
自分の隣をポンポンと叩くクロノアさんに困惑しながら座る。
どうして自分ん家なのにこんなに緊張しないといけないんだ。
「……ねぇ離れすぎじゃない?」
3人掛けくらいのソファーの真ん中寄りに座るクロノアさんとめっちゃ隅っこに座る俺。
「いや…くっつきすぎもおかしいでしょ…」
そう言ったらクロノアさんに無言で距離を詰められた。
「ちょっ…」
逃げ場を失った。
これ以上詰めると落ちる。
「クロノアさん…あの…?」
至近距離なのは諦めて俯く。
「トラゾー」
「はい…」
鼓動がバレてないだろうか。
赤い顔を見られてないだろうか。
「……何でこっち見てくれないの」
「は⁈」
ぎゅっと手を重ねられる。
しかも引こうとしたら握り込まれた。
「クロノアさん…⁈」
「トラゾーは俺のことどう思ってる?」
「は?、え、大切な友達、です…けど、」
「……」
じぃっと俺を見る翡翠に、本音を見透かされてる気がして目線だけ逸らす。
「あ、あとは頼りになるリーダー、とか…」
「……」
突き刺さる視線。
「信頼のおける、仲間…とか…?」
「……」
挙げたどの関係値も不服そうな顔で俺を見ている。
「ぅ…」
この人、俺の気持ち知ってるんじゃないか。
まさか言わそうとしてる。
言わして、振るつもりなんだろうか。
「(いや、そっちの方がすっぱり諦められるからいいけど…)」
言ってしまおうか。
でも、今のような関係に戻れなかったら。
「………、クロノアさん」
逸らしていた目線を戻して、真剣にクロノアさんに向き合う。
そんな俺をじっと見るクロノアさん。
「…俺、」
固く封じた想いは、喉元まで出かかってるのに言葉としてどう言っていいか分からない。
やっぱり言わないほうがいいんじゃないかとか、迷惑がられたり気持ち悪がられるんじゃないかとか。
「ぁ、…あ、の…」
途端に俺を見るクロノアさんが怖くなって俯く。
「(意気地なし、さっさと言って振られて諦めろ)」
それでも、優しいこの人を困らせたくない。
俺の気持ちを無碍にしないだろうクロノアさんに押し付けだけはしたくないから。
「…クロノアさん、は…俺に、…俺なんかに優しくしてくれて、気にかけてくれた、かけがえのない人です…」
曖昧な言葉で誤魔化してクロノアさんを困惑させないように、自分が傷付かないように逃げた。
「それは友達として?」
「ぇ」
「それとも1人の男として?」
「っ」
俯いていた顔を上げさせられる。
「俺はトラゾーのこと、勿論友達としても仲間としても好きだよ」
額がくっつきそうなくらい顔が近い。
「でも、俺の好きはこっちの意味のほうが大きいかな?」
ちゅっ、と一瞬唇に触れた柔らかいもの。
「……へ」
「ちょっと意地悪しすぎたね。トラゾーから言わせようと思ったけど、やっぱカッコつかないから俺から言っちゃった」
両頬を撫でられて、クロノアさんが優しく微笑む。
「トラゾーのことが好きだよ。だから、俺の恋人になって」
爆発しそうになる心臓。
更に真っ赤になってるであろう俺の顔。
「ね?トラゾーの気持ちも教えて?」
「っ、ぁ、…」
言ってしまっていいのだろうか。
この、たった一度だと思った想いを。
「お、れ…っ…そ、の……すき、です…くろのあさんが、す、き…」
俺の両頬を包むクロノアさんの手に自分の手を重ねる。
冷たくて微かに震える彼の手。
俺と同じように緊張してる手だった。
「だ、から…おれと、こ、いびと、になって、ほしい、です…」
「うん」
嬉しそうに笑ったクロノアさんにぎゅっと優しく抱きしめられる。
クロノアさんの速い鼓動がすぐ傍で聴こえる。
「トラゾーはもう俺のだからね?他の人のとこには行っちゃダメだよ」
「行き、ません…行けるわけない…」
「ふふっ、可愛いね」
「クロノアさんは、ずるいくらい、かっこいいです…」
真っ赤になった表情を隠すようにクロノアさんの肩に顔を埋める。
「好きな人の前ではかっこよくありたいじゃんか」
「っ、ダメです…クロノアさんが、かっこよくなると俺の心がもちません…。これ以上好きになったら死ぬ…っ」
「いいよ?だって、トラゾーには俺しかいないし俺もトラゾーだけなんだから、もっと好きになってよ。俺以外に目がいかないようにもっともっと好きになって。俺だけを見てよ」
耳元で囁かれて肩が大きく跳ねる。
「っ、ぁう」
「…へぇトラゾー耳弱いんだ。…いいこと知ったな」
パッと耳を押さえて離れようとしたけど、抱き締められてるせいで離れることはできなかった。
耳に唇が触れるくらい近い距離でふっと息を吹きかけられた。
「ひゃ…ッ!」
「可愛い」
「か、可愛くないですからっ!」
涙目で睨みあげるとクロノアさんは楽しそうに笑い返してくるだけだった。
「可愛いよ、俺だけに見せてくれてる顔だから」
そう言うクロノアさんだって、多分きっと俺にだけ向けてくれる優しい顔をしている。
「クロノアさんのタラシ…」
「トラゾーってば鈍感で全然気付いてないだろうけど、きみも大概だからね?」
「えぇ…」
「俺がどんだけ周りに牽制してたか……いやまぁ知る必要はないけど、そんだけ鈍感なトラゾーにアプローチかけてたってこと」
「だって、すごい優しくしてくれてるだけかと……絆されかけて、違うと思ってて…」
ほわっと胸の内があたたかくなる。
「絆されたけどね、結局」
「…はい、絆されちゃいました」
「でも俺のこと好きだったんだからいいだろ?」
「……ホント、クロノアさんってずるい…」
これ以上は恥ずかしくて見てられず肩に顔を埋めなおした。
ふふ、と笑うクロノアさんの振動で俺も小さく揺れる。
互いの鼓動はまだ速いけどだいぶ落ち着いてきた。
叶わないだろうと思っていた一度きりだと思っていたこの想いは案外、簡単に実ってしまった。
叶った想いはずっと続く。
それこそ、たった一度きりのままで。