テラーノベル
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甲高い音が鳴った。
明らかに、鋼が人体を打つ音ではなかった。
目を背ける暇もない。
友人の身体に、友人自らの手で打ち込まれた白刃は、細っそりとした鎖骨の辺りに衝突。
強かな火花を散らしたかと思うと、ただちに沈黙した。
ざっくりと切れ込むどころか、そもそも傷のひとつも与えていない。
ビクリと身を震わせた童女だが、言いつけを頑なに守っており、この異常な光景を目の当たりにせずに済んだ。
一方で、これをしっかりと目撃した近侍の彼は、何が何やら分からないといった風情で、目を白黒させていた。
なにか驚くことが起こった際、自分よりも狼狽えている人が近くにいると、割合に早い段階で落ち着きを取り戻せると聞くが、その流説はどうやら事実のようだった。
“まぁ、ほのっちだし……”
そうした納得のほどが、私の心中に早くも行き渡り始めていた。
神仙が状況に応じ、体表面に展開する“神威の被膜”なるものを、この時の私はまだ知らない。
「うん………」
程なく、肩口に伸し掛かる剣線を、ついと摘み上げて横合いに逃がした友人は、童女の頭をやんわりと撫でつけた。
「ふ……っ?」
俄かに身を硬直させるも、すぐに害意はないと悟った様子の彼女は、されるがままに従った。
「おぉ………!?」
いの一番に声を上げたのは、近侍の彼だった。
童女の身柄に、隈なく蔓延っていた“呪い”の束縛が、見る見るうちに解け始めた。
ちょうど、蔓性の植物が萎れ、枯れてゆく様を、早送りで見ているような気分だった。
「もう大丈夫ですよ?」
「………………」
やがて、友人の合図を受け、パチリと目を開いた童女は、視線を落とし、己の様子をまじまじと観察した。
草花風紋が描かれた錦の装いは、元の鮮やかな風合いを取り戻している。
スタスタと、その場で軽く足踏みを繰り返す。
身体のどこにも、不備はないようだ。
「………………」
「どうです? バッチリでしょ?」
我ながら、良い仕事をしたと言わんばかりに胸を張る友人を、童女はしばらくの間ポカンとした表情で見つめていた。
「………………」
「御屋形さま………、まこと………」
次いで、のろのろと視線を振り、近侍の彼に目を向ける。
こちらは早くも涙々で、“祝着至極”と繰り返していた。
「これって………」
そうして、今ひとたび目先の“恩人”に双眸を留めた彼女は、そこでようやく実感が追いついたのだろう。
顔をくしゃくしゃにして泣いた。
見た目通りの、小さな子どものように。
「わ、ティッシュ、ティッシュ………、ないや。望月さんは?」
「ううん………」
どうにも視界がぼやけるのは、辺りに浮かぶ幻想的な狐火の仕業か。
それとも、寒暖差の所為で感覚器がバカになったのか。
当の小路には、元の7月らしい暖気が戻っていた。
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