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星崎視点
「ふぅ⋯⋯」
どうにか楽屋に逃げ込んで、
ゆっくりと息を吐く。
これだけでも少し気持ちが落ち着いて、
先程までの緊張が解れていくのを感じた。
今日の予定は何だったかなと、
スマホを操作しながら、
ヘアクリップをつけて、
化粧の準備を始めた。
本当ならスタイリストさんやメイクさんがついてくれるのだろうとは思うが、
髪の毛は勿論、
他人から肌に触れられるのがかなり嫌だった。
強い抵抗感しかないくらいには、
人との接触に嫌悪を抱いてしまうため、
可能な限り人を介さずに自分でこなしていた。
「今日は雑誌の撮影か」
コンコンッ
楽屋がノックされ、
誰かが訪ねてきたが、
まだ化粧が終わっていないため、
そのままの状態で入室を促した。
誰かが楽屋に入ってくる気配がした。
僕は目を閉じたままファンデーションを塗っていく。
アイラインを引いて、
涙袋にお気に入りのアイシャドーを入れて、
チークで仕上げる。
⋯⋯悪くない。
「うん、
いいんじゃない?」
鏡に映る自分をみて満足しながら、
幾通りかのポージングをしてイメトレをする。
今日も完璧にこなしてやるという気合が入るのを感じた。
そっと鏡に触れると無機質な冷たさが手を介して伝わってきた。
手だけではなく頭まで冷えていきそうな感覚を覚える。
「誰も信じない、
誰も受け入れない、
信じられるのは自分だけ」
自己暗示の言葉を呪文のように唱える。
そう言えば誰が訪ねてきたのだろう。
スタッフさんだろうか。
気になって振り返ると、
そこには何とも言えない複雑な顔をした三人がいた。
思わず顔を逸らす。
「先⋯輩?」
それは紛れもなくミセスだった。
どこから聞かれていたのだろうか。
なんてそんなことよりも、
さきほど落ち着かせたはずの緊張が、
またぶり返してきた。
心臓がドクドクと脈を打ち、
まずいと思った時には、
すでに息苦しくなっていた。
やはり態度の悪さをみかねて叱責されるのだろうかと、
思考はどんどん悪い方へと巡っていく。
「えっと⋯⋯何か?」
それでも平静を装いながら、
どうにか言葉を絞り出した。
異常なほどのスピードで喉が渇いていく。
声が掠れていないだろうか。
自分の口から発したその声は、
明らかに自然体からは程遠い声だった。
しかし、
相手からの返答はない。
おずおずと顔を上げると、
三人と視線がガッチリと合う。
藤澤さんはどこか心配そうな表情を浮かべていて、
若井さんもどこか驚いたように固まっていた。
問題なのは大森さんだ。
こちらを険しい顔で見ていた。
睨まれるほど強い視線ではなかったが、
明らかに不満が滲み出ていた。
言いたいことがあるのはひしひしと伝わってくるのに、
何も言わないため楽屋の空気は重々しいものになっていた。
コンコンッ
「TASUKUさん!
スタンバイ⋯⋯あれ、
お取り込み中でしたか?」
にこやかで感じのいい笑顔のままスタッフは入ってきたが、
三人というよりかは、
僕たちを見ると困惑気味な表情に変わった。
「あ、
準備できてますので、
すぐ行きます!」
正直なところこのタイミングで、
スタッフが来たことに、
僕は内心ホッとしていた。