入学式の翌日。
朝の教室はざわざわしていた。
新しい友達、新しい空気。
みんなが浮き足立ってる中で、俺はというと、いつも通り窓際でぼーっと外を見ていた。
「フィン君、また人見てるんです?」
日本が隣の席から小声で笑う。
「……いや、別に」
「そっか。フィン君って、人の観察が癖でしたからね」
「……お前、俺のこと何でも知ってんな」
「幼馴染みですから」
そう言って日本はにこっと笑った。
いつもと変わらない笑顔。
でも、俺の中では昨日の冷たい指先の感触がまだ残ってて、なんとなく落ち着かない。
その時、教室のドアがガラッと開いた。
「おーい、フィン!」
「うげっ、ノル兄じゃん…」
2年生の教室から抜け出してきたのか、ノル兄が笑顔で手を振ってくる。
「ちょっと顔見に来ただけー! あ、先生にはバレてないから!多分!」
「いや多分じゃ駄目だろ」
「大丈夫大丈夫。んじゃ、放課後一緒に帰ろーな!」
「……はいはい」
教室中の女子が「かっこいい……」とざわついているのが分かる。
ノル兄は昔から人気者だ。
それに比べて、スウェ兄は静かに、
そして誰よりも執着してくるタイプ。
放課後、昇降口を出るとまたスウェ兄がいた。
「フィン、迎えに来たよ」
「……今日もかよ」
「だって、心配なんだもん」
「俺、高校生だぞ」
「高校生でも弟は弟でしょ?」
にこやかに笑いながら、俺の鞄を自然に奪って肩にかける。
その手の動きが妙に滑らかで、慣れている感じがして逆に怖い。
「ねえ、フィン。最近また変な人に絡まれたって聞いたけど」
「誰からそれ聞いた」
「僕の情報網、侮らないで?」
「……」
兄貴の言葉に、背中が冷たくなる。
スウェ兄はおっとりしてるけど、妙に情報伝達が早い。
まるで俺の行動を常に見張ってるみたいに。
「フィンに近づく人間は、僕が全部守るからね」
その“守る”の言い方が、やけに優しくて、でも異様に怖かった。
家に帰ると、ノル兄がリビングでゲームをしていた。
「おかえり、我が弟よ!あ、兄貴また迎えに行ったのか? お前、モテモテだなー」
「モテてねぇよ」
「いや、顔で得してるタイプだろ。ま、あんま無理すんなよ」
ノル兄はそう言って、俺の頭を軽くぽん、と叩いた。
——優しい。
でも、それ以上踏み込んでこない距離感が、逆に安心した。
夜。
スマホにメールがきた。
送信者:日本。
『フィン君、明日も一緒に登校していいですか?』
まぁ、別に断る理由もない。
『いいけど、早く来んなよ。寝たい』
返信を送って数分後、日本から返事が来た。
『ありがとうございます。フィン君の隣、今日も守りますね。』
……守る?
あいつ、時々意味わかんねぇこと言う。
翌朝。
登校途中、日本と並んで歩いていると、前方に
パトカーが止まっていた。
警官が話している相手の顔を見て、思わず足が止まる。
昨日、俺に絡んできた変質者だった。
どうやら通報されたらしい。
日本が小さく微笑む。
「……ざまぁ、ですね」
「……お前、なんか知ってる?」
「さあ?私は知りませんよ。」
笑ってるのに、目が笑っていない。
風が吹き抜けて、日本の黒髪が揺れた。
その横顔に、一瞬、何かを見た気がした。
ここからだろうか。
俺の周りが少しずつおかしくなっていったのは。
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