「……存じております」
感情の欠片も感じさせない返答。
その図々しいほど落ち着いた態度に、胸の奥がかっと熱くなった。
――このまま、魔法陣を展開してしまえば。
炎で包み込み、丸焦げにしてしまえば。
そんな物騒な想像が一瞬よぎる。
だが、すぐに思い出して、舌打ちした。
意味がない。
アランもまた、魔法を扱えるのだ。
しかも、忌々しいことに水魔法。
炎と水は、致命的に相性が悪い。
まるで、私と彼の関係そのものだ。
それも彼は、かなり強力な水魔法を操る。
私がどれほどの火力を放とうと、彼の水に呑み込まれ、容易く消されてしまうだろう。
「……ふぅ」
昂った感情を押し殺すように、深く息を吐く。
ここで事を荒立てても、何の意味もない。
すると、そっと柔らかな声が割って入った。
「……全く。喧嘩はだめよ」
お姉様は微笑みながらも、どこか真剣な目をしていた。
「それよりも――先にすることが、あるでしょう?」
そう言って、彼女はゆっくりと窓の外へ視線を投げる。
その先にあるものを、
私も、アランも、理解していた。
「……どうしようかしら」
頬に指を当て、考え込むその仕草さえ――お姉様は美しい。
こんな状況だというのに、場違いな感想が浮かんでしまう自分に、内心で苦笑する。
もっとも、表情だけは至って真面目だ。
長年の淑女教育の賜物だろう。
お姉様の不安や恐怖を押し隠し、聖女の跡継ぎとして、静かに思案する顔。
……いつまでも見惚れている場合ではない。
どうにかして、状況を打開する糸口を見つけなければ。
そう思った、その時。
――ひらめいた。
……全部、燃やし尽くせばいいじゃない。
我ながら、あまりにも単純明快な答えだった。
だが誤解しないでほしい。
イリア・アースウェルは、決して頭が悪いわけではない。
むしろ、学園の試験では常に上位に名を連ねる程度には、頭は良い。
ただし。
扱える魔法が、常に“特大火力”の炎魔法であるがゆえに、
思考の最終到達点が、だいたい――燃やすに行き着くだけで。
要するに、少々――脳筋気味なのだ。
「お姉様、私にお任せくださいませ!
すべて焼いてしまえば、問題解決です!!」
胸を張り、これ以上ないほど真面目な表情で言い切った。
――その内容が、あまりにも脳筋であることを除けば。
あまりのミスマッチに、
お姉様とアランは、揃って言葉を失っていた。
その驚いた顔。
今でも、はっきりと思い出せる。
「イリア……焼くのは、良くないわよ」
お姉様は困ったように眉を下げる。
「他の方々に、迷惑がかかってしまうでしょう?」
「……イリアお嬢様……」
アランは何も言わず、
哀れなものを見るような目で、静かに私を見ていた。
……その視線が、腹立たしい。
「……だ、ダメ……ですかね」
勢いよく掲げていたはずの名案は、
二人の反応によって、あっさりと迷案へと格下げされた。
こうして私の完璧(だと思っていた)作戦は、
静かに却下されたのだった。
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