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「まだ瑞奈からは連絡がないのか?」
練習場で顔をあわせるやいなや、拓真さんが訊いてきた。
「はい……まだ」
答えながらスマホをチェックするも、瑞奈からの着信、LINEメッセージは無い。「やっぱり、無いです」自分でも声が落胆しているのが分かった。
「そうか」
拓真さんの声も、どこか消沈していた。
帰省した瑞奈と連絡がつかなくなってから一週間が経つ。
帰省したその足で整形外科を受診し、検査のために地元の大学病院を紹介されたこと、検査の結果を聞くために帰省期間が一週間延びたこと、検査結果を翌朝に聞きに行くこと、それら三つのことについては、逐一、瑞奈から電話で聞かされていた。
だが、検査結果を聞きにいった日以降、瑞奈と連絡がつかなくなった。
連絡は来ないし、また、俺から連絡を入れても繋がらない。LINEメッセージには既読さえ付かない。
瑞奈の実家が長野にあることは知っているが、細かい住所までは知らなかった。
一昨日、新幹線に乗って長野駅まで行ったのだが、そこから先は雲の中を進んでいるみたいだった。検査を受検したであろう大学病院にも行ったが、入院している形跡も無く、結局、何の手がかりも見つけられないまま手ぶらで帰って来たのだ。興信所に頼むにはさすがに抵抗感を覚えるため、まだしていない。
「瑞奈ちゃん、心配だね」
俺の心を代弁するように朔太郎が口にする。俺は黙って頷いた。
幸成が少し言いづらそうに、口を開こうとしていた。俺が、構わない、と視線で幸成に合図を出すと、幸成は声を落として訊いてきた。
「おまえら別れ話でもした?」
俺は首を振る。振りながら、電話で最後に交わした瑞奈の言葉を思い出す。大好き。
「じゃあなんで連絡ないんだよ」
幸成が、理解できないとばかりにため息をつく。それがチームメイトに連鎖した。朔太郎は気付かれないように配慮したのかもしれないが、小さくため息をついたのが俺には分かった。拓真さんも「そうか」と言いながら、長く息を吐いた。
瑞奈がいない。そのことは、俺だけでなく、チームの中にも重苦しい雰囲気をもたらしていた。
瑞奈と連絡がつかないまま、準々決勝の日が目前に迫っている。明日だ。
「練習開始するぞ」「はい」
拓真さんの言葉にチームメイトが応じる。瑞奈の声が聞こえないとどこか別のチームみたいだった。
ふと、ピッチ上の砂利に小さな染みができる。できたそばからぽつぽつと水滴が地面やボール、俺たちを叩き始めた。顔をあげると、薄黒いもくもくした雲が視界一杯に垂れこめていた。
身体を動かす練習は三十分ほどしかできなかった。
雨程度ではサッカーのプレーを止めることはないのだが、雷鳴が轟き始めたため、俺たちはやむなくピッチから離れた。ピッチでプレーをする人に雷が落ちることがまれにあるからだ。
そうして今、俺たちはピッチに併設されている管理棟の控室に避難している。雨風と雷はおさまるどころか強くなっていた。暴風雨が控室の窓を叩き揺らしている。
「やみそうもないな」
窓辺に立つ幸成が嘆息した。やりきれないとばかりに、手に持つタオルで顔を拭く。「ベランダに洗濯物吊るしっぱなんだよ」
「今日雨降る予報じゃなかったよな」「俺も洗濯もの出しっぱだ」「うわっ、悲惨」などと周囲では声があがる。窓の外で煌めきのようなものが見えるや、管理棟ごと揺さぶるような落雷が近くであった。
「うへえ」「帰れるかな」
「みんな」
拓真さんがパンパンと手を叩いた。
「雨は気になるが、聞いてくれ。明日のことだ」
チームメイトの顔が自分の方を向いたのを待ってから、拓真さんはサッカー用のマグネットボードを手にする。
「まずは、明日のフォーメーションだ……」
拓真さんがボードに丸くて小さなマグネットを貼りながら、各人のポジションと担う役割を説明していく。右サイドハーフでは、瑞奈の名前は挙げられず、他のチームメイトの名前が呼ばれた。
「拓真さん」
幸成が、質問とばかりに手を挙げた。
「なんだ?」
「もし瑞奈が明日来たら、どうするんですか?」
控室内が静まる。ごおおと強風が管理棟を吹き抜けていった。
「バックアッパーだ。先発はさせない」
拓真さんが言い切るも、言葉の裏には戸惑いのようなものが潜んでいた。
拓真さんも俺もチームメイトの誰しもが、瑞奈抜きで準々決勝を戦うことになるとは思ってもいなかった。瑞奈が音信不通になる日が続くにつれ、それが現実味を帯び、とうとう今日、拓真さんの口からその旨が告げられた。
いや、ひょっとしたら、明日になったら会場に、瑞奈はひょっこり現れるのかもしれない。機械音痴が電話機の扱いにも波及してしまって、連絡がとれなかったなどと、常人では理解できぬ理由を並べながら。
明日どころか今すぐ連絡が欲しい。俺がスマホを確認しようとした時、今日一番の大きな落雷が大地を砲撃した。眉間を滴が伝う。汗か、拭き切れていない雨粒か、分からなかった。