テラーノベル
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#世界が私を嘘という
EP.2 消える証拠
「異常はありませんね」
医者の淡々とした声が、診察室に響いた。
健太に付き添われて訪れた心療内科。頭部のMRI検査の結果にも、認知機能のテストにも、瑞希の脳に何の異常も見つからなかった。
「一時的な強いストレスや、睡眠不足による記憶障害の可能性はあります。少しお仕事をセーブして、様子を見てみましょう」
処方されたのは、軽いビタミン剤と睡眠導入剤だけだった。
診察室を出ると、健太がホッとしたように瑞希の肩を抱いた。
「良かった。大きな病気じゃなくて安心したよ。ね、先生も言ってた通り、最近働きすぎだったんだよ。仕事、少し休もう?」
「う、うん……」
健太の優しさは痛いほど嬉しかった。けれど、瑞希の胸のモヤモヤは消えなかった。
(ストレスだけで、あんなにはっきりと『ディナーに行った記憶』が消えるものだろうか?)
自分の記憶は本当に間違っているのか。
確かめるためには、客観的な事実を記録するしかない。
その日の夜、瑞希は小さなノートを買い、それを「記憶日記」と名付けた。
その日に起きたこと、食べたもの、話した内容を、一言一句細かくボールペンで書き留めていく。これなら、後から「忘れた」と言われても、自分の筆跡で確認ができるはずだ。
『○月○日。健太が作った肉じゃがを食べた。美味しかった。健太は夜9時に就寝。私はノートを書いた後、10時に寝る』
瑞希はノートをベッドサイドの引き出しの奥深く、パスポートケースの下に隠した。これなら健太にも見つからない。
翌朝。
瑞希は目を覚ますと同時に、飛び起きるようにして引き出しを開けた。
パスポートケースを退け、ノートを取り出す。ページを開くと、昨夜自分が書いた文字がそこにあった。
(よし……ちゃんとある。やっぱり私の頭は狂ってなんか――)
安心しかけた瑞希の目が、昨夜の記述のすぐ下の行で釘付けになった。
そこには、同じ瑞希の筆跡で、こう書き足されていた。
『夜中、2時に目が覚める。喉が渇いたので台所へ行った際、居間のガラスコップを不注意で割ってしまった。健太を起こして一緒に片付けた。健太、ごめんなさい』
「……え?」
瑞希は自分の手を凝視した。
そんなことを書いた記憶は、断じてない。そもそも昨夜は一度も目が覚めなかったし、コップを割った覚えもない。
恐る恐るリビングへ向かうと、健太がキッチンでゴミ箱に何かを捨てていた。新聞紙に包まれた、破片のようなものだ。
「あ、瑞希、おはよう。手、怪我しなかった? 昨日の夜は暗かったし、びっくりしたよね」
健太が振り返り、いつもの穏やかな笑顔で言った。
「健太……私、昨日の夜、コップ割った?」
「え? 何言ってるの、一緒に片付けたじゃない。ほら、瑞希が危ないからって、僕がほうきで掃いて……。まだ眠気が残ってるのかな」
瑞希は足元が崩れ落ちるような感覚に襲われた。
居間のゴミ箱を覗くと、確かに割れたガラスの破片が入っている。
ノートの文字は、間違いなく自分の筆跡だった。
誰もこのノートの存在を知らないはずなのに。自分が寝ぼけて、無意識のうちにコップを割り、無意識のうちに日記を書き足したとでもいうのだろうか。
その日の午後、職場のデスクに座っていても、瑞希は仕事に集中できなかった。
すると、背後から声をかけられた。同期で親友の亜美(あみ)だった。
「瑞希、ちょっといい?」
「あ、亜美。どうしたの?」
亜美は少し言いにくそうな顔をして、瑞希の顔を覗き込んだ。
「あのさ……昨日、瑞希から送られてきたメールのことなんだけど。あれ、どういう意味?」
「メール?」
「うん。ほら、『来週のプレゼン資料、私が全部やっておくから気にしないで』ってやつ。嬉しいけど、私と瑞希の担当パート、全然違うじゃん? どうしたのかなって」
瑞希は息を呑んだ。
「嘘……私、そんなメール送ってないよ」
「え? でも、瑞希のアドレスから届いてるよ。ほら」
亜美がスマホの画面を見せてくる。そこには確かに、瑞希の名前から送信された、全く身に覚えのない業務連絡のメールが表示されていた。
瑞希は自分のスマホを確認した。送信履歴には、何も残っていない。
「おかしいよ……私、本当に送ってないの。誰かが私のパソコンを触ったんじゃ……」
瑞希の声が震え、大きくなる。まわりの同僚たちが、一斉に怪訝な顔でこちらを振り返った。
「瑞希、落ち着いて……」
亜美が困惑と、そして少しの恐怖が混ざったような目で瑞希を見た。その視線は、昨日の健太の目と同じだった。
(みんなが、私をそういう目で見ている)
(私のアドレス、私のノート、私の筆跡――全部が私を裏切っていく)
瑞希はオフィスの中で、完全に孤立していく自分を感じていた。
そろそろ寝ます
最近目覚ましが聞こえなくて毎日寝坊💦
コメント
1件
那月さん、EP.2読みました🥀 瑞希の「自分を信じられなくなる」感覚がじわじわと迫ってきて、すごく怖かったです…。ノートの筆跡も、送信した覚えのないメールも、全部が彼女を「嘘つき」にしてしまう。健太さんの優しさが逆に不気味で、目が離せなくなりました。 次がすごく気になります…!🧸
腐ったはんどくりーむ
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耀聖(ようせい)
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