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白山小梅
12
#借金
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スマホの画面を見ながら、|佐倉《さくら》|春香《はるか》は辺りをキョロキョロ見回しながら歩いていた。
待ち合わせ場所に指定されたのは新しく出来た和茶房で、日本茶や和スイーツを楽しめるお店として雑誌などでも紹介されていた。
ただネットの情報を見る限りでは連日混雑していて、整理券をもらわないと入れないという。
まずそんな店を友人の|椿《つばき》が知っているのかが不思議だった。だって椿は最近流行りの店には全く興味を示さず、どちらかというと昔からある老舗の店が好きだったのだ。そんな彼女が整理券をもらってまで店に入ろうとするのには疑問しかなかった。
暑さも多少和らいできた九月の終わりの土曜日。午前中のメイン通りはまだ人がまばらで、清々しい気持ちになる。その時風が吹き抜け、春香のセミロングの髪を優しくさらった。
近頃仕事のこと悩んでいることがあり、憂鬱な日が続いていた。電話やメッセージのやり取りで椿に相談はしていたが、顔を見て直接話せるのはやはり安心感が違う。
グレーのワイドパンツにストライプのシャツの春香は、土曜日とはいえ午後から出勤。明日は丸一日休みだったが、椿は今日の方が都合が良いらしい。少しでもスッキリした気分で仕事に向かえると思えば、半日でも会えるのは有り難かった。
ただ春香を誘う椿の口ぶりから、春香は一つの予想を立てていた。
初めて出来た彼氏にフラれてから三年、『もう恋愛は懲り懲り』だと呟いていた椿は、旅行雑誌の編集部に就職し、今はバリバリと仕事をこなしている。
最近は出かけようと誘うのは春香の方で、椿は休みの日でもパソコンにかじりついていることが多かった。
その椿が、久しぶりに自分から春香を誘ったのだから、何かあると考えるのは当前だ。
とうとう新しい彼氏が出来たのかしら⁈ でも仕事ばかりだったし、そんなわけないかーー考え事をしていたせいか、お店の前を通り過ぎようしたが、
『目的地に到着しました』
というナビの声でハッと我に返る。
振り返ると、黒い日本家屋の戸口に『和茶房 花』と書かれた暖簾がかかった店が現れる。間口はあまり広くはないが、昔の長屋の名残が残るこの地域の土地柄、奥行きがあるように見受けられる。
店の前には蛇行するように若い女性たちの列が続いており、ここが人気店であることを物語っていた。
先ほど届いたメッセージには、『店内のカウンター席で待っている』と書かれていた。並んでいる人たちに少し申し訳ない気持ちを抱きながら、春香は暖簾をくぐり扉を開けた。
すると新しい木の香りが鼻先をかすめる。ほうっと息を吐いてから店内を見ると、外の雰囲気と同じように、落ち着いた色味のテーブルや椅子の席、ボックス席が見られた。
「いらっしゃいませ」
店内を眺めていた春香は、作務衣姿の男性店員に声をかけられたため、驚いて体をビクッと震わせる。
「えっと……」
「お連れ様があちらでお待ちです」
店員に誘導され、テーブル席とは反対方向に進む。そこはカウンター席になっており、一番奥の席に座っていた椿が春香に手を振っていた。
「ごめん、ちょっと迷っちゃった」
両手を合わせながら隣に座ると、椿は頷きながら微笑んだ。
「うん、そうかなってちょっと思ってた」
あんなに店の前には人が並んでいるのに、五つあるカウンター席は椿と、もう一人男性が座っているだけだった。
黒髪、黒のシャツ、デニム。なんとなく店の雰囲気に同化している男性の背中を見つめ、思わず頬が緩む。
スイーツが好きな男性なのかしら。そんな人とだったら話も合いそうなんだけどなーー春香がその男性を覗き見ようとした時、
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
とカウンターの中にいた店員に声をかけられ、慌ててメニュー表に目を移す。
「私は抹茶とわらび餅のパフェのセットで、飲み物は温かいほうじ茶にしようかな。春香ちゃんはどうする?」
「じゃあ私も椿ちゃんと同じで」
店員がいなくなるのと同時に、椿は心配そうな表情になる。
「最近はどう?」
これは最近ずっと相談していた《《あのこと》》についてだろう。今日は椿の近況を聞くつもりでやって来たのだが、一瞬で苦笑いになってしまった。
「うーん……あまり変わらずって感じかな。まぁ別に何かをされたわけじゃないし、もしかしたら本当に偶然なのかもって思っていたんだけどね」
そう。ただの偶然かもしれない。だから何も出来ないのは確かだった。ただ含みのある言い方をしてしまったせいか、椿の表情が険しくなる。
「実は昨日、ちょっと怖いことがあったんだよねぇ……」
「それって《《あの男》》のこと?」
春香はため息をつくと、力なく肩を落とした。
どうせ話すつもりではいたから構わないんだけど……でも椿ちゃんはどう思うかなーー想像しただけでため息が出る。
あれは三ヶ月ほど前のこと。化粧品会社の美容部員として働く春香は、都市部の駅前のデパートの一階にある売り場に勤務していた。
昼間は奥様方の来店が多く、夕方から夜にかけては仕事帰りの若い女性がよくやって来ていた。
そんなある日、閉店間際に一人の男性が『妻にプレゼントを買いたい』とやって来たのだ。見た目は至って普通のサラリーマンで、四十代後半くらいに見えた。ただ左手の薬指に指輪はしておらず、そういう人もいるだろうと納得した。
『どのような方か教えていただいてもよろしいですか?』
『あぁ……写真とかはないんですが、ちょうどあなたに雰囲気が似ておりまして……お恥ずかしいのですが、一緒に選んでいただいてもいいですか?』
それが美容部員の仕事でもある。春香は笑顔で引き受けた。そして選んだ口紅をラッピングして渡すと、その男性は喜んで帰っていったのだ。
ここまではよくある話に違いない。ただそれからおかしなことが続くようになった。