テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「こんな時に、どうしたのかしらねぇ?」
俺の異変を見て取り、女は妖しい囁きの吐息を俺の耳元に吹き掛けてくる。
こいつの言う事は腹ただしいが、もっともだ。
死火山は何故か活火山になっていたのだ。
こんな事、専門学的に有り得るはずが無いのに――
「うぅっ!」
不意に女は噴火間近の活火山を、無造作に掴みながら煽る。
「私の思った通りだわ。貴方は真性のマゾなのよ」
俺が……マゾヒズム……だと?
「こんな状況で悦んじゃうんだものね!」
違う……そんなはずは無い。
俺は支配する側の人間だ。断じてされる側ではない。
しかし俺の思いとは裏腹に、火山は鎮火を迎える処か、ますます噴火に向けて一直線だ。
「嬉しいわぁ……ジョンが悦んでくれて。でもこれじゃアメになっちゃうわ」
上下への摩擦をピストン運動という。
その運動エネルギーは絶大で、鋼鉄の塊すらも動かす。蒸気機関車がいい例だ。
女は無意識なのかわざとなのか、明らかに噴火を助長していた。
「――っ!!」
止めろ、それ以上は!
「そうだわ! 良い事思い付いちゃった」
ピタリと女の動きが止まる。危なかった。
だからお前の良い事なんて、ろくな事じゃないんだよ。
「ここは血液が流れ込んでこうなるって知ってる?」
当たり前だ。そんな事は馬鹿な凡人でも知っている。
――って、まさか……?
まさかまさかまさかまさか!?
「ここの血もきっと美味しいんでしょうねぇ……」
だからこんな時にシックスセンスは邪魔なんだよ!
俺は事前に知ってしまった。この先に訪れる饗宴を――
「じゃあイクわよ!」
本当に嬉しそうに……愉しそうな声で。
「イッツ、アイアンメイデン!」
本当の地獄が今始まる。
コキュートスへの扉が開いてしまったのだ。
「ブモォォォォォ!!」
『止めろぉぉぉぉ!!』
しかしその声なき声は言葉にはならない。
その身の毛もよだつ、女の異常なまでの性癖に俺は必死に逃れようと身を捩るも、縛りつける鉄錠はビクともしない。
「あらあら、そんなに待ちきれないのね……。心配しなくてもすぐよ」
一体何処をどう見れば、俺が待ち望んでいるように見えるのか。
「そんなに悦んじゃって。刺したら一体どうなるのかしらね?」
そうなのだ。俺の思いとは裏腹に、愚息は暴走モード継続中なのだ。
これでは奴が勘違いするのも無理はない。
ならば方法は一つ――
“モード反転 コードゼロ~ リバースブラッド”
これで血流を逆流させる。
流石にこの馬鹿も、血液が無くなれば刺しても無駄な事に気付くだろう。
マグマは逆流し、噴火は収まる――
「おほほほほ! ますます高くなっていくなんて凄いわ!」
ーーはずなのに何故だ?
一向に収まる処か、膨張はビッグバンに向けて一直線。それは第六宇宙速度すらも超える。
「もう我慢出来ないわ!」
女の悦叫は最終安全装置解除の狼煙。
シックスセンスにより、向けられた針が近付いてくるのがありありと感じられる。
「真っ赤なぁ湖畔のぉ森の影からぁ!」
陽気な鼻唄と共に。
いやだ――
「バモォォォォォォッ!!」
『いやだぁあぁぁぁっ!!』
訪れる惨劇。晴天の霹靂。
もはやプライドも糞も無い。
それだけは絶対阻止。懇願の極致。
あるはずだ。この窮地を回避出来る策が――
そうだ、ギブアップだ。
仮の敗北を上辺だけ認めればいいのだ。
身も心も魂も、奴に売ったふりをして反撃のチャンスを伺っていればいいのだ。
「オボボァッ!!」
『ギブアップ!!』
そうと決まれば善は急げ。俺は高らかに敗北を宣言する。
「慌てないの。もうすぐよ」
しかし女に針を止める気配は微塵も無い。
俺が仮にも敗北を認めたのだぞ?
「オボボァッ! オボボァァッ!!」
『ギブアップ! ギブアッープ!!』
「おほほ。何を言ってるのかしらね? そう、そんなに欲しいのね。こんなに喜んでるんだし」
何を言ってるんだ、こいつは?
そうだった。俺は今、声が出せない状態だったのだ。
これでは奴に都合の良い解釈をされるだけ。
「大丈夫よ。使い物にならなくなったら私も困るし、変な所には刺さないわよ」
何を根拠に大丈夫だと言うのか。
無茶苦茶な理論を女は愉しそうに語る。何処に刺そうが一緒だというのに。
傷物になった時点で文化価値は皆無。金額では決して賄いきれない。
他の方法は?
次なる一手を考えてる間も無く――
“プスリ”
「――ッボァァァァァァァ!!」
『――ぁぎゃああぁゃあぁぁ!!』
最も敏感かつ最も崇高な聖地へ、痛烈な衝撃が走ったのだ。
それは魂の煉獄。現世の阿鼻叫喚。
最も恐れていた事態が、遂に現実のものへとなってしまった。