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「邪魔して悪かったな」
チャンスは、短くそう言った。
視線も合わせずに。
そのまま、背を向ける。
「……」
エリオットは、動かない。
隣にいた男が、空気を読めずに軽く笑う。
「知り合い?」
「……まあ」
適当に流す。
でも。
視線はずっと――
離れていく背中。
(また、それか)
胸の奥が、ざわつく。
あの時と同じ。
勝手に終わらせて。
勝手に線引いて。
「……っ」
ポケットに手を突っ込む。
指に触れる。
あのコイン。
ずっと握ってたやつ。
(……いい加減にしろよ)
その瞬間。
身体が先に動いた。
「おい」
声と同時に。
コインが、空を切る。
一直線に。
チャンスの背中へ。
――カンッ
乾いた音。
チャンスの足が止まる。
「……」
振り返らない。
「……なんだよ」
低い声。
でも、抑えきれてない。
エリオットは、もう笑ってなかった。
「それ」
顎で示す。
落ちたコイン。
「置いてったの、お前だろ」
沈黙。
「勝手に終わらせといて」
一歩、踏み出す。
「勝手に決めつけんなよ」
喉の奥が、熱い。
でも。
止めない。
「誰とでもとか」
少しだけ、笑う。
乾いた笑い。
「お前に言われたくねぇよ」
声が、震える。
初めて。
ここまで、はっきりと。
チャンスの背中が、止まったまま。
数秒。
ゆっくりと。
振り返る。
「……誰のせいだと思ってんだよ」
低い声。
抑えてたものが、滲んでる。
エリオットの目が細くなる。
「何それ」
「分かんねぇのかよ」
一歩、近づくチャンス。
今までで一番、距離が近い。
「巻き込まねぇために離れたんだろうが」
「頼んでない」
即答。
ぶつかる。
言葉が。
「勝手に決めて、勝手に消えて」
さらに一歩。
「それで“お前のため”とか」
「……っ」
チャンスの眉が歪む。
「ふざけんな」
その声。
怒りと、焦りと、全部混ざってる。
「こっち来たら終わるって言ってんだよ!」
「じゃあ終わらせろ」
エリオットの声が、落ちる。
静かに。
でも、逃げない。
「中途半端にするな」
一瞬。
言葉が詰まる。
チャンスが。
「……っ」
その顔。
迷い。
揺れ。
全部見える。
「……来んなって言っただろ」
搾り出すみたいな声。
「言ったね」
エリオットは、少しだけ笑う。
「でも来た」
「……なんで」
「お前が止めなかったからだろ」
その一言。
空気が、裂けるみたいに張る。
「……っ」
チャンスの手が伸びる。
エリオットの胸ぐらを掴む。
強く。
引き寄せる。
「――舐めてんじゃねぇぞ」
距離、ゼロ。
息がかかる。
「これ以上来たら」
低く、噛み締めるみたいに。
「本当に戻れなくなる」
「……もう戻らない」
即答。
迷いなし。
その目。
逃げてない。
「……っ」
チャンスの指に、力が入る。
引き寄せたまま。
離さない。
「……お前、ほんと」
言葉が途切れる。
そのまま――
「……くそ」
ぶつかる。
唇。
乱暴に。
抑え込むみたいに。
止めるみたいに。
でも。
止まらない。
「……っ」
エリオットも、掴み返す。
服を。
逃がさないみたいに。
「……ふざけんな」
息が混ざる。
感情も。
全部。
「全部、お前が――」
その時。
「――いたぞ」
低い声。
チャンスの動きが止まる。
――バンッ
乾いた音。
一瞬で、空気が変わる。
「……っ?」
ざわめき。
悲鳴。
カジノの奥。
黒い影。
「動くな!!」
怒鳴り声。
見覚えのある連中。
「……チッ」
チャンスの顔が、変わる。
さっきまでの感情が、全部引っ込む。
代わりに出てくるのは――
冷たい目。
「……来やがったか」
低く呟く。
エリオットが眉をひそめる。
「何だよ、あれ」
「……マフィアだ」
短く答える。
同時に。
エリオットの腕を掴む。
さっきとは違う意味で。
「動くなよ」
「は?」
「いいから」
その声は、もう完全に“こっち側”のものだった。
緊張が走る。
銃。
人の流れ。
ざわめき。
非日常が、一気に押し寄せる。
「……っ」
エリオットの心臓が、強く打つ。
でも。
怖さより先に。
別の感情が浮かぶ。
(……やっぱりか)
こいつは、こっち側の人間だ。
だから――
「……離すなよ」
ぽつりと、言う。
チャンスが、一瞬だけ目を見開く。
でも。
すぐに、強く握り返す。
「……離すかよ」
低く返す。
その瞬間。
二人の間にあった距離は――
完全に消えていた。
ゆゆゆゆ
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#doublefedora