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『ふっふっふ……』
アリエッタの精神世界。そんな場所に含み笑いが響き渡る。
その声の主は、もちろんアリエッタの母、実りと彩りの女神、エルツァーレマイア。
よりによって娘の精神の中で、不気味に含み笑いをしている理由とは……?
『ここで培養したアリエッタの髪の毛も十分溜まった。これで念願のマイベッドを──』
『気持ち悪いなこの駄女神!』
べちっ
『へぶっ!』
あまりの気持ち悪さに、ピアーニャと一緒に昼寝中のアリエッタが、精神世界に飛び込んできた。
『何作ってんの!? ってゆーか、なにこれ本当に僕の髪の毛!? 何で麦畑みたいに生えてんの!?』
目の前には平面に生えた大量の銀髪が、風もないのにそよそよと揺らいでいる。
『やだやだやだ、心の中に豪毛なんて気持ち悪すぎだって! みゅーぜに嫌われたらどうするのさ!』
精神に本当に毛が生えてしまい、地団駄踏みながら涙目で取り乱す。
張り倒された女神は、その髪の毛に埋もれてうっすら笑顔になっている。
その様子を見て、この神の娘になった事に疑問を持ちたくなったアリエッタ。汚物に触るかのようにエルツァーレマイアの足を掴み、髪の毛畑から引きずり出した。
『とりあえず、この髪の毛消してくれる?』
『そんなっ! せっかく精魂込めて育てたのに!』
『人の心に何育ててるの! これ頭に生える毛でしょうが! こんな所に生やして気持ち悪くないの?』
『アリエッタの毛が気持ち悪いなんてありえない。なんなら1本1本丁寧にしゃぶっ──』
『やめて気持ち悪い! ママがひたすら気持ち悪いよ!』
神々しさを醸し出しながら、とんでもない事を口にする女神。余りにもアリエッタを溺愛しているせいで、うっかり変態になってしまったようだ。
心底嫌がっているアリエッタだが、精神の中に住み着いている母親である女神をどうしたらいいのか迷っている様子。一瞬帰れと言いたくなったが、言葉が通じる相手が1人もいなくなるのは寂しいようで、頑張って言葉には気を付けている。
『キモイキモイキモイ! ママのバカ!』
気を付けている…筈である。
対してエルツァーレマイアの方は、アリエッタと話せるだけで幸せなようで、悪口にも全く動じない。それどころか、恍惚としている。
(これが反抗期の娘を持つ親の気持ち。この辛さがたまらないわぁ……)
『うっ……ぐすっ』
新たな扉を次々と開いている母親の様子に気づいたアリエッタが、我慢出来ずに泣き出してしまうのは、仕方のない事だろう。
現実世界では、アリエッタに抱きしめられているピアーニャが、アリエッタを心配するという状態になっていた。
本日はミューゼの家の様子見にやってきたピアーニャだったが、当然のようにアリエッタに捕まり、抵抗むなしく一緒に昼寝をする事になったのである。
「おい、アリエッタ。ダイジョウブか? むぬぬ、ヒルネだからって、みんなでていったからな……。おーいミューゼオラー!」
ミューゼのベッドから頑張って声を張り上げても、実はミューゼ達は外の建設予定地を見る為に丁度外出しているので、誰にも声が届かない。
「ぐすっ……」
「むぅ……」(アリエッタ、ないているのか? じつはカミのセカイからはなれて、さびしいとかなのか?)
事情は分からないが、悲しんでいる事はピアーニャにも分かる。女神の娘である事を知っているので、ここにいると親と離れ離れになっている事も推測している。
(いくらミューゼやパフィにナツいているとはいえ、やはりオヤというのはベツワクだからな。こうやって、おもいだすのかもしれんな)
ピアーニャを抱きしめる力に、ほんの少しだけ力がこもる。アリエッタが少し動き、ピアーニャの目の前に顔を寄せた。
間近で見るアリエッタの閉じた瞳に、涙が滲んでいる。動けないピアーニャはそれを見て、ほぅ…とため息をついた。
(しかし、ととのったカオだちだな。このヨのものとはおもえん。じっさいにそうなんだが。オトナになったらどれほどのビボウになるのか)
『ま…ま……』
(……ハハオヤのナマエは『エル』といったな。きっとうつくしいメガミなのだろうな)
アリエッタをそのまま大人にした姿をイメージし、まだ見ぬ女神の姿はこんな感じだろうかと考え、動けない現状から目を背ける事にしたのだった。
『あ、あ、あいえっだぢゃん……いだいんでずげど……』
『なに』
『ゐゑ、なんでもないでふ、ハヒ……』
顔をあり得ないくらい腫らした女神は、娘の前で這いつくばっていた。
先程まで泣いていたが、エルツァーレマイアの気持ち悪い笑いが聞こえて何かが切れ、無我夢中でビンタを続けたのである。
『この毛、消して』
『仰せのままに』
光の無いアリエッタの目で見つめられ、流石に怖くなったのか、今度はちゃんと言う事を聞いて髪の毛を消し去った。
『アリエッタ、もう大丈夫よ。綺麗にしたから』
『うん。もうやめてよね。こんな所に毛なんか生やして、みゅーぜに気持ち悪いって思われたくないし』
『はーい。もうすっかり乙女心が芽生えちゃったわねぇ』
『……違うし! これはちゃんと彼氏になって身だしなみを整えるって事で!』
前世を知っている相手から女の子として扱われるのは恥ずかしいのか、顔を赤くして反論するアリエッタ。だが、可愛い容姿と可愛い服と可愛い仕草のせいで、説得力が全く無い。事実、その様子を見ているエルツァーレマイアは、頬を緩めて和んでいる。
『みゅーぜのお嫁さんになるのは嫌?』
『……嫌じゃない』
『立派な乙女ねー』
『う……』
揶揄われ、真っ赤になって俯いてしまった。
(ふふふ、ここで娘の為になんとかするのが母の役目)
ニヤリと、いやらしい笑みを浮かべ、母親が立ち上がる。これまで数々の大混乱を招いたトラブルメーカーの手にかかれば、動かない事態など存在しない!
『アリエッタ。私にまっかせなさい』
優しい顔で娘に語り掛け、見上げるアリエッタの頭を、そっと撫でた。
『恋愛経験とかあるの?』
『………………』
素朴な質問に、エルツァーレマイアは答えることが出来ない。
そもそもアリエッタは、間違って死なせてしまった魂を拾って、分身のように創り出した肉体に入れた存在である。実際に相手がいた事は無いのだ。
少し考えてから、笑顔でアリエッタに応えた。
『大丈夫よ♪』
娘は不安でいっぱいになり、ため息交じりの苦笑いをするしかないのだった。
ベッドの上では、眠っているアリエッタに抱きしめられて動けないピアーニャが、深い深いため息をついている。
「いつになったら、うごけるんだ……」
全身で包まれているピアーニャは、脱出する事が出来ない。
(いや、ゴウインならばうごけるのだが、そんなコトしてアリエッタをなかせたらマズい。カホゴになったホゴシャどもが、ナニするかわからん……)
保護者として思い浮かぶ顔ぶれは、ミューゼとパフィだけではない。クリム、ノエラ、リリ、パルミラ、シャービット辺りはもう堕ちているだろうと、ピアーニャは推測している。ネフテリアやオスルェンシスは微妙なところではあるが。
(とくに、パフィがヤバイ。アイツはもう、アリエッタのためなら、セカイをメレンゲとかコムギコとかで、うめつくしかねん……)
負い目から始まったパフィの溺愛っぷりは、一緒にいるミューゼも引く程である。正面からなら止められる自身はあるが、シャービットの時のように食べ物を増殖されてしまっては、手の付けようが無くなってしまうのだ。
(そうかんがえると、コイツってけっこうキケンだな。いいこなんだがなぁ……)
食べ物の増殖も、アリエッタの木による影響だと判明し、より一層保護レベルと警戒レベルを上げるべきかと考えている。
その時、自分を抱きしめている手に力がこもるのを感じた。
「ん?」
「……みゅー…ぜ……」
「ふっ、ユメにまでミューゼオラのことをみるとはな」
アリエッタの顔を見ると、頬を染め、笑顔になっているように見える。
「ヒョウジョウからして、かんぜんにコイだというコトはよぉ~くわかった。だがな? なぜ、ネガエリをうって、わちにかぶさるのだ? ますますうごけないのだが」
既に腕だけでなく、足がピアーニャの体に乗っている。
さらに、アリエッタの腕に力が入り、ピアーニャを抱き寄せている。
「みゅー……」
「お、おい。わちはミューゼオラではないのだが? めをさませアリエッタ。それいじょうはよくない」
抵抗しようとするピアーニャの眼前に、アリエッタの顔が迫る。両腕でがっちり頭を固定され、顔を背ける事も出来ない。
「いやいやいやまてまてまてまてアリエっむううううう~~~~!?」
なんとピアーニャの口が、アリエッタの口によって塞がれてしまった。
丁度その頃、アリエッタの精神世界では……。
「そうよ、その調子よ! そうやってみゅーぜに猛烈アタックをするのよ!」
「ん~……」(は、恥ずかしい……)
エルツァーレマイアが精神世界である事を利用して創り出した、ミューゼに似た人形。造形はリアルではないが、大きさは等身大である。
アリエッタはその人形に、キスの練習をさせられていた。
「抱き着いて首に腕を回し、そのまま唇を奪えば、落ちない相手はいないわ。なんといってもアリエッタは可愛いし!」
ほぼ主観である。
「そのままほっぺたも、ペロペロしてあげるといいわよー」
「うえぇ…それって嬉しいの?」
「私は嬉しい!」
「………………」
「それに、誘惑する事も大事よ。もしかしたら、みゅーぜからしてくれるかもしれないわよ?」
「うぅ……がんばる……」
一途なアリエッタは、ミューゼというワードに弱い。よく分からないノリのせいで思考が鈍ったまま、よく分からない練習を続けるのだった。
「いや、ちょっと、やめ……」
ぺろぺろ
寝たままのアリエッタに色々されているピアーニャは、ちょっと涙目になりながら、頑張って耐えていた。
そして、ドアの方から気配を感じ、目だけを向けてそちらを見た。そこには1人の人物が、茫然と佇んでいる。
「ひっ!?」(なんでオマエが!? いつから!?)
それは目を大きく見開き、表情が抜け落ちたパフィだった。
頬にキスをされながら、ピアーニャは更なる危険を感じる。
「総長~? これはどういう事なのよ~?」
「ひぃっ! ちがうんだコレはっ! アリエッタのやつがカッテにっ」
「アリエッタの唇を味わったり、ほっぺペロペロされたり……」
「サイショからみられてた!?」
ゆっくりとベッドに近づくパフィ。そのまま物凄い形相で、ピアーニャへと迫り……
「やめっ、やめええええ!! うわああああああ!!」
アリエッタが起き、ミューゼが迎えに来た時、何故かピアーニャは、ここで寝ていた時の事は一切覚えていなかったという。
「総長も疲れていたから、ぐっすり寝ちゃったんですね」
「まぁそうだな……?」