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🐸『カエルが運ぶ恋』
第三話「スランプと沈黙」
初めてのプロ野球選手との仕事に、りなは心躍らせながらも不安を抱えていた。
その後も何度か打ち合わせを重ねたが、小郷健斗はどこか冷たく、心を閉ざしているように感じた。
ある日の午後、練習後の小郷を見かけた。
スポーツ施設の一角で、ひとり黙々と素振りをしているその姿は、誰とも会話を交わすことなく、ただ静かに続いていた。
「やっぱり、彼も“言葉”を避けるタイプなんだ」
そう感じたりなは、少し寂しさを覚えた。
「どうしてこんなに、気持ちが伝わらないんだろう……」
その夜、帰宅後。
りなは、キューに向かってつぶやいていた。
「ねえ、彼、最近調子悪いんだよね。なんか、会う度に無口になってる」
「そうだろうな。あの男、強がってるけど、心の中で崩れかけてる。そろそろ限界だよ」
「限界……」
「スランプってやつさ。今まで必死に隠してきたものが、表に出てきた。だけど、打破するためにはお前がそばにいるしかない」
りなはキューの言葉に耳を傾けながら、考え込んだ。
小郷が見せない部分を、もっと知るべきなのかもしれない。
けれど、どう接すればいいのか――その方法がわからない。
数日後、りなはまた小郷と会う機会を得た。
今回は、練習後の軽い食事会という名目で、チームの広報が開いてくれた交流イベントだった。
「村上さん、どうも。今日はお疲れ様です」
小郷の言葉に、りなは気まずく微笑んだ。
その表情には、いつもの無愛想さに加えて、どこか疲れた様子が見え隠れしていた。
「小郷選手、最近は調子が思わしくないって……お聞きしましたが、練習頑張ってますね」
「……ああ。やるだけやってるんだけど、なかなか上手くいかなくてな」
その言葉に、りなは感じた。
小郷は何も言わずに気を使うタイプではなく、言葉にできない辛さを抱えていると。
彼が沈黙を続ける理由を、少しだけ理解した気がした。
「もしかして……プライベートでも何か、悩みがあるんですか?」
その瞬間、小郷の目が少しだけ揺れた。
「……いや、そんなことない。とにかく、今は野球に集中したいんだ」
その返答に、りなはしばらく沈黙した。
“もしかして、この人も心の中に、誰にも言えないものを抱えているんだ……”
でも、そのことを無理に問い詰めてもいいのだろうか?
その葛藤の中で、何も言えずにいると、小郷はぽつりと口を開いた。
「実は、俺――」
その言葉の先を待っていたが、小郷は言葉を切った。
「すみません、仕事に戻ります」
そのまま、足早にその場を立ち去った。
りなは、ただその後ろ姿を見送るしかなかった。
帰宅後、りなはキューにその日の出来事を話した。
キューは水槽の中で、静かに体を揺らしていた。
「まだ、言葉にできないんだな。あの男、傷ついてるんだろう」
「うん、そう思う。でも、どうしてあんなに強がるんだろう?」
「強がりも、疲れるもんだ。お前、そばにいることだな。焦る必要はないけど、寄り添ってやれ」
「でも……私は、何もできないよ。どうすれば、彼が楽になれるんだろう?」
キューはしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと答えた。
「無理に答えを出すことはない。ただ、そばにいる。それだけでいい」
その言葉に、りなは少し安心した。
彼の心が閉じ込められているのは、きっと自分だけでは解決できない問題があるからだろう。
だけど、キューの言う通り――
「寄り添うこと」だけは、できるのかもしれない。