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第二語 生老病死 愛逢い、哀のうた
1926年(昭和元年) 12月30日。
しんしんと
雪降り積もる
年の内
固い雪を踏みしめながら
歩く
歩く
「あの子は誰が引き取るんだ?」
「あたしは嫌よ!あんな子、ストレスにしかならないに決まってるわ!余計なストレスがかかったら、お肌にも悪いしぃ?」
27日の葬式中、そんな会話が聞こえてきた。
どうやら親戚の間で、俺を引き取る人について話し合っているらしい。
最初は真剣に話し合っていた叔父さん、叔母さんもしばらくすると言葉数が減っていった。
すると、誰かがゆっくりと手を挙げた。
「じゃあ、私が引き取りますよ。」
周りよりも少し年老いた、女性の声が響き渡る。
その声は確かに年輪を刻んでいたが、どこか有無を言わせないような堅さもあった。
「おぉ、知恵子さん!それは助かる!」
「ぜひお願いしますぅ!」
「引き取る」と言う言葉を聞いた親戚達が、その知恵子という女性に感謝の声を向ける。
あぁ、そうか。俺はこんなにも嫌われていたのか。
何となく気づいてはいたものの、こんなにも分かりやすく目に見えると、何となく胸が苦しくなる。
──まぁ、仕方ないよな。普段から素行を悪くしていた俺が悪いんだし。
そんな事を考えていると、その女性が話しかけてきた。
「じゃあ、貴方はこれから家に帰って荷物をまとめなさい。
三日後の30日に、うちに来れるようにしておくんだよ。」
そう言って住所の書かれた、小さなメモを手渡された。
「…はい。」
そう小さく返すと、その女性は手提げの鞄を持って会場を後にした。
次の日の朝
葬式の後片付けも終わり、俺はようやく家に帰ることができた。
さぁ、一休みしよう…という訳にもいかない。なぜかというと、これから親父の遺品整理をしなくてはならないからだ。
「…まずは服からだな」
親父の使っていた部屋を開けると、あまり使われていなかったせいか、空気が少し埃っぽく…そしてありがたい事に、余計な物が置かれていなかった。
「なんかジメジメしてる…」
遺品整理その一 タンス
一段目の引き出しを開けると、スーツとシャツ、そしてなんだか高そうな腕時計が一つずつ入っていた。
「うわ、この腕時計カッケェ!…貰っちまうか。」
その腕時計は縁が金色に輝いてて、ベルトが革でできていた。
そしてあまり使っていなかったのか、傷が一つもついていない。かと言って溝に埃が溜まっているわけでもなく、丁寧に手入れされていたのが伝わってきた。
「……大切な物だったのかな」
ひとまずその腕時計は貰うとして、スーツとシャツはサイズが合わないので捨てた。
遺品整理その二 押入れ
押入れを開けると、そこには剣道用の防具袋と竹刀が数字十本、そして布製の竹刀袋が入っていた。
「…親父、剣道好きだったもんなぁ」
二年前、親父が一枚の賞状を持って帰ってきた。
「…なにそれ」
と聞くと、親父はふふんと得意気に鼻を鳴らして答えた。
「五段の昇段試験、受かった。…スゲェだろ。」
俺は剣道をした事が無いので、その五段?になる事の凄さはあまり分からなかった。
「…あー、うん。凄い凄い。」
「あ?んだよその反応。…ダチ共に自慢してもいいんだぞ?」
「はいはい。…明日自慢するよ。」
それが聞けてさぞ満足したのだろう。
親父はまた調子に乗ってホラ話を始める。
「金太郎を育てたのは俺なんだぞ?」
や、
「俺の親父がな、俺が二歳ぐれぇの歳ん頃、熊を拾って来てな?育て始めたんだぞ、その熊をな。」
などなど……そんなアホらしい話を、酒を豪快に飲みながら話す。
「へー、凄ーい。」
と、適当に相槌を打っておけばそのうち満足して眠りにつく。
どんなに仕事が辛くても、親父は全く疲れた顔を見せた事は一度もない。
だからこそ、親父の死因が”過労”だという事を、未だに受け入れられなかった。
「あっ、やべ。…遺品整理、遺品整理……」
剣道具は全て粗大ゴミへ、賞状は燃えるゴミ…
そうこうしているうちに部屋の整理が終わった。
親父の部屋は本当に物が少なく、使えそうな物もあまりなかった。
「親父の形見として持っておけそうなのは、この腕時計だけか…」
たった一つの形見。なんだか特別感が湧いた。
「遺品整理も終わった事だし、そろそろあの女の所に向かわねぇと…」
昨日夜渡された小さなメモ。
そこに書かれた住所で、これから暮らす事になるのだろう。
「15年以上過ごしてきたこの家とも、さよならだな。」
荷物を準備し、玄関で靴を履いて外に出る。
「…世話んなりました。」
家に小さくお辞儀をして、メモに書かれた住所に向かって歩き出す。
外は雪が降っていた。
一歩、また一歩と固い雪を踏みしめる度にギュッ…ギュッ…と、片栗粉を握りつぶしているかのような音が鳴る。
ふと道端に目をやると、小さな木の芽が雪の中から顔を出している。
何となく、ただ何となく、それを思い切り踏み潰した。
何度も、何度も、何度も。
4里…5里程歩き続けた先に、小さな家へと辿り着いた。
「…すみませーん」
ドンドンドンと、思い切りドアをノックしてみる。
───返事はない。
「あぁもう面倒くさい…開けちまうか。」
ガラララッと勢いよくドアを開けると、目の前に例の女性が立っていた。
「…!?う、うす…お邪魔しま」
「品行方正にありなさい。」
─
──
───は?何…?
コメント
1件
お疲れさまです、シオンさん。第2話、じっくり読ませていただきました。 雪の描写と「品行方正にありなさい」という知恵子さんの締めの言葉が、すごく印象に残りました。主人公が木の芽を踏み潰す場面の持つやるせなさと、家にお辞儀をして別れを告げる一連の所作に、ちゃんと人の心が宿っていて…読んでいて胸が詰まりました。 これからの居場所で、少しずつ何かが変わっていくのかな。続きが楽しみです。
井川奎
98
#死ネタ