「二人とも、どうかしたの?」
表情を変えた弟と妹に対して、私は困惑しながらも優しく声をかけた。
二人の表情の意味が、よくわからない。確かに私は厳しいことを言ったような気もするが、家のことを任せると言って、ここまで絶望的な顔をするのは変だ。
「お姉様……」
「行かないでください……」
「え?」
「僕達、嫌なんです」
「お姉様が出て行くのが嫌なんです……」
「あなた達……」
二人の頬から涙が流れていくのを見て、私はやっと弟と妹が何に苦しんでいるのかを理解した。
私が家からいなくなる。それは二人にとって、私が思っていた以上に嫌なことであったらしい。
それは私にとって、とても意外なことだった。なんというか、突然殴られたような気分だ。私の心は、大きく揺らいでいる。
「そう……だったのね」
やっとのことで振り絞れたのは、そんな力のない一言だけだった。
私は、姉として失格である。二人がこんなにも苦しんでいたのに気付いてあげられなかったのは、失態としか言いようがない。
そんな私に、何ができるのだろうか。それを必死で考える。とにかく今は、この二人の弟と妹の不安を少しでも拭ってあげたかった。
「ごめんなさい。私は行かなければならないの。それが私が生まれた時からの役目だから……」
「でも……」
「私も、あなた達やお父様やお母様から離れるのは寂しいわ。でも別に、二度と会えなくなる訳じゃないの。会おうと思えば、いつだって会えるし……それに心は繋がっている」
「心?」
私は、イグルとウェレナをゆっくりと抱き寄せた。
まだ小さな双子は、私の胸の中で泣きながら言葉を返してくれる。この二人も、必死で納得しようとしているのだろう。それが伝わってきた。
二人が、ここまで私のことを想ってくれていたというのは正直意外でもある。
いつもやんちゃで、時々私のことを蔑ろにしたりするので、私が出て行くことにも呆気からんとしていると思っていた。
でもそれはきっと、私が表面しか見られていなかったということなのだろう。考えてみれば、私だってそうだ。二人に抱いている愛情を、全て包み隠さず表に出せられている訳ではない。
「私とイグルとウェレナは、離れていても兄弟なのよ。それは絶対に変わらないことなの。その絆がある限り、私達は繋がっている。だからきっと大丈夫……」
「……お姉様」
「お姉様……」
そこで私は、自分の非力さを痛感していた。
どれだけ論を述べても、この二人を本当に安心させることができないと思ったからだ。
行かない。あなた達の傍にいる。そう言えたらどれだけ良かっただろうか。
だがそれを口にすることは決してできないため、私はただ二人を強く抱きしめることしかできなかった。
◇◇◇
「正直な所、少し驚いています」
「そう……そうね。きっと、そういうものなのでしょうね?」
「ああ、わからないものだよ。きっと、そういうことは……」
ピクニックから帰って来て、イグルとウェレナは泣きつかれたのか眠ってしまった。
そんな二人がぐっすりと眠っていることを確認してから、私はお父様とお母様に何があったのかを報告していた。
二人は、それ程驚いていない。ということは、イグルとウェレナの悩みをなんとなくわかっていたということなのだろう。
「イグルとウェレナは、お前のことが大好きだった。憎まれ口を叩くこともあったかもしれないが、それもまた一つの愛情表現だったのだろう」
「二人がそんな風に言えるのは、あなたがそう言っても大丈夫な相手だとわかっているからなのよ。私やこの人には、そんなことは言わない。二人が本当の意味で心を許すことができるのは、お互いとあなただけだったのよ」
「……そうなのでしょうね」
お父様とお母様の言葉に、私はゆっくりと頷いた。
二人が言ったことは、私も心のどこかでは気付いていたことだ。イグルもウェレナも、私に対しては気楽に接していた。それが何よりの愛情表現だったのだろう。
そう考えれば考える程に、私の中にあった愛情も溢れ出てくる。昨日まではちっとも思っていなかったのに、今は二人と別れるのがすごく辛くなっていた。
「別れというものは、辛いものですね……」
「ああ、私達だって辛いさ」
「……でも、あなたを送り出すことが私達の使命なの。幸いにも、あなたは良き婚約者に巡り会えた。今の私達にとって、幸いなのはそのことね」
「うむ、改めてよかったと思う。言い方は悪いが、ガラルトの元に送り出す時よりも、心はずっと晴れやかだ」
家族との別れ、私はそれを改めて実感していた。
私は、ここから去って行く。それはきっと、とても大きなことなのだ。私はやっと、嫁ぐということの大きさを理解できたのかもしれない。
「これからは二人との時間を、これまで以上に大切にしていきます」
「ああ、それがいいだろう。そうしてやってくれ」
「多分二人も、今まで以上にあなたに甘えるのではないかしら? 時間は限られている訳だし、体裁なんて気にしていられないもの」
「ふふ、それはなんというか、少し楽しみですね」
両親の言葉に、私は笑ってみせた。
時間は限られている。だが限られているからこそ、これからの時間を大切にしていきたい。
私はそう思いながら、再び愛する弟と妹の元へ、向かうことにするのだった。
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