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ある日の仕事帰り、疲れ切って電車で揺られながら寝ていると、違和が五感を這ってきた。無音なのだ、寝ぼけ眼を開くと乗客が1人もいない。
何処なのだろうと車内の電光掲示板を見ると、日本語に親近感を覚えるが確実に違う、見ていると畏れを懐く文字がそこにはあった。
私は恐ろしくなり、唯一の家族である弟と連絡をしようとしたが、圏外になっており、電波もGPSも機能全てが使えない。使えるのは写真などのアプリだけだ。
私は唖然としながら、虚無に鳴り続けるベルの音を鼓膜に送り届けていた。すると電車のドアが開いてしまった。まるで私を招き入れるかのように。
「…….どうなっているの」
とぼやきながら意を決して降車した。そこは駅だった。しかし無人駅だ。改札が無いのだ。
駅名を見るが読めない。そもそもこの世界の言語かすら疑わしい文字が刻まれており、理解不能であった。「……ここはどこなのよ」
と言いながらスマホを確認すると、やはり圏外で地図アプリなども起動しない。写真を撮ろうとするが、謎の不具合で保存されない。
「……」
私は不安に押し潰されそうになりながらもホームから降りた。線路に沿って歩くと街灯があった。その明かりを頼りに進むと、トンネルに入った。少し薄気味悪くなりながら歩いていると、急に目の前が真っ暗になった。焦っていると声が聞こえた。
「やっと来たね」
「……誰?」
と呟いた瞬間、また視界が明るくなった。そして目に飛び込んできた光景は信じられないものだった。
「ようこそ、異世界へ」
私は呆気に取られて動けなかった。
「さぁ、おいで。君は選ばれたんだ。僕と一緒に来てもらうよ」
と言ってきた少年らしき人物の声を探しながら辺りを見渡していた。すると先程まで居た駅のホームが見えた。どういうことだろうかと思っていると、先程の少年が私の手を取り歩き出した。
「ちょっちょっと待って!」
と言うが無視された。
「誰なの!?」
「僕は……うーん、まぁいいか。」
少年はボソリと呟くと、私に笑いながら、こう言い放った。
「千寿菊とでも言っておこう…かな。」
そう話す際にも手を離させないどころか、少しずつ握る力が強くなっている。パニックなうえ、恐怖心に制圧されている私は少年の手を振り払ってしまった。
すると少年は消えてしまったのだ、まるで煙を吹いた様に跡形もなく、そこに居たのは冷たく時空が止まった、異世界としか形容できない仄暗い駅に居る私だけだ。何が起きたのか分からず、その場で泣き崩れていると、背後から気配を感じた。振り返るとそこには先程の少年がいた。
「ひっ!?」
私が悲鳴を上げると、彼はニタァと笑った。
「なんで……」
「どうして此処にいるのかって?それは」
少年が何か言いかけた時だった、遠くから低い男性らしき声が聞こえた。
「おい!こっちだ!」
声の方向へ振り返ると、壮年期くらいであろう男性が居た。男性は続けてこう言った。
「そいつは、そのガキは人間なんかじゃない!異形のバケモンだ!」
私は訳がわからなかった。だが、その言葉の意味を直ぐに理解する事となる。「え?」
そう口にした途端、身体中を鈍い痛みが駆け巡った。見ると腹部に大きな穴が空いていた。血が吹き出し、意識が遠のく中で、私は自分が死ぬ事を悟った。
「あぁ……痛いなぁ……もう嫌だよ」
と独り言ちていると、ふと思った。
あれ、これ夢だ。
私は目を覚ました。時計を見ると朝の7時半だった。昨日の出来事が夢のようだ。あの時の傷口も治っていた。
「良かった……変な夢見たけど、現実じゃなかった……はぁー、怖すぎる。」
冷や汗で寝巻きを濡らしながら、私はそう呟いた。
背伸びをしてリビングに行くと、そこには美少女と言っても差し支えのない弟が居た。
「ねぇねおはよ」
「椿(つばき)おはよー!お姉ちゃん怖い夢見ちゃったから癒して?」
「やだ」
こういうドライな所も可愛いのだ、こうやって朝の挨拶が出来るだけで今日も仕事を頑張れる。いや本当に。
「えぇ〜、良いじゃん〜」
「やだ」
「お願いだからさ、ほっぺにちゅーしてくれても……」
「やだ」
「そこをなんとか!」
「やだ」
「そんなに言わなくても……」
「やだってば」
「お姉ちゃん泣いちゃうぞ」
「勝手に泣いてれば?」
「…………しくしく」
「嘘泣きしても無駄」
「……チッ通用しないか」
そんな会話をしながら、2人とも支度を終わらせ私は仕事に、弟は学校に行った。
—–オフィス—–
「申し訳ありませんがお客様の住所を教えて頂かないと」
「じゃあなに!!私が悪いってこと!?」
「いえそんな訳では」
「あーもうヤダヤダ!!あなた以外の人居ないの!?」
それは私の台詞だよと思っていると、後輩の禊萩(みそはぎ)くんが来てくれた。
「任せてください!」
「もしもし、お電話代わりました禊萩です。」
…………禊萩くんありがとうぅう!!と思っているとランチタイムになった。
「禊萩ありがとう!」
「全然良いっすよ〜、寧ろあの人に当たる栞菜ちゃん先輩が可哀想っす!」
「いやー最恐って言われてたクレーマーだよね?あんな感じなんだね…」
「俺も初めて出た時あんな感じだったな〜」
そんな他愛無い会話をしながらご飯を食べる、至福の時間だ。
「栞菜ちゃん先輩ってモテますよね?」
「えっ何で」
「なんかこう……惹きつける雰囲気あるじゃないですか。」
「そんな事ないと思うけど。」
「絶対ありますよ。」
「うぅ〜ん…(恋バナ興味ないんだよなぁ)」
「あ、そういえばさぁ。」
「はい?」
「昨日の夜見た夢なんだけどね。」
「えぇ、また夢の話っすかぁ?好きっすね〜」
「いや今回はマジで怖いんだよ!男の子がね、その……バケモノだったっていう夢でね。」
「男の子がバケモノになる夢っすか、それは怖いですね〜。」
「うん……それでね、その子に殺される夢なの。」
「へぇ〜、まぁ夢なら大丈夫ですよ!」
「でもちょっと怖いですね、予知夢とか正夢とかなんとか。」
「それに実際にお腹が刺された感覚が有ったんだよ!」
「…………はい?」
「いや、だからさ!お腹を刃物みたいなもので刺されて……」
「いや、ちょ……それ本当にヤバイ奴じゃないですか!」
「え、どういうこと?」
「いやいや、そんなの夢だとしても怖すぎますよ!」
「えぇ……?さっきまで怖がって無かったのに、どうして?」
「だってそのレベルは怖すぎるっすよ!」
「そう…かな?」
「そうっす、てかその話詳しく聞かせて欲しいんすけど。」
「そんなに?でももうそろ時間だよ?」
「じゃあ今日飲み行きましょ!」
「絶対それが本心でしょ」
「えへへ」
「まぁいいよ!夢も嫌な感じだし、今日は飲んでお祓いしよ!」
「良いっすね!」
そう笑い合うと2人とも仕事に戻った
「じゃあいつもの居酒屋でね」
「了解です!」
午後の仕事も終わり、椿のご飯作りや家事を一通り終わらせて居酒屋へと向かう。
「お待たせしました!」
「全然待ってないよ、じゃあ乾杯しよっか。」
グラスを軽く当てるとカランという音が響く そしてお酒を口に含む
「ぷは〜、美味しいね!」
「そうっすね〜、やっぱりこの瞬間の為に生きてるって実感します!」
「ふふっ、なにそれ。」
椿と一緒にいる時も楽しいけど、また違う楽しさが有る。禊萩くんだからこそかな。
「たこわさとポテトください!栞菜ちゃん先輩は何かいりますか?」
「え〜と、じゃあ「昔懐かしいお婆ちゃんの幻影を追い続けてやっと巡り会えた肉じゃが」をお願いします。」
「肉じゃが追加ですね」
「はい…お願いします…」
「あはは!!」
禊萩が肩を震わせながら笑いを堪えていたが、店員が居なくなり限界が来た様だ。
「笑ったな!」
「いやだってフルで読んでたのに略されるの面白くて…ふふっ」
「笑うなー!ポテト頼んだキッズの癖に!」
「それ言っちゃうっすか!?ちょっと気にしてるのに!!」
「お互い様だよ!!」
…ワハハ…
「あっそんなことより、栞菜ちゃん先輩の夢の話の続きを聞いても良いっすか?」
「あぁそうだった、えっとね。」
私は夢の話をした。
「……え?じゃあ本当に栞菜ちゃん先輩が刺されたんですか?」
「うん、そうなんだよ。」
「うわー、マジで怖すぎるっすね…。」「しかもそれだけじゃないの。」
「まだあるんすか。」
「そうなの。」
「その夢なんだけどね。」
「……今夜また見てしまう気がするの。」
「えぇ?何でですか?」
「第六感的な?」
「はぁ〜、それはヤバイっすね。」
「だから今日は早めに帰ろうと思うの。」
「なにか対策は考えてるんすか?」
「一応あるよ。」
「どんな方法なんですか?」
「夢を見ない様に寝なければいいんだよ。」
「いや、それ不眠症でもないと無理っすよね。」
「それな」
「うーん、じゃあ椿くんと一緒に寝たらどうっすか?」
「えっ、そっそんな大胆な!」
「??」
「何かよく分かんないっすけど、悪夢は不安が関係するとも聞いた事が有りますし、オカルト的な話だと、お互いを意識して寝ると夢に出やすいらしいっすよ。」
「意外と博識…本当に禊萩くん?本物?」
「失礼な!!」
「冗談だよ、ありがとう!じゃあ今度からそうしようかな。」
そうして私と禊萩は解散した、私より食べていたのに割り勘だった。次は仕返ししてやろうなどと考えながら、眠りに落ちない様に気を付けて、また冷たく仄暗い電車へと乗り込むのであった。