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「だからさっきから言っているだろうが!!
ドラゴンと魔狼―――
魔物がギルド内で暴れやがったんだ!
俺はそいつらを止めようとしただけだ。
罪に問われる覚えはねぇ!!」
まだ十代後半くらいに見えるガラの悪い青年は、
帝都・グランドールの冒険者ギルド本部内にある
ギルドマスターの部屋で吠える。
ここで彼は、二時間ほど前に起きた事件……
ギルド本部内で広範囲攻撃魔法を撃とうとした
事について、事情聴取を受けていた。
「違います、ベッセルギルド長!
そもそもエードラムさんを始めとした、
『月下の剣』のパーティーのみなさんが
絡んだのがきっかけで……!」
受付嬢も反発して、当時の様子を訴える。
「エードラム。
カティア君はこう言っているが?」
四十代後半と思われる―――
中肉中背だが目付きの鋭い、シルバーの短髪の
男性が、ハチマキのような布を頭に巻いた彼に
問うが、
「ケッ、たかが平民の受付嬢の言う事なんざ、
ミスリルクラスパーティー・リーダーの俺様と
比べる事もねぇだろうよ!
それにこっちはバックが親父……
伯爵様だぜ?
出るとこに出りゃどっちが正しいって
『事になる』か、わかりそうなモンだろ」
今までも、自身の持つ権力でいろいろと
もみ消せてきたのだろう。
その言葉には絶対の自信がこもる。
同時に、同席していた受付嬢の顔も、
散々そのような状況を見て来たのか、
暗い表情になるが、
「君のお父上―――
そのモンド伯爵についてだが」
「あん? 何だよ?」
ベッセルが一通の手紙をエードラムに差し出す。
「つい先刻、私の元に届いた。
読んでみたまえ」
片手で奪うように受けると、面倒くさそうに
彼は文面に目を通す。
そしてそのうち、小刻みに手が震え始め……
やがて真っ青になった顔を上げる。
「な、なん、だよ、これ……」
エードラムのその様子を見ていたカティアが
首を傾げ、
「あの、いったい何が……」
受付嬢の問いに、ギルド長は両目を閉じて、
「今回の件―――
『ギルド本部に裁定を一任する』
『被害者側の希望があるのなら全て従う』
という、モンド伯爵の書状だ。
どうやらそいつらが因縁をつけた冒険者の
1人が、かなり上の方と繋がっていたらしい」
「まあ、おかしくはないですね。
何せドラゴンと魔狼を引き連れて来た
方々ですから……」
顔面蒼白となった彼をそのままにして、
ベッセルは話を続け、
「エードラム。
しばらく謹慎していたまえ。
『特別室』で大人しく裁定を待つがいい。
以上だ」
放心状態であった彼は、説明が終わると同時に
入って来たガタイの良い職員たちに無理やり
立ち上がらされ―――
フラフラとそのまま室外へ連行されていった。
部屋はギルドマスターと受付嬢だけが残る。
「それにしても、ドラゴンに攻撃を仕掛ける
なんて、よくアイツにそんな度胸があった
ものだ」
ベッセルは独り言のようにつぶやく。
「頭に血が上っていて、何も見えていなかった
だけじゃないでしょうか。
それにしても、ワイバーンが人の姿になった
という噂は耳にしていましたけど、ドラゴンや
魔狼までが……」
現場を見て来た彼女は、感心するように語る。
「その事についても驚いたが、何より彼らが
普通に冒険者をやっている事についても、な。
他国と言っていたが―――
そんな国がこの大陸・クアートルに
あったか……?」
「海の向こうの国らしいですよ?
かつて親交のあった、
新生『アノーミア』連邦と―――
他数か国の連合として来ているみたい
ですので」
ギルド長の疑問にカティアが知る範囲で答える。
「さて、『被害者の希望があるのなら全て従う』
と書いてあるからには、彼らの希望も聞かねば
なるまい。
彼らは今、どこで何をしている?
もう帰ってしまったか?」
ベッセルの質問に受付嬢はパン! と
両手を叩いて、
「あ、そうです!
彼らは今、厨房にいます」
「厨房?」
予想外の答えにギルドマスターは聞き返す。
「何でも、1人が凄腕の料理人らしく、
料理人たちがこぞって教えを受けている
そうです!
彼らに会いに行くのなら、ついでに食べに
行きましょう!」
「う、うむ?」
彼女に押されるようにして、ギルドマスターは
本部の食堂エリアへと向かう事になった。
「こっち唐揚げくれー!!」
「うめぇ!
甘い物なんて女子供の食べ物かと
思っていたが……!」
「何で卵がこんなにプリプリしてるのー!!」
現場に到着したベッセルとカティアは、
その様子にさすがに困惑の表情を浮かべる。
そこは帝国最大の冒険者ギルド、
一流レストランに勝るとも劣らない設備と
外観をしていたが、
「何でもいいから新作料理持ってきてくれ!
金はいくらでも出す!!」
「くうぅうう……!
ただの小麦粉がこんなに美味くなるなんて」
彼らが見ると、確かに今まで食堂で出た事の無い
料理が、次から次に運ばれる。
「いらっしゃいませ、何になさいますかー?
……って、ギルドマスター!?」
注文を取りに来たウェイトレスの一人が、
ベッセルの顔を見て驚き―――
食堂内の注目がそこへ集中する。
「いや、気にしないでくれ。
そのままで。
ところで、今日は見た事の無い料理が
追加されているようだが」
「そうなんですよ!
他国の冒険者の方なんですが、料理も
出来るという事で……
厨房で料理を作ってもらっているんです!」
「じゃあ二人前、適当にお願い出来るかな」
「かしこまりました!」
ウェイトレスの女性はそう言うと、厨房へと
足早に去っていった。
「天ぷらもフライも、少し前から帝都で
出回り始めましたが……
下ごしらえ一つでこうまで味が変わるとは」
「焦がした骨を煮た湯で作ると―――
味の奥深さが全く違う!」
「魚のすり身を卵と一緒に混ぜるだけで、
こうも食感が異なるものなのか!」
その頃、厨房では……
料理人たちが目の色を変えて、新たな調理法を
自分の腕で試していた。
「そういえばシン。
これ作るのは初めてだよね?」
「つみれとか肉団子は作ったけど―――
砂糖も無ければダメだったからね。
見よう見まねだけど、作る事が出来て
良かったよ」
童顔の妻が、伊達巻卵を見ながら
話しかけてくる。
実際に作った事は無かったけど、作り方は
知っていたし、うまく再現出来たと思う。
「お菓子ともデザートともまた違うのう。
ラッチは喜んでおるが」
「ピュウ、ピュウゥ~♪」
掘りの深い欧米風モデルの妻も、我が子に
食べさせながら語る。
「帰ったら、子供たちに食べさせて
やりたいな」
「ちゃんと作り方を覚えておかないと」
アラサーの赤髪の男と、色白の肌に対照的な
ダークブラウンの長髪を備えた女性……
ケイド・リリィ夫妻も味わいながら感想を
述べる。
「あの、シンさん。
ちょっとよろしいでしょうか」
と、そこへウェイトレスの一人が入ってきて、
「私に? 何でしょうか?
何か料理に不手際でも……」
不安そうに聞き返すと、彼女は首をブンブンと
左右に振り、
「いいえ!
そんな事はありません! 断じて!!
……すっすいません。
ギルドマスターからの伝言でして、
料理が一段落ついたらマスターの部屋まで
来て頂きたい、との事です」
そこで私たちは魔狼夫妻とも顔を見合わせ、
「やっぱり例の件かな?」
私が何気なく話を振ると、
「まあ、それしかないでしょーね」
「そもそも運営方法などを聞きにきたので
あろう?
最高責任者直々に聞けるのだからよいでは
ないか」
「ピュイッ」
まず家族が肯定的に答え、
「ギルドマスターまで出てきたという事は、
悪い話ではないでしょう」
「どう考えてもあちらに非があるわけですし」
と、魔狼夫妻も楽観的にとらえ―――
頃合いを見てマスターの部屋まで行く事にした。
「他国から……
しかも海の向こうからの客人に大変
失礼した。
我がギルド所属の冒険者の無礼、
ギルドマスターの私からも謝罪する」
部屋に入るなり、最高責任者と思われる男性が
頭を下げ、こちらも恐縮してしまう。
「カティアの事もかばって頂いたようで、
重ねて御礼申し上げる」
「あの時はありがとうございました」
一緒にいたのは、あの時現場にいて巻き込まれた
受付嬢の人で、
「大変だねえ、あんなのも相手にしないと
いけないなんて」
「しかしミスリルクラスとわめいていたが、
アレは強いのか?」
メルとアルテリーゼが例の冒険者―――
エードラムについて触れる。
「本来の実力なら、せいぜいが鉄鋼クラス
でしょうな。
パーティーとして、それといろいろあって……
その辺りも含めてお話ししたいと思う」
そこで私たち家族と魔狼夫妻は席につき、
落ち着いて話を伺う事になった。
「へえ、ここは階級が7つあるんですか」
「ウィンベル王国では―――
ブロンズ・シルバー・ゴールドの3つ
だけですのに」
ケイドさんとリリィさんが、ベッセルさんの
説明に聞き入る。
ランドルフ帝国の冒険者ギルドには、
その強さによって異なる階級が七つあり、
下から順に、
・木クラス
・石クラス
・鉄クラス
・白金クラス
・鉄鋼クラス
・金剛石クラス
そして最後に、
・魔力銀クラス
があるのだという。
「もっとも……
たいていの冒険者は白金クラス止まりで、
鉄鋼・金剛石クラスまで行く人は
ほんの一握りしかいません。
魔力銀クラスともなりますと、
帝国全土でも非常に貴重な存在です」
カティアさんの言葉に―――
じゃあ、あのエードラムは?
という疑問が湧くが、
「エードラムの場合は親が絡んでいるのだよ。
あいつの父親はモンド伯爵という貴族でね。
屋敷にいたメイドとの間に出来た子供で、
身分も当然平民、相続権無しのいわゆる庶子と
いうヤツだ」
モンド伯爵……
どこかで聞いたような、と思っていると
ギルドマスターが説明を続け、
「ただ伯爵はやつを殊の外可愛がっている
ようでな。
それに灼熱の風という魔法持ちで、
それだけでもそこそこ戦える。
あとは……パーティーとしての評価だが」
歯切れの悪い彼の言葉に、直接彼らを相手にした
アルテリーゼが、
「そんなに強かったかのう?
最上級の評価を与えるような者でも
なかったように思うが」
「ピュウゥ~」
するとベッセルさんは頭をかいて、
「そこはギルドの事情も混ざっている。
やつのパーティー、『月下の剣』は―――
臨時で鉄鋼・金剛石クラスの冒険者が
加わる事があるんだ。
金の力にものを言わせてだが……
ギルドとしても、緊急依頼などで優秀な人材を
すぐに呼べるというのは無視出来ないのだよ」
「でもでも、最終的に負担を支払うのは
ギルドですよね?」
「いくら人材を集められるとはいえ、
優遇するような理由にはならないと
思うのですが」
人間の方の妻・メルと魔狼のリリィさんが
意見を述べて―――
私とケイドさん、夫組がうんうんとうなずく。
そんな私たちを見て、受付嬢の女性の目が
泳ぎ始め、
「普通ならそうなんですけど~……
『月下の剣』は名誉・名声重視と言いますか。
依頼料以上のお金がかかっても、率先して
難しい仕事を引き受けてくれますので……」
言いにくそうに話すカティアさんを見て、
『あ~……』という雰囲気になる。
「要は褒めてやるだけで利益度外視で
動いてくれる、便利なバカって事かー」
「その通りだと思うんだけど言い方ぁ!!」
空気クラッシャーのメルがお約束の言動に、
思わず私がツッコミを入れ、
「ま、まあそういう事情もあって今までは、
ギルドとしてもなかなか処分が下せなかった
のだが。
今回は被害者が海外からの来賓という
事もあり、さすがに上も座視出来なく
なったらしい」
「確かに、下手すれば国際問題ですしね」
実はマームード皇帝とゴルト第三太子夫妻が
この件の裏で動いていた。
皇帝に取っては孫であり、ゴルトにしてみれば
実子であるマールテンを先祖返りから救って
もらった恩義があるので、それ以降
リアルタイムでシン一行の動向を把握して
いたのだが―――
(■180話 はじめての せんぞがえり参照)
そんな理由で、モンド伯爵家が即座に圧力を
かけられたののである。
当然、シンたちがその事を知るはずもなく。
「そこで被害者である君たちに、彼の処遇を
一任したい。
君たちにはその権利がある」
ベッセルさんの言葉に私は悩み、
「えーと、その彼……
エードラムはどうしているんですか?」
「『特別室』で待機させているよ。
引きずり出すもよし―――
賠償金を吹っかけるでもよし。
処刑とまではいかないが、牢に入れたければ
それも可能だ」
う~ん……
しかし見た感じまだまだ若そうだったし、
あまり厳しくするのは可哀そうだな。
それに狙われたのは女性陣であって―――
と、彼女たちの方に視線を向けると、
「メル、アルテリーゼ、リリィさん。
何か求める罰とかあります?」
すると即答で、
「シンにお任せー」
「我も」
「私も魔狼の姿で捕まえましたし、
実力は十分見せつけたかと」
との事。
「ケイドさんはどうでしょうか」
「まあリリィがそう言うのなら―――
それにトラブルは望むところじゃ
ないですしね」
彼からは大人の意見が出る。
正式な国交樹立発表まで大きな騒ぎを起こして
欲しくない、というのもあるし、
そのためにワイバーンの不穏分子まで
説得したのに、ここでまたトラブルや遺恨を
抱えるのはなあ……
「まあ、一度会ってみましょう。
それで決めますよ」
そこで私たちは改めて―――
エードラムに面会してみる事になった。
「何だぁ?
って、お、お前ら……!」
部屋に入った私たちの顔を見て、彼は後ずさる。
「まあ、君の処分を決めていいって
言われていてね―――
それで君の話も聞いてみようかな、と」
『特別室』とは聞いていたが、ベッドといい
家具といい、かなり豪華だ。
伯爵家の息子という事も関係しているのだろう。
「話って何だよ。
実家から切られた俺なんか、もう何の
価値もねぇよ……」
意外というか―――
思ったより立場はしっかりと把握している
ようだ。
というか、完全に心が折られているな。
折った原因のこちらが言うのも何だけど。
このままだと……
初めて自分の力と権力以上の存在に出会って、
それで立ち直れなくなるコース直行だ。
それはちょっと後味が悪い。
「こちらとしては、なるべく穏便に済ませたいと
思っているんですよ。
それに君には灼熱の風がある。
無価値というのは自分を卑下し過ぎじゃ
ないですか?」
「これだけじゃいいところ鉄鋼クラスだ。
俺一人じゃ限界がある。
魔力銀クラスパーティーのリーダーという
肩書が無けりゃ―――
有象無象の一人に過ぎねぇよ」
もはや投げやりになっているからか、素直に私の
質問に答え続ける。
しかしここまで自己分析出来ていながら、
どうして傍若無人な振る舞いをしていたのか、
逆にそちらに興味が湧き、
「どうしてあなたは冒険者をしているんですか?
お金だって、失礼ですが赤字依頼でも率先して
引き受けていると……
何が目的でやっているんです?」
「変な野郎だなアンタは。
聞いてどうするんだ?
俺は言ってみりゃ敵だろうが。
こっちの事情なんて知ったこっちゃ
ないだろうに」
ふてくされる子供のような態度でフィッ、と
顔を背けるが、そこで妻たちが、
「あの程度で敵って言われてもねー」
「我らから見ればただの癇癪を起した子供ぞ?」
「ピュイッ」
何とも言えない表情を浮かべた彼に、
魔狼夫妻が言葉を継いで、
「シンさんはこういうトラブルに慣れて
いるんですよ。
貴族絡みもよくあったと聞いてますし」
「それでたいていの事は解決していますから、
話すだけ話してみたらどうです?」
それを聞いた彼はしばらく眉間にシワを
寄せていたが……
やがて観念したかのよう口を開き、
「俺の父親は伯爵様だが、母親はただのメイド
だったんだ。
今は一応面倒を見てもらっちゃいるが―――
いずれ母子ともども屋敷に居場所はなくなる
だろう。
わずかな手切れ金だけ持たされてな。
その前に何としてでも、有名になっておく
必要があった」
「それが魔力銀クラスって事?」
メルが聞き返すとエードラムは首を縦に振り、
「上流階級ってのは名ばかり気にするからな。
元・魔力銀クラスの冒険者という事に
なっておけば……
どこぞの貴族か豪商に護衛として雇って
もらえる可能性がある。
それに『月下の剣』と一緒に任務にあたった
冒険者のコネもあるんだ。
彼らに声をかけられます、ってだけでも
それなりに価値があるんだよ」
「なるほど―――
結構考えておったのだのう」
「ピュ~」
アルテリーゼとラッチがその説明に感心する。
「でもそれなら、実家の伯爵家に引き続き
重宝されると思うんだけど」
「実の子が魔力銀クラスなのでしょう?
悪い扱いにはならないのでは?」
ケイドさんとリリィさんが夫婦して疑問を
述べると、彼はぶんぶんと首を左右に振り、
「冗談じゃねぇよ!
アンタらは貴族の事情を知らねぇから、
そんな事が言えるんだ!
後継者の権利の無い、だけど実の血を
引いている魔力銀クラスの息子なんざ、
他の後継者候補が味方として取り込もうと
するか、その前に消そうするに決まってる!」
庶子とはいえ、貴族の世界を間近で見て育った
からこその危機感だろう。
「貴族ってのは平民や身分の低い者の事なんざ、
何とも思っちゃいねぇんだ。
俺はともかく、母がそんな世界で耐えられる
わけがねぇからこうして……!」
「でもですねえ、ギルドマスターの話では、
その権力をかさにあなたも同様の事をやって
来たのでしょう?
恨みだって相当買っているでしょうし、
あまり良いやり方とは思えません」
『うぐ』という言葉を飲み込み、エードラムは
ひるむが、顔を横に向けると再び口を開き、
「仕方が無かったんだ。
鉄鋼や金剛石クラスはパーティーに常時
雇えねぇし、安けりゃ質もそれなりに
落ちるしよ。
厳しくすりゃすぐパーティーを抜けられ
ちまうし、そうなると今度はパーティーとして
認められる条件が成り立たなくなる」
「そりゃまた面倒な事で」
人間の方の妻がウンウンと聞き入る。
「なるほど。まあ事情はわかりました。
それで私たちとしましては―――
他国からの使節として、相手国でトラブルに
巻き込まれたという記録を残すのは大変
よろしくない。
『何事もなく冒険者ギルドの見学は終わった』
という事にして頂ければありがたいの
ですが……」
何を言っているのかわからない、という事を
エードラムは表情に出し、
「ええと……
ど、どういう事だ?」
「聞いての通りですよ。
そもそも私たちは、帝国の冒険者ギルドの
運営方法や実態を学びに来たんです。
それでまあ、あなたという興味深い事例も
見る事が出来ましたので、それでバーター
という事で。
何なら私から、実家の伯爵家にも一筆
書きましょう」
ポカン、と口を開けたままの彼に対し、
ドラゴンの方の妻と子供が両肩を揺らし、
「と、我が夫は言っておるがどうなのじゃ?」
「ピュイッ、ピュイッ」
エードラムはコクコクとうなずき―――
「……わかった。
だが、俺だって恩も恥も知っている。
何か要求があるのなら言ってみてくれ」
「そうですね、それじゃ……」
私はある事を思いつき、みんなで厨房へと
移動する事にした。
「まさか俺の『灼熱の風』を料理に使うとは」
厨房で、外へと続く煙突のある竈に向かい、
彼は魔法を実行し続ける。
幸い、威力や範囲を限定してなら長時間やっても
問題無いらしく、そこで様々な食材を調理して
もらっていた。
「これはすごい!
野菜はサクサクで面白い食感になっている!」
「肉は表面はパリッとしていて―――
それでいて中は茹でたようにフワッと……」
「熱風を出す魔導具は作れないか!?
それがあれば俺たちにも!」
料理人たちはまたこぞって、その新作料理を
再現しようという熱意に包まれる。
「油を使っていないんでしょう?
すごくさっぱりしています」
「蒸すのとは違うのでしょうか?」
魔狼夫婦の妻の問いに私に注目が集まり、
「蒸すのは熱湯から出る蒸気を当てますが、
こちらは熱風だけですからね。
だから水分を飛ばしてカラッとなるんです」
私の言葉を、料理人たちがメモに
書き込んでいく。
「これ、熱した鍋とかで出来ない?」
「水を使わなければいいのであろう?」
メルとアルテリーゼの質問には首を左右に振り、
「その場合だと下からしか熱が伝わらないから、
ひっくり返したりする必要があるだろうね。
エードラムさんにやってもらっているのは、
串に刺した食材に直接熱風を当てているから、
四方八方から熱を加えている事になる」
ちょうど竈の中の中空になるような位置に
食材を置いているので―――
まんべんなく熱風が行き渡るだろう。
「しかしさっぱりしているな。
いくらでも食えそうだ」
魔法を使いながら、片手で調理した物を
頬張りながら彼が語る。
「そうですね。
何より油を使いませんから……
太りにくくなる、と言いますか」
その言葉が言い終わらない内に、
メルとアルテリーゼが私の両側から
挟むように来て、頬をつつく。
「な・ん・で・シ・ン・は……
そういう物を初めてこっちで作るかなあ~?」
「毎度思うのだが、知っているのであれば
誰かに伝えた方がいいと思うのだが」
「ピュルルッ、ピュウー!!」
頬を変形させながら私は何とか答える
努力をする。
「ほ、ほれはですね。
熱風の魔法を使う人がいなかったのと、
あと料理でしょれを使うのはいろいろと
危険だと思いまひて……
それに料理は子供たちのために作って
いたんでしゅから、栄養などはきちんと
考えて作っていまふって!」
何とか弁明をする私を、エードラムさんが
気を使ってくれたのか苦笑しながら振り返り、
「ありがとな、シンさん。
それで本当にこれだけでいいのかい、俺は?」
「そうですね……
まあ後は、迷惑をかけた人たちに自分から
謝罪しておく事です。
賠償金は当然として、手料理の一つも
持って、ね」
そこで彼はばつが悪そうに笑うと、続けて
厨房の人たちも大笑いした。
「『何事も無かった』事にしてくれと……
いやまあ、そちらの希望がそれならそれで
いいのだが―――」
一応、事の顛末を報告するためにみんなで
ギルドマスターの部屋まで戻り、ベッセルさんに
彼の処遇を話す。
「しかもモンド伯爵家に、
『関係はこれまで通りで』
と手紙を出すと―――
ギルドとしてもその、彼を引き続き使……
いえ、協力してもらえるのは良い事なの
ですけれど」
カティアさんも、それまで通りにギルドで
利用出来るのならと、本音が見え隠れする。
「まあちゃんと『シメた』し、これからは
真面目になると思うよー」
「今までの被害者にも謝罪させるよう約束した。
まだ若いのだし、長い目で見てやってくれい」
「ピュイ~」
続いて家族も補足してくれ、
「じゃあ我々はこのへんで」
「失礼いたします」
ケイドさんとリリィさんが頭を下げ、こちらも
一礼して退室しようとしたところ、
「シン殿」
「はい?」
と、ギルドマスターから呼び止められ、
「訓練場はもう見たかな?
もしまだなら案内したい。
私自ら、ね。
それに海の向こうの冒険者がどのように
訓練しているのかも、興味がある」
それを聞いた私の口から大きなため息が、
そしてみんなは『やれやれ』という表情に
なった。
「ギルドマスターが模擬戦するらしいぜ?」
「あれ? ありゃ新しい料理人じゃねーか?」
まるで現代地球のスポーツジムのような空間で、
その中央、ガラスで仕切られた六角形の舞台の
上で、私とベッセルさんが木剣を持って
対峙する。
「いや、悪いね。
ドラゴンを妻とするような冒険者の実力、
是非とも試してみたくなって。
それに貴方自身にもとても興味が湧いた」
「はは……まあお手柔らかに」
それを場外で、家族や魔狼夫妻が観戦し―――
「結局こうなるんだねえ」
「もはや運命じゃの」
「ピュウ」
続いてケイドさんとリリィさんも、
「まあ、シンさんなら大丈夫だと思いますが」
「あの方の戦いを見るのは久しぶりですわね」
事もなげに話し、緊張感は全くなく……
ただの訓練ならそれも仕方ないだろうけど。
だけど私の場合―――
『自分の常識外の事は全無効化』という能力を
大っぴらには出来ないわけで。
「はは、どうかそちらもお手柔らかに。
何せ私の戦闘能力は、せいぜい鉄鋼クラス
程度なのだよ」
ギルドマスターの言葉に、そちらに意識を戻す。
しかし鉄鋼クラス?
金剛石クラスですらない?
どうしてそんな人がギルドマスターを務めて
いるのかと疑問に思っていると、その答えと
いうように、
「だが私のクラスは―――
ソロで魔力銀クラス。
なぜなら、これがあるから……
『自分だけの世界』!!」
と、その途端―――
自分の足首が地中に沈むのを感じ、
足元に目をやると、
「何あれ!?
泥? 湿地?」
「急に地形が変わったぞ!?」
「ピュッ!」
家族が驚くのも無理はない。
何せ、突然私とベッセルさんのいる舞台の
地面が、泥に変わってしまったのだから。
そしてその中を何事も無いかのように、
私の周囲を回るようにしてギルドマスターが
素早く移動する。
「目立ったり、威力のあるような攻撃魔法は
無い反面―――
この『自分だけの世界』は地形を任意に
変えられる上、私だけが自在に動けるのだよ。
所属冒険者たちにも、いろいろな地形で
訓練出来ると好評でねえ」
「!?」
すると今度は一瞬で、荒れ果てた石ころだらけの
地面へと変わる。
泥土からは抜けられたが、大小様々な石が
転がっている地面は足裏に違和感と動きにくさを
伝えてくる。
「いつも思うが、ありゃ反則だよなあ」
「まだいい方だぜ。
俺なんかこの前、いきなり水中に
突っ込まれた」
ギャラリーからの言葉で、どうも直接的な
攻撃や殺傷能力は無いようだが……
それでも相当厄介な魔法だ。
相手は実力を十分発揮出来ない環境に置かれ、
その中で一方的に自分だけが動ける―――
しかもこの魔法抜きでも鉄鋼クラスという事は、
かなりの実力者を相手にしなければならない
という事でもある。
「さて、これくらいにするか?
それとも何か手はあるかね?」
暗に降参を勧めてくるが、私としても
いわば今の立場はウィンベル王国冒険者代表。
おめおめと引き下がるわけにもいかない。
しかし一方的に勝つのもマズいよな……
私は悩んだ末に、
「自然現象や地殻変動も伴わず、
任意で地形を変える事など―――
・・・・・
あり得ない。
ただし相手までの直線距離範囲とする!」
と、範囲指定をかけて『無効化』をつぶやいて
みたところ、
「なっ何っ!?」
見事にモーセの海割りのように、彼までの
道がもともとの状態、まっ平な地形となり、
うろたえるベッセルさんに一気に近付き、
木剣を振り上げる。
「くっ!!」
そして予想通りに私の木剣は彼に弾かれ、
回転しながら宙を舞い……
「……参りました」
私が両手を挙げて降参すると、模擬戦の決着は
つき―――
やがてそれを理解した順からギャラリーが
歓声を上げた。
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