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「すみません。許してください」
「私がよそ見していてすみませんでした」
和也と彩は揃って二人組に頭を下げる。
「そんな生ッちょろい謝り方で済むと思っているのかよ。おい、俺に自転車を当てた女、今から俺達と付き合えよ。そうしたら許してやるよ」
ひげ面が彩に近付いていやらしい笑いを浮かべる。
「俺が何でもしますから、許してください」
和也が彩を庇って、ひげ面の前に立つ。
「何でもする?……面白い、じゃあ、俺の靴を舐めろよ」
「お前ひでえな、さっきトイレでションベンが靴にかかったとか言ってたじゃねえか」
グラサンは酷いと言いながらも、ひげ面を止める気配はなく喜んで見ている。
――あいつら調子に乗りやがって……でも、和也はどうするのだろうか?
「私が行きます」
「良いから……」
ひげ面の前に出ようとする彩を制して、和也の体はゆっくりと沈み、路上に膝を着き、手を着き、土下座するような姿勢に移ろうとしている。
――まさか、本当に靴を舐めるつもりなのか? 遠巻きに見ている人も居る、何より自分の彼女が目の前にいるのに、二人の安全を考えて靴を舐めるつもりなのか?
拓馬は自転車を乗り捨てて走り出した。自分のプライドを捨てて大切な人を守ろうとする和也と、失敗を望んで様子を見ていた自分との差が情けなくなったのだ。
「こいつ本当に靴を舐めるぜ」
ひげ面どもは和也の頭が靴に近付くのを喜んで見ている。
「やめろ!」
駆け付けた拓馬がひげ面の体を押し退ける。押されたひげ面は後ろによろけてグラサンに支えられた。
「誰だお前は!」
「俺の友達なんで、見逃して貰えませんか、先輩」
拓馬は怒りの籠った声で言う。
「お前、確か柔道部の二年だな。いいのか、喧嘩なんかしたら、宮下に殺されるぞ」
ひげ面は大柄な拓馬を警戒し、柔道部顧問の名前を出して牽制した。
「先生は関係ない。友達や彼女に手を出すなら、お前らは許さない」
宿工の不良の中で一番影響力のある武藤と言う人が柔道部の三年と友達で、拓馬も何かあったら自分の名前を出せと言われる程可愛がられていた。穏便に済ますなら、その人の名前を出せば良かったのだが、怒りで忘れている。いや、覚えていたとしても名前は出さなかっただろう。拓馬は今、大暴れしたかった。卑怯な自分に対する怒りの矛先をどこかにぶつけたかったのだ。
拓馬とひげ面達との間に緊張が走る。
二対一とはいえ、普段部活で鍛えている拓馬にとって軟弱な二人など怖くはない。早くかかってこいとさえ思っていた。
「同じ学校の後輩虐めてもしかたねえな」
好戦的な拓馬の迫力に気圧されたひげ面達は、チッと舌を鳴らして去って行く。奴らも拓馬とやりあって勝てる自信は無かったのだ。
ひげ面達が逃げた事により、拓馬の怒りは発散場所を失い内にこもってしまった。
「拓馬君!」
明菜が駆け寄って来て、拓馬は我に返る。
「大丈夫か、和也!」
拓馬はすぐに跪いている和也に手を貸す。
「良かった……拓馬が来てくれて。ありがとう助かったよ」
顔を上げた和也は恥じるでもなく、悲しむでもなく、怒るでもなく、心底ホッとした顔で笑った。和也は自分が辱められた事より、無事に解決した事を喜んでいるのだ。その笑顔を見て、拓馬は益々自分が恥ずかしくなり言葉が出なかった。
「ごめんね。私が自転車をぶつけてしまったから……」
彩が泣きながら和也に抱きつく。
明菜が拓馬の腕を掴む。気が付いた拓馬が明菜を見ると、まだ緊張が解けず、今にも泣き出しそうな顔をしている。拓馬は尚更、罪悪感が増した。
「みんな無事だったんだから、もう大丈夫だよ。さあ、早くカラオケ行こう」
和也は彩をなだめて、立ち上がった。
仙崎ひとみ/九龍
紙吹みつ葉
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