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私
の名前は、ミライ。
あのね、今日もママのお仕事を見に行ったんだよ! お星さまみたいにキラキラ光ったお洋服を着ていてね、すごく綺麗だったよ。
それにね、今日はお友達を連れてきたの。
みんなで一緒に遊んでくれたら嬉しいんだけどなぁ~。
ねぇ、お願いだから遊ぼうよう……。……あーん、また無視されちゃった。
どうして誰も構ってくれないのかなぁ。
私も遊びたいのにぃ。
うぅ……ぐすっ。……もう帰ろうっと。
こんなところにいたって仕方ないし。
じゃあバイバイ。
さようなら、私の大切な人たち。
***
「……ふわぁ」
あくびをしながらベッドから起き上がる。時計を見るとまだ六時だった。休日とはいえ起きるのが早すぎるかもしれない。けれど昨日はよく眠れなかったのだ。それに今日は特に予定もない。せっかくだから二度寝してしまおうかとも思ったけど、やっぱり止めておいた。もう一度布団を被っても結局また目が覚めてしまいそうだと思ったからだ。僕は部屋を出て一階に降りていった。居間では母親が朝食の準備をしていた。僕の姿を見つけるなり彼女は言った。
「あらおはよう。あんた今日はいつもより早く起きたわね」
「うん! わかった!」
突然、元気よく立ち上がったのは、 小さな女の子だった。
年の頃は5歳くらいに見える。
子供特有の細くて長い手足を伸ばしながら 勢い良く立ち上がると、そのまま走り出した。
「おねえちゃんたち、またねー!!」
満面の笑顔で大きく手を振ったあと、 彼女は再び駆け出していく。
それはもう、とても楽しそうな様子で……。
(あの子……)
彼女の背中を見つめていた少年だったが―――
ふと思い立ったように振り返ると、 その足を一歩だけ前に進めた。
しかし―――
彼の足はすぐに止まってしまったのだ。
なぜならば、そこにはまだ、 ひとりの小さな女の子がいたからだった。
その表情はとても暗く沈んでいて、 瞳からはポロポロと涙が溢れ出している。
「うぇええん……」
「あ~ぁ、よしよぉし、大丈夫だからねぇ」
母親の声が聞こえてくると、 その子は安心したかのように泣き止み、 母親の元へと歩み寄っていった。
その様子を見ていた少年は、 しばらくのあいだ呆然としていたが、 やがてハッとした表情を浮かべると、 慌てて部屋の中へと駆け込んでいく。
「大丈夫!?しっかりして!」
慌てふためく彼の声に反応したのか、 ベッドの上で眠っていた女性は、 ゆっくりと目を開けると、弱々しい声でつぶやく。
「…………あぁ……おはようございます……」
「よかった!目を覚ましたんだね?」
安堵のため息をつく彼だったが、 彼女の顔を見た瞬間、思わず言葉を失ってしまう。
女性の瞳からは光が消え失せており、 どこかうつろな眼差しをしていたのだ。
「ごめんなさい……また心配をかけてしまいましたね」
彼女は申し訳なさそうな口調で言うと、 そっと右手を伸ばし、優しく頬に触れる。
それはまるで壊れ物を扱うかのように、 とても繊細で穏やかな仕草だった。
「無理しないでよ。まだ安静にしてないとダメだよ」
少年は心配そうに声をかけるが、 当の本人はどこ吹く風と言った様子で、 平然な態度のまま答えてくる。
「いえ、もうだいぶ良くなりましたから。それにいつまでも寝ていてばかりだと体が鈍ってしまいますし」
そう言いながら起き上がろうとする女性であったが、 全身を襲う激しい痛みに耐えかねたらしく、 再び顔をしかめてベッドの上に倒れ込んでしまう。
彼女はしばらくそのままうずくまっていたのだが、 やがてゆっくりと身を起こすと、 自分の身体を見下ろして言った。
「あぁ……やっぱり、ダメね……」
「どうにも調子が悪いわ……」
「こんなことじゃいけないっていうのに……」
しかし、言葉とは裏腹に、 彼女の表情からはどこか安堵感のようなものが漂っていた。
それは、いつもの光景だったからだ。
そして彼女がこうなる原因はたったひとつしかないのだ。
だから、いつも通りにこう答えるだけだった。
「今日もダメみたいですね……」
「ふぅ~ん、そうなのねぇ~」
「えぇ、残念なことに、ね……」
「本当に困ったものだわ……」
「仕方がないから、また明日お願いしようかしら?」
「はい!もちろん!」
「では、お薬を出しておきますね」
「よろしく頼むわよぉ~♪」
女性が元気よく返事をした! 男は女性をデートに誘ったのだ! 女性は少し戸惑いながらも承諾してくれた! 二人は楽しいひと時を過ごした! 男がまた会いたいと伝えると、女も喜んでくれた! 数日後の夜……
二人の仲は急接近していた。
男は勇気を出して彼女を誘い出した。
彼女は嬉しそうな表情を浮かべて応えてくれた。
その夜はとても楽しく過ごせたようだ。
次の日もまた会う約束を交わしていた。
しかし、彼女はすでに知っていた。
「私はただ、愛されるだけじゃなく、愛することのできる人間になりたいんです」
彼女の決意を聞いたとき、男はこう思った。
『ああ、それは素晴らしい』
だから彼は、彼女に言ったのだ。
「君にならきっとできるよ」
そして男は、彼女に約束をした。
「僕が君の願いを叶えてあげるからね」
しかし、男が彼女を救える日は来なかった。
なぜならば――
「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。だって私、もう十分すぎるくらい幸せですもの!」
彼女は既に死んでいたからだ。
**
***
【登場人物】
・天川春人(あまかわ はると)……本作主人公。二十一歳の青年で、都内在住のフリーター。ある日突然異世界へ転移してしまう。
・アネモネ・ヘイズ・アルフィード=レティシア・オルコット……本作のヒロインの一人