十六番街でシャーリィ達が『血塗られた戦旗』の残党を相手に激闘が繰り広げられている頃、十五番街でも動きがあった。
『暁』から十五番街を取り上げた『カイザーバンク』は、当初の予定通り『聖光教会』に十五番街を進呈した。
教皇スニン四世は狂喜乱舞し、十五番街に新たな教区を設置。その統治を『聖女』マリアに任せた。
当のマリアは困惑したが、実家であるフロウベル侯爵家の強い後押しもあって教区長の地位を渋々受け入れた。
『闇鴉』の暗躍によって教皇とフロウベル侯爵に多額の資金が提供されたこともあってマリアの教区長就任は既定路線となっていた。
渋々ながら受け入れたマリアは、弱者救済活動を行うため自分の賛同者達を引き連れて十五番街へ入った。
以後マリアは一番街と十五番街を行き来して物資や人員の移動に奔走。
『カイザーバンク』は約束を守り大量の支援物資をマリアに提供。活動拠点となる聖堂の建設も急ピッチで行われた。
だが、この建設作業は十五番街の住民達を強制徴用して行われており、ただでさえ抗争で疲弊していた住民達は怒りを募らせていた。この事実を『カイザーバンク』は敢えてマリア達に秘匿し、住民感情は最悪のままマリア達に引き渡された形となる。
「まかり間違って住民達が『聖女』様に心酔などされては困りますからな。少し、手を加えておきました」
「上出来だよ、セダール君。暁の小娘への対抗馬以上は求めていないからね」
『カイザーバンク』総帥セダールと『闇鴉』マルソンの陰謀に乗せられる形となったマリアであったが、彼女なりに対策もしていた。
「今回の件は作為を感じる。お父様からの後押しが強いし、教皇猊下もあっさり認めてしまったからね」
「はっ、背後にて暗躍するものが居りましょう。お嬢様、ご下命下されば我らが動きますが」
人気の無い草地でマリアは四天王であるデュラハンのゼピスと言葉を交わしていた。
「見張りはお願い。ただ、十五番街の人々が救いを求めているのは事実よ。私は弱者救済をやめるつもりもない」
「ならば、陰謀の類いを察知しましたら直ぐにお嬢様へお伝えします。万が一猶予がない場合は……」
「皆の判断を尊重するわ。けれど、殺しは最小限に。魔族と人間の軋轢をこれ以上増やしたくはない。『彼』もそれを望んでいないわ」
「御意のままに。お嬢様に迫る危険のみに注意を払います」
ゼピスが軍団を動かすために去ると、変わりにマリアの私兵と揶揄される蒼光騎士団のラインハルトが近寄り膝をつく。
「聖女様、ご命令を」
「ラインハルト、蒼光騎士団全軍を集めて。十五番街での治安維持と裏社会への備えを。また裏社会の情報も可能な限り集めて欲しい。出来る?」
「聖女様はただ為せとご下命下さい。我々はその御聖断を粛々と実行するだけでございます」
「ありがとう、ラインハルト」
「勿体無きお言葉でございます」
マリアは各地に散らばる蒼光騎士団を集結させることを決断した。これまでの活動でマリアに心酔した者達が大勢加わり、既に蒼光騎士団は一千人を越える戦力を保有していた。
隊員達の武器は、先見性を持つマリアの意向で『ライデン社』の試作銃M-1ガーランド小銃を装備。
更にライデン会長が愛娘に内緒で極秘に試作した“九六式軽機関銃”も保有していた。
これはいわゆる軽機関銃であり、口径は6.5ミリ、三十発入りの弾倉を銃身上部に取り付ける。
発射速度は毎分五百五十発。ただ構造上の問題で射程はオリジナルが三千五百メートルであるのに対して、二千メートル程度にまで落ちている。
それに合わせて有効射程も五百メートル前後に抑えられている。
オリジナルの設計が1930年代であることを考えれば、無理もない。
ある伝でこの軽機関銃の存在を知ったマリアはライデン会長に直談判して、試作されていた十挺を買い取ったのである。
流石は侯爵令嬢と言うべきか、資金は一括支払いでありライデン会長を狂喜乱舞させた。
これ等の最新兵器を有する一千人の戦力は、子爵クラスの動員兵力でありシェルドハーフェンでも上位の戦力となる。
ちなみに『会合』に属する勢力は最低でも一千人以上の動員兵力を誇り、最大規模である『カイザーバンク』は構成員だけで六千を越える。
『花園の妖精達』、『ボルガンズ・レポート』は動員兵力こそ少ないが構成員は優に三千を越える。
ある程度準備が整うと、マリア自身も十五番街へと進出した。放置されていた教会を改修して当面の活動拠点とし、弱者救済の活動を開始した。
食料や被服の無償提供や医療の提供を中心としたが、住民感情は悪く治安も悪化しており活動は困難を極めていた。
「危険ね、ある程度治安が回復するまで活動を縮小。ラインハルトは治安の回復を急いで」
「仰せのままに」
暴徒と化した住民達が教会関係者を襲撃したり物資を集積していた倉庫に略奪を働き、治安の悪さにマリアも活動の縮小を決断。蒼光騎士団による速やかな治安維持活動が開始されるが、その行動は苛烈を極めた。
「聖女様の寛大なるお心を理解しようとしない愚者達は排除せねばならない。だが、聖女様の歩む道に血は要らぬ。首尾良く取り掛かれ」
「はっ!」
騎士団長ラインハルトは僅か数日で治安をある程度回復させた。その手腕をマリアも頼もしく思っていた。
だが裏では暴徒達を捕らえて拷問し、そのアジトや扇動者を吐かせて一網打尽にしてしまうものであった。
もちろん死体が残らないよう細心の注意が払われ、マリアにも実力行使は行っていないと報告されていた。
当のマリアもラインハルト達の苛烈な面をある程度理解していたが、救いを求める弱者の救済を優先して目を瞑っていた。
ようやく十五番街での弱者救済活動が開始されたが、教会に反発するものは多く小競り合いも継続していた。
シャーリィが『カイザーバンク』相手に仕掛けた策略は見事に利用されて、マリアとシャーリィの対立を深める切っ掛けとなったのである。
数週間後、慌ただしくも充実した日々を過ごしていたマリアの下に、ある少女が訪れる。
「私はマリア、貴女は?」
「聖奈だよ」
教会を訪れた少女聖奈とマリアの出会い。
それは、運命でありシャーリィとマリアの長い因縁が始まったことを意味していた。
シャーリィ=アーキハクト十八才秋の日、激動の一年が過ぎ去り新たな一年が始まろうとしていた。
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