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ベランダにあった豪華植物ベッドは、ミューゼによって魔力化して土や大気中に戻された。その現象は消滅するようにしか見えないので、パルミラとラッチは悲しそうにベッドのあった場所に這いつくばり、地面を撫でていた。
「おあああぁぁぁぁ……」
「うおぉぉぉぉぉ……」
『………………』
残り全員引いている。
こうなる理由は把握済みなので、いち早く我に返ったネフテリアが全員に声をかけ、リビングへと移動した。
「あの木の実は、またすぐ食べられるのよね?」
「アリエッタが持っていた野菜は、経験上1日で実がつくのよ。あの木も同じなのかはまだ分からないのよ」
「じゃあ当分はこの家と、リージョンシーカー本部、あと城で育ててみましょ。それ以上は広めないようにね」
「はーい」
「まぁあんな事が出来る木ですからねぇ」
アリエッタが何かをやらかした事で、慎重に木を見極める事になっていた。元々持っていた芋モドキとほうれん草モドキと同じ関係の植物だと確信したのも、木の事をアリエッタが知っていたからなのだ。
「で、樹液を使ったオヤツを作ってみたの」
「早っ!」
木の皮を一部剥き、そこから漏れてきた樹液。光の反射で七色に見えるその樹液はとても甘く、アリエッタ達を一瞬で虜にした。
それが食べ物である事も、サンディ達によって保障されている。
そのサンディが、樹液を使って、一瞬で小さなケーキを作ってきた。
『おいしー!』
「ん゛ふっ」
口に入れた瞬間、全員揃って笑顔になった。約一名、アリエッタの笑顔をうっかりチラ見してしまい、むせているが。
「アリエッタの持ってくる食べ物は凄いわね。あの野菜と同じだとしたら、これもエルさんが遺した種だったのかなぁ」
「……っ!?」
ミューゼとパフィの中では、母親であるエルツァーレマイアは既にこの世に居ないという認識である。実際は最初からこの世の存在ではないのだが。
真実を知っているネフテリアは、危うくケーキを吹き出すところだった。
(そういえばそうだわ。アリエッタちゃんが持っていたって事は、神様の食べ物って事じゃん! わたくし一体何食べちゃってんの!)
「ネフテリア様、どうかしましたか?」
「え? ううん、ナンデモナイワ。ちょっと変なトコに入っただけ……けほけほ」
誤魔化したが、内心の動揺は収まらない。
(大丈夫よね? 神様のを食べて、天罰とか無いわよね? エルさんも天然で優しそうだったし……大丈夫と信じよう)
「てりあー…………あーん」(元気の無い時は食べるのが一番だよ)
「……あーん」(無理! アリエッタちゃんの好意を断るとか絶対無理! そっちの方が天罰落ちそう!)
無垢な少女の笑顔とあーんを断る事が出来る大人は、この場には1人もいない。小さなフォークに刺さった小さなケーキを、笑顔でパクリと頬張る以外に選択肢は無いのだ。
周りを見ると、既に半分以上の大人達がデレデレした顔になっていた。残るはオスルェンシス、パフィ、ミューゼのみである。他のみんなで慣れてから、本命にあ~んするという計画のようだ。
「じゃあ次はシスね」
「ご勘弁を! 自分には護衛という立場が!」
仰け反って逃げようとするオスルェンシスに、アリエッタをけしかけるネフテリア。
(こ、今度はしすに「おもてなし」しないと。表情は分かり難いけど、優しい人だし、大丈夫大丈夫)
ここまでの行動はおもてなしだったようだ。順調に幼児らしい思考が混ざっている様子。
その背後には、早く自分にもしてほしいと切実に願い続ける保護者2人。
「しす、あーん」
「あ~ん♪」
上目遣いの笑顔で、即落ちするオスルェンシス。頬張った後はアリエッタを優しく撫で、お礼を言った。
「くっ…抗えない……もうダメだ……」
「なんで悔し気なのよ」
アリエッタの視線が別の方を向くと、己の不甲斐なさにガックリと項垂れる。しかし再びアリエッタが自分の方を向くと、そんな項垂れる姿を絶対に見せないよう、瞬時に立ち直るという事をやってのけた。
「にひひ」(よかった、しすも喜んでくれた)
「ふふふ」(頼むからそんな笑顔を向けないで。ダメになってしまうからっ)
(今のうちに……これでよし)
ニコニコと笑い合うアリエッタとオスルェンシスの横で、パフィが姑息な行動を取っていた。
「ん? ふぉーく?」(無い……なんで?)
なんと置いてあったフォークを全て隠してしまったのだ。
「お姉ちゃん、何やってるん……」
「パフィ、流石にそれはちょっと……」
「ふっ、これは不幸な事故なのよ」
シャービットとパルミラに非難されるも、パフィの信念は揺るがない。
「今度は私がイイコトしてあげるのよ。はい、あ~ん♡」
そう言って、パフィは指で摘まんだ小さなケーキを、アリエッタの口元へと持って行った。
驚いたアリエッタは、ケーキとパフィを交互に見て、意を決したように口を開いた。そしてケーキが口の中へ入った…その瞬間、ちょっとだけパフィの手が前に進んだ。
「はむ……!?」
(やったのよ!!)
アリエッタの唇はケーキを通り過ぎ、パフィの指をパクリと咥えてしまった。驚きのあまり、動きが止まってしまう。
その瞬間を、全員が凝視していた。
『ほほう、なるほど』
何故か全員が、真顔で何かに納得したようだ。
口の中ではパフィの指がケーキを離し、近くにあったやわらかい舌を、チョンチョンと突く。すると、アリエッタがピクッと震えた。
(ぱひーの指が口に…ぱひーの指が口に…ぱひーの指が口に…ぱひーの指が口に……)
思考がループする程衝撃だった様子。
やがてパフィの指が抜かれるが、アリエッタはそのまま放心状態。その視線は、クリームのついた指先に向かっている。
パフィはその指をゆっくりと移動させ、ペロリと舐めた。
「▽!○#@!?」
そんな艶めかしいパフィを見たアリエッタは、言葉にならない悲鳴を上げ、頭を爆発させるのだった。
「アリエッタ大丈夫?」
「あわ…うあああうあう……」
「あちゃあ、恥ずかし過ぎて壊れちゃってる」
「純粋な乙女心を弄んじゃだめなの」
「お姉ちゃんも罪な女なん」
もう顔どころか全身真っ赤に見えるアリエッタは、その場でぺたんと座り込んでしまった。
「もう、ほらおいで」
ミューゼが優しく抱き上げ、そのままソファに座った。
アリエッタを爆発させたパフィはというと、アリエッタの頭をひと撫でしてから、クールな感じでリビングを出て……姿が見えなくなった瞬間に倒れて、鼻から血を噴出した。どうやら興奮が限界をとっくに超えていたようだ。そんな姉の姿に、シャービットが引いている。
「よく頑張ったねー、アリエッタ。ご褒美をあげるね」
アリエッタを抱きしめたミューゼは、そのまま指で摘まんだケーキをアリエッタの目の前に持ってきた。
「!?」
「おお……なんという追い打ち」
「可愛い女の子も大変なの。でも幸せそうなの」
ミューゼもアリエッタにケーキごと指を入れる気満々である。
先程のパフィの件が事故だと思っているアリエッタは大慌て。
(みゅーぜの指なんて咥えちゃったら、本当に嫌われるかもしれないじゃん! ダメだって!)
しかしアリエッタはミューゼに逆らえない。
「アリエッタ、あ~ん」
「あ、あー……」
そして当然、その指は口の中に。離れようとするが、アリエッタの頭は抱きしめられていて、指から離れる事が出来ない。
「んんん~!?」
「アリエッタの舌って、柔らかいのね」
「ミューゼ……貴女アリエッタちゃんを殺す気? わたくしにもしてほしいんだけど?」
なんとミューゼはアリエッタの舌を、指で撫でていた。
アリエッタは指を咥えたまま、顔を真っ赤にして目を回している。
(ゆびぃぃぃ! ゆびゆびゆびゆびがあああああ!!)
少しして口の中が指から解放された後、なんとかケーキを飲みこんで、放心し直すのだった。
「これって、可哀想……なん?」
「う~ん……どうだろ?」
「というわけで、ここにラッチの家を建てます」
「うおおおー!!」
「ちょっと待てい」
広い敷地に、ヴィーアンドクリームとフラウリージェの建築予定場所と思われる枠がある。細い道でミューゼの家まで繋がるようだ。
しかしまだまだ空いている場所は多い。その中の比較的ミューゼの家に近い位置に、小さめの家を増やすとのこと。
「あ、そこにわたくしの家も追加します」
「こらーっ!」
「どうしたのミューゼ? 何か問題でも?」
「問題はっ……えっと……無い気がするけど、なんか勝手に決まっていくんですけど!」
ミューゼの家の裏は、ネフテリアがいろんな手を使って買収した土地なので、厳密には王女の管理下にある。なので何を建てようと、本来ミューゼには関係無い。
しかし納得出来るかは別である。
「ふふふ、これでお隣さん同士ね」
「ひぃ……」
ネフテリアが近くに住む。それはミューゼにとって身の危険を感じざるを得ない事態である。しかもそれだけでは無い。
「まぁお母様にも部屋を用意してと頼まれたから、小さな別荘みたいな物だけど……」
「うげっ」
パフィにとっても危険な案件だった。
ここまで話して、ネフテリアがある懸念を抱く。少し考えて出した結論は……
「アリエッタちゃんだけ相手がいないから、ピアーニャの部屋も作らなきゃね」
折角だからと、ピアーニャも勝手に巻き込んだ。実に哀れである。
「総長は仕事で王都にいるのでは?」
「別に転移すればすぐ来れるし、大丈夫よ。城に行くより時間かからないもの」
「なるほど? よかったねーアリエッタ。今度からピアーニャちゃんがいっぱい遊びに来てくれるって」
「? ぴあーにゃ? ぱいあそび?」(ぴあーにゃがどうしたって?)
「その区切り方はよくないって、アリエッタちゃん……」
「?」
ピアーニャの過酷な運命が決まって、ネフテリアがしれっと話を戻す事にした。
「それと、たぶんパルミラもここに住む事になるから」
「はい?」
「わたしですか?」
パルミラも初耳のようだ。
それもその筈、パルミラには王子の側仕えという、王子の人格さえ除けば最高級の本職がある。
「あ、それなんだけど、今度お兄様をボコボコにしたお父様が土下座しにくるから、その後異動してもらう事になるわ」
「……え?」
「ちなみにお兄様やお父様の護衛より給料上がるわよ」
「……ゑ?」
パルミラには、ネフテリアが何を言っているのか、最初から最後まで全く理解出来なかった。