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今朝からずっと先生の機嫌がよくない、ような気がする。しばらく西の方でほとんど温泉三昧だったのを取り上げられたからだろうか。
「ルカくん。あたしが機嫌悪いなとかなんとか思ってないかね?」
白髪を二つに結んだ、どう大きく見積もっても十五、六になるかならないかの風貌の先生が眼鏡のつるに触れながら不機嫌そうに言う。過去の実験の後遺症で不老となった彼女は確か今年で四十手前のはずだが、見た目に引きずられているのか言動が幼い。
「思ってますけど」
おそらくオレでなくても気付くであろうレベルの不機嫌さだ。
「機嫌が悪い理由はね、これからの仕事がひっじょうに面倒くさいからなんだよね」
「それはどういう?」
なるほど。ここしばらくずっと旅先で仕事を請けてきたが、急に学園まで呼び戻されたのだからおそらくは普通の仕事ではないのだろう。詳しく話を聞けるとは思えないが、一応尋ねてみる。
「ん-、”そらからおちてきたおんなのこ”をある程度一人前にしなきゃならない。ジョーカーにならないくらいに一般化しなくちゃいけない」
無意識に怪訝そうな表情になったことに夕日が射す窓ガラスの反射で気付く。漫画のような、青少年向けの小説のような言い回しだ。
「空から落ちてきた女の子?」
オレが聞き返すと先生は少し肩をすくめた。あまり感情が読み取れない仕草だ。
「詳しくは学園長に聞こうね、あたしからは言えないこともあるし」
一室に通される。前回通された部屋とは全く別だ。使い分けのルールがあるのか、それとも単なる偶然、あるいは気まぐれかは分からない。客をもてなすには簡素で、身内と過ごすにはかしこまっている。そんな感じの内装だ。学園と先生との距離感にかなり近いように感じる。
「ああ、ラティ。それにルカ君」
学園長が先生の名を呼ぶ。
「ご無沙汰してまーす。学園長、今回の仕事について教えてください」
「分かった。座りなさい。ルカ君もね」
学園長が着席を促す。テーブルには使い捨てのポッドとコップが並んでいた。おそらく、他人をあまり入れたくないが何も出さないのもと思った結果の気遣いだろうなと思う。
「……失礼します」
「まあ、単純に言えば我々が拾った奇妙な娘さんの神聖性を失わせたい。そんな話だね」
何が言いたいのだろうか。言葉の一つ一つ、単語ごとの意味は分かるが意図が読み取れない。飄々とした様子ながらも真剣さをにじませているように思えるが、それもまたオレが未熟ゆえの読み違いである気がする。
「拾った?」
先生は少し演じるようなわざとらしさのニュアンスを隠さずに首をかしげる。イヤリングが揺れた。
「そう。難しい話は僕らの口からは言えないから、そう思ってもらって構わない」
「神聖性を失わせるについては聞いてもいいの?」
わざとらしい溜息の後、先生は学園長に尋ねる。弛んでいるような張りつめているような中途半端な空気は居心地が悪い。
「あー、そうだね。”聖女”らしき兆候があるんだよ。新たな聖女の出現とあれば混乱は待ったなしだろう?」
”聖女”。一生に一度は死者を蘇らせることさえできるとされる奇跡を起こす女性。この世界から少し外れた魔法の理を持つとも言われている。
「なるほどね。厄介だなあ。それは。今の聖女様っていいとこの肝いりでしょ?」
うっすら聞いたことがあるが、どちらにせよ、雲の上とはいかなくとも違う世界の話だ。身分制度は無くなったといえ、文化的な意味ではその断絶は大きい。
「その通り。ぶっちゃけた話面倒にもほどがある事態になりそうだから、何とかしたい。かと言って彼女を冷遇して力の暴走なんてのも嫌だ。彼女を幸せなまま聖女という存在から遠ざけたい」
同時代にいないこともないけどねえ、と先生のつぶやきが聞こえる。おそらくそういう問題ではないのだろう。
「で、どうしたらいいの。あたしたちは」
先生が本題に切り込んだ。こういう時の先生はさすがと言うべきか。
「彼女を普通の、魔法が人並みに使える女の子に育ててもらいたい」
先生の目がすっと細くなる。いいことを聞いた、と悪巧みしているような。とは言っても、先生は変わり者ではあるものの悪人ではない。その辺りに関しては信頼している。
「魔法は教えるんだ?」
「当然。扱い方くらいは教えてあげるべきだよ。変なこと吹き込まれるよりは安全だろう? 彼女自身だけではなく周り含めてね」
おそらくその通りだろうと思う。
「まーねー……」
「というわけで、来月からラティは学園の教師として、ルカ君は生徒として動いてもらうつもりだ。問題はないね?」
「オーケーでーす。ん? どしたの」
小さい困惑の声が先生の耳に届いたようで、猛禽のような色の目と視線が合う。
「……いや、僕、お恥ずかしいのですが……」
田舎生まれだったこともあり、最低限の読み書きや計算は持ち回りで教師をしていた村の大人たちから学んだものの、その後すぐに先生に師事したので学校に縁がない。
「その点なら心配ないよ。一年に入れるよう手続きはしてある。あの子だってできるだけ紛れ込んでおかしくない学年に入れた方がいいだろう」
一年。確か入学資格があるのは十六歳だったはず。その少女が良くてもオレの方に問題があるんじゃないか? 留年生という可能性があるにしても。
「その、僕今年十八で……」
そう判断して学園長に申し出る。
「大丈夫でしょ、ルカ。時々もっと下くらいに間違われるじゃん」
……それは否定できない。学園長も同じ感想を抱いていたのか、先生の言葉をもってオレの申し出への返答としたようだった。