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「エトワール様が倒れたって言うから来てみたのに、何よ。ぴんぴんしてるじゃない」
「ねえ、誰が倒れたって言ったの?」
私は、聖女殿の自室でリュシオルに呆れた目を向けられながら、ベッドの上で伸びていた。
あの後、いきなり私が「いい人見つけて結婚して幸せになってね」とかいったものだから、二人とも変なものでも食べたのかと、頭でも打ったのかと大騒ぎして、メイド達が駆けつけて大きくなってしまったのだ。それで、リュシオルが駆けつけてくれて、後は私にまかせて下さいと、私を部屋まで送り届けてくれた。そうして、今に至る。
「誰がって、トワイライト様とアルバ様よ。二人とも大騒ぎしてたわ」
「うっ…………違うのに」
「まあ、何もなくてよかったわ。それと、新しい護衛騎士見つかったのね。それもプハロス団長の娘さんで」
「……うん」
私がそう、暗い表情で返すと、リュシオルは全てを察してくれたのか、ごめんね。と私の頭を優しく撫でた。彼女が私の銀髪を優しく撫でるたびに睡魔となんとも言えない寂しさがこみ上げてきて、彼女がいてくれるのにぽっかりと穴が空いた気分になった。
それはきっと、彼女の言った新しい護衛騎士という単語に引っかかっている自分がいるからだろう。私は自分が思っている以上にグランツの事を気にかけ、彼が私の中で大きな存在になっていたのだと改めて思った。
この世界にきて、自分からしゃべりに行った人物でもあるし、まあ、出会いは最悪で危うく木剣に当たって死にかけるところだったけど、それでも私は彼に剣術を教えてもらいたいから何て口実で彼と距離を縮めた。彼が平民と言うだけで馬鹿にされたのを、彼は私と同じように努力しても認めてもらえない存在だって分かって、カッとなって勝手に決闘を取り付けてしまったこともあった。彼を昔の自分とかさねて、それから彼を自分の護衛騎士に選んだ。自分の命を守ってもらう存在に値するって自分で選んだ。
だからこそ、喪失感が激しくて、こんなにも悲しいって胸が張り裂けそうなのだろう。恋愛感情とはまた違うような、それこそ信頼関係のようなものが彼と私の間にあったと思っていた。
でも、現実とは厳しいものでそんなもの地位や世間体を前にすれば簡単に壊れる。平民と侮辱を受けてきた彼が、本物の聖女の護衛を任せられると言われたら、そりゃ本物の聖女である彼女を選ぶのは至極当然なことだろう。
私は、それを自分の幻想でそれでも私を選んでくれると思っていた。
「悲しいのね?」
「うん……多分、だよ。でも、仕方ないって割り切っている部分もあるし、これ以上ぐだぐだ言ってるわけにもかないじゃん。だって、私には新しい護衛騎士がついたし、そのことも仲良くやっていけそうだし」
「それならよかったじゃない。エトワール様は自分から喋りかけにいくのが苦手だったのに、此の世界にきて自分から行動を起こそうと頑張っている。それだけでも、私は凄いと思うわ」
「それは、死なないために……」
「違う。高校からだけど貴方を見てきた私には分かるの。自分の殻に閉じこもっていたあの頃とは違うんじゃないかって、私が喋りかけにいくまで貴方は高校時代誰とも喋ろうとしなかったじゃない。恐れていた……そんな風に見えたわ」
と、リュシオルは昔の話をし始めた。
確かに、リュシオルは見る目があるし、私が今何も抜きにして信頼できるというのは彼女だろう。いつだって私の味方でいてくれて、サポートしてくれて、それこそ唯一無二の親友で。
そんなリュシオルが私に対して「貴方は変わったの」と言ってくれるのだからそうなのだろう。自分の事は自分がよく知っているようで知っていないというのが事実で、外から見て私の評価、私という人間は……という事なのだろう。リュシオルは矢っ張り私のことをよく見てくれたんだなあと。
彼女に言われても実感はなかったが私は本当に変わったのだろうか。言われれば確かに、自分から誰かに話すことが多くなってきた気がする。女子も男子も苦手だったけど、自分から話しかけに行かないと何にもならないと勇気を振り絞って話しかけられた気がする。それは、悪役になって死にたくないからという思いから来ていたものだと思ったが、今考えれば其れは少し違う気がしてきた。
「ありがとう……でも、人ってそんなにかわれるものなのかな?」
「簡単には変われないわ。でも、いろんな人と関わって少しずつ変わっていくものよ。それこそ、貴方はグランツと関わり始めてから怒りの感情を表に出すようになった。自分の身近な人が侮辱されているのを見てその人のために声を上げた。それって、昔のエトワール様じゃ出来なかったんじゃ無い? 所詮他人事だって、すませていたんじゃない?」
と、リュシオルはいって微笑んだ。
私は、ベッドの上で身体を起こし、納得したという意思表示のために頷いた。するとまたリュシオルは私の頭を撫でてくれた。まるで、子供をあやすかのような手つきに少しムッとしてしまったけれど、思えば彼女は私のことをハムスターということがあったなあと今更ながらに思い出した。小動物と思っているのだ。何故だか分からないが。
「それで、少しは落ち着いた?」
「うん、ちょっと楽になったかも。リュシオルありがとう。矢っ張り、アンタは私の一番の親友だわ」
「それはありがとう。また、困ったことがあったらいつでも言うのよ……それはそうと、トワイライト様は如何?」
リュシオルは、私の言葉を受けてにこりと微笑んだが、周りに誰もいないのを確認して、コソッと私に耳打ちをしてきた。私よりもリュシオル達の方が長い時間一緒にいたのではないかと思ったが、私にどんな印象だったか聞きたいようでリュシオルは私の回答を待っていた。
「どうって、いい子だと思うけど」
「……ほら、後から出てきたヒロインとかって大体中身が悪かったり、実はヒロインが悪女だーってことあるじゃない」
「もう、そんなことないって。そういうのはフィクションの話だけだって。すっごくいい子だよ。私のことお姉様って呼んでるんだけど、ちょっと変わってるかなーって感じの天然ッ子で悪い印象は受けないけど」
「そう、貴方が言うならそうなのかも知れないけれど」
「私見る目あるもん」
「それは、よく分からないわ」
と、リュシオルは冷たく返してため息をついた。
彼女なりに心配してくれているんだろうなと思いつつ、わたしはワタシでトワイライトがそんな腹黒ヒロインみたいには思えないし、きっとあの笑顔も仕草も計算された物でないだろうと思うし、思いたい。
トワイライトが攻略キャラに次々にあっているのはヒロイン補正だと思うし、彼女は伝説上の聖女と同じ容姿をしているからちやほやされるのも納得がいく。そして、私へのヘイトが集まるのも必然的で。
「そうだ、トワイライト様が同じ部屋で寝た言って言っていたのだけど。エトワール様はどうする?」
「えっ、トワイライトが?」
いきなり、話題を変えられて、吃驚した私はがばっとリュシオルの方を向いて目を丸くさせた。リュシオルは静かに頷いて、ちょっと困った顔をしていた。
「彼女の部屋も用意したのよ、でも今日はエトワール様と寝た言っていって。まあ、駄々をこねたわけじゃないんだけど、私達からは何も言えなくて」
「へ、へえ……」
「それで、貴方の意見を聞きたくてね。決定権は貴方にあると思うの。それに、トワイライト様見た感じ、エトワール様に懐いているようなのよね。ゲームとは全く違うの」
「ゲームないでのトワイライトってエトワールと友達になりたいって思っていたけど、拒絶されていたし、これも、私がエトワールになっちゃったから話が変わったって事なのかな?」
ゲームでのトワイライトは、エトワールに嫌われて嫌がらせもされていた。だけど、同じ聖女だと言うことで彼女の言葉には逆らわなかったし、友達になりたいって心から思っていた。でも、度重なる悪意を向けられ、彼女に対して怖いという印象を持つようになった。そうして、其れを知った攻略キャラ達にエトワールは目の敵にされて。
けれど、今トワイライトは私にべったりというか私のことをお姉様と呼んでいる。ゲームでは、エトワール様だったのに。だから、何もかもが違うのだ。
まるで、生まれたての雛が初めて見る鳥をお母さんだと思うような、そんな刷り込みのような感じがする。その表現があっているのかは分からないが、トワイライトももしかしたらゲームの設定と少しずれているかも知れないのだ。
だから、これから先何が起るか全く予想がつかない。
私が悪役になって成敗されるのかとか、災厄はどうなるのかとか。
人達の私に対する考え方は多分簡単には変わらないだろうけど、ヒロインとは上手くやっていけそうな気がするのだ。
「ちょっと夜更かししていい?」
「いいけど、どうして?」
「トワイライトと話したいの。だから、同じ部屋でいいよって伝えて」
「ほんと、貴方変わったわね」
と、リュシオルは呆れながらも笑顔を作って、夕食の時間になったら呼ぶと言って部屋を出て行ってしまった。
私は彼女を見送り、完全に部屋から出て行ったのを確認すると、ベッドの上に大の字に寝転んだ。天井が高く感じる。
(……でも、慎重に行動しないと何が起るか分からない。攻略も今まで通りすすめないといけないだろうし……)
頭の片隅で紅蓮がちらついて、私は近いうちに彼にあってみようかと思ってため息をついた。