テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第三章 氷晶と炎音
番外編① 白雪と揺れる火
長い冬の終わりが見え始めたフィルディア王都を出て数日。
しかし、山道にはまだ深い雪が残っている。
白く染まった木々。
冷たい風。
吐く息は白く、馬の蹄の音と馬車の車輪が雪を踏む音だけが静かに響いていた。
「……寒い」
ぽつり。
赤髪の青年が呟く。
馬車の荷台から顔だけを出したシュンタは、震えながら周囲を見渡していた。
「寒い……寒すぎる……」
「さっきからそれしか言ってないよ、シュンタ兄ちゃん」
荷台に座っていた旅芸人の子どもが笑う。
「北国行きたいって、シュンタ兄ちゃん言ってたじゃん」
「いや、ここまで寒いとは思わんやん……」
「もうそろそろ慣れたでしょう?」
今度は別の声。
馬車の前方から、呆れたような女性の声が飛んでくる。
シュンタの母、フレアだった。
赤い髪を揺らしながら、振り返る。
「寒い寒いって言うなら、もう少し厚着しなさい」
「母ちゃん、俺ちゃんと着込んでるで?」
「その格好で?」
フレアはじっと見る。
「オシャレは我慢なんや!
……でも、もう我慢できん」
「でしょうね」
即答だった。
シュンタが不満そうに頬を膨らませる。
その様子を見て、馬に跨り馬車の横を歩いていたジュウタロウは、僅かに視線を向けた。
「騒がしいな」
「ひどない?」
シュンタが振り返る。
「俺、今めちゃくちゃ寒さと戦ってるんやけど」
「お前の場合、寒さじゃなくて別のものと戦っているように見える」
「それは否定できへんなぁ」
あっさり認めるシュンタに、ジュウタロウは小さく息を吐いた。
以前なら、こんな他愛ない会話をすることなどなかった。
誰かと並んで歩くことも。
くだらない言葉を交わすことも。
けれど、今は不思議とそれが自然なことのように思えた。
「ジュウタロウは寒くないん?」
シュンタが聞く。
「平気だ」
「いやいや、同じ人間とは思えへんわ」
「失礼だな」
「褒めてんねん」
「そうは聞こえない」
そんなやり取りをしながら進んでいると、先頭を進んでいた商団の団長、オルレアンが手を上げた。
「少し休憩にしよう」
一行は開けた場所で馬車を止めた。
旅芸人たちが魔道具で暖を取る。
温かい飲み物が配られる。
#見て
.
22
子どもたちは雪の上を走り回り、短い休息を楽しんでいた。
ジュウタロウは少し離れた場所から周囲を見渡す。
雪山。
静かな森。
そして、少し遠くで白い影が動いた。
「……狼か」
視線の先。
数頭の狼の群れが、こちらを見ていた。
シュンタも気づく。
「大丈夫なん?」
「距離がある」
ジュウタロウは静かに答える。
「この辺りが縄張りなんだろう」
「じゃあ刺激せん方がええな」
「ああ」
ジュウタロウは頷く。
「ゆっくり離れよう」
その時だった。
「……あ」
シュンタが小さく声を漏らす。
ジュウタロウが見る。
シュンタは森の端を見ていた。
そこには、小さな白い子狼がいた。
群れから少し離れ、こちらを見ている。
「……」
シュンタの目が輝く。
「めっちゃ可愛いやん」
嫌な予感がした。
「シュンタ」
「いや、ちょっと見るだけやで?」
「動くな」
しかし、時すでに遅し。
シュンタはゆっくり近づいていた。
「大丈夫やって」
「おい!危ないから――」
言い終わる前。
子狼が動いた。
そして、低い唸り声。
空気が変わる。
大きな影が森から現れた。
親狼だった。
体勢を低くして、子を守るように前へ出る。
馬が大きく嘶いた。
商団がざわめく。
子どもたちが怯える。
「馬車へ戻れ!」
護衛たちが声を上げる。
だが、親狼は警戒したまま動かない。
その瞬間、ジュウタロウは剣を抜いた。
「下がれ」
短い声。
魔剣を握る。
そして地面へ突き刺した。
その瞬間、剣を中心に白い冷気が広がる。
雪が舞い上がる。
地面が凍る。
親狼との間に、高い氷の壁が生まれた。
攻撃ではない。
近づかせないための壁。
シュンタが目を見開く。
「……」
ジュウタロウは静かに構える。
ふと、昔の記憶が脳裏を過ぎった。
リュカ。
優しかった白狼。
そして次の瞬間、小さな炎が飛んだ。
赤い光が雪原を走る。
フレアの手から放たれた火球が、狼の前へ落ちる。
炎が雪を照らす。
「!」
驚いた親狼が後ずさる。
その横で、子狼が駆け戻っていく。
やがて親狼は踵を返し、ゆっくり森の奥へ消えていった。
しばらくして、誰かが息を吐いた。
「……助かった」
商団に安堵が広がる。
そこで、フレアはゆっくり振り返った。
「シュンタ」
「……はい」
「あんた」
笑顔、なのになぜか怖い。
「また余計なことしたわね?」
「あ、いや……」
「可愛かったから?」
「……はい」
次の瞬間、小さな火球がシュンタの足元へ落ちた。
ボッ。
「熱っ!!」
シュンタが飛び上がる。
「母ちゃん!?」
「あんたさっきから寒い寒い騒いでたでしょう?」
フレアは腕を組む。
「これで温まりなさい!」
「方法が物騒すぎるて!」
旅芸人たちが笑い出す。
子どもたちも大笑いしている。
その光景を、ジュウタロウは呆然と見ていた。
いつも冷たい雪国。
いつも静かな城。
そんな場所では見たことのない光景だった。
騒がしくて。
温かくて。
眩しい。
そして気づけば
「……ふっ」
小さな笑いが漏れた。
自分でも驚く。
ジュウタロウは口元へ手を当てた。
今、 笑ったのか。
「……」
シュンタがこちらを見る。
そして、にやりと笑った。
「今、笑ったやろ?」
「気のせいだ」
「いや絶対笑ったって」
「気のせいだ」
「氷晶の王子でも笑うんやなぁ」
「……うるさい」
そう言いながら。
ジュウタロウの表情は、いつもより柔らかかった。
白い雪の中、小さな炎が揺れている。
それは魔法の火ではなく、人の温もりだった。
コメント
1件
**感想** 第33話、ほっこりしたわ~。番外編でシュンタの賑やかな家族とジュウタロウの距離感がじんわり沁みた。氷壁で狼を威嚇する場面はカッコ良かったけど、何より「笑ったやろ?」からの照れ隠しが尊すぎる。最後の“人の温もり”って言葉、泣ける。comiさん、この緩急のバランス好きです🔥