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紳士と、囚われた姫君。
手首はネクタイで軽くまとめられたまま。
逃げる余地はない。
それでもエリオットは、まだ笑っていた。
「……で?」
小さく首を傾ける。
「どうするの」
挑発みたいな声。
チャンスは何も答えない。
ただ――ゆっくりと視線を落とす。
エリオットの首元。
緩められたネクタイ。
指が、そこにかかる。
「……っ」
エリオットの呼吸が、わずかに止まる。
するり、と。
チャンスの指が結び目に触れて、
ゆっくりほどいていく。
慣れた手つき。
急がない。
わざと時間をかけるみたいに。
「……ねぇ」
エリオットが小さく声を出す。
「なに」
「遅くない?」
「そうか?」
淡々と返しながら、さらに緩める。
布がほどけて、首元が開いていく。
エリオットの喉がわずかに上下する。
「……っ」
完全に外れる。
ネクタイがするりと抜けて、チャンスの手の中へ。
静寂。
何も起きない。
距離は近いままなのに――
表情を何も変えず、何もしてこない。
「……」
エリオットが一瞬待つ。
でも、何もない。
チャンスはただ見ているだけ。
その目で。
「……ねぇ」
少しだけ声が不満げになる。
「なに」
「外しただけ?」
「そうだな」
短い返事。
エリオットの眉が少し寄る。
「それだけ?」
「それだけだ」
完全に、余裕の声。
わざと。
沈黙が、長くなる。
近いのに、触れない。
それが逆に――落ち着かない。
エリオットが小さく息を吐く。
「……じれったい」
ぽつり。
チャンスの目がわずかに細くなる。
「そうか」
「うん」
少しだけ視線を逸らして、
すぐ戻す。
「早く、なんかしたら?」
言った瞬間。
空気が変わる。
チャンスがゆっくり一歩近づく。
距離はもう、完全に逃げられない。
「……へぇ」
低い声。
エリオットの顎が、軽く持ち上げられる。
視線が強制的に合う。
「その状態で」
一瞬だけ間を置く。
「何かされたいのか?」
静かに、はっきりと。
エリオットの目が大きく開く。
「……っ、」
言葉が詰まる。
一気に顔が熱くなる。
「ちが……」
否定しようとして、止まる。
うまく言葉が出ない。
チャンスはそれを見て、ほんの少しだけ笑う。
「さっきまでの余裕はどうした」
「……うるさい」
小さく返す。
視線を逸らそうとして、でも逸らせない。
顎を軽く支えられたまま。
「……別に」
エリオットは小さく息を吐く。
「そういう意味じゃないし」
「じゃあ、どういう意味だ」
すぐに返される。
逃げ道がない。
エリオットは一瞬だけ黙って――
それから、少しだけ目を細める。
照れたまま。
でも、まだ負けてない顔。
「……分かってるくせに」
小さく言う。
チャンスの目がわずかに揺れる。
一瞬の静寂。
どちらも動かない。
でも――空気だけが、じわじわ熱を持つ。
触れていないのに、近いまま。
何もしてこないのに、離れない。
その焦れったさの中で、
エリオットが小さく息を吐いた。
「……ほんと、ずるい」
チャンスは何も答えない。
ただ、少しだけ距離を詰める。
それでも――まだ触れない。