思いもしなかった人の登場に、お淑やかなふりすら忘れ、麗は思わず叫んでいた。
「な、なんで? 棚橋さんは? あ、アキ兄ちゃん、もしかして仲人してくれんの?」
「誰がするか。そんなことするくらいならお前を誘拐して地の果てまで逃げてやる」
そう、吐き捨てた明彦に、麗は状況が全く理解できないでいると、同じく状況が理解できない父が怒鳴りつけてきた。
「麗っ! 誰だこの男は! 今日が何の日かわかっているのか、お前は! 今更、駆け落ちでするつもりか! 棚橋さんに失礼な真似したら会社がどうなるかわかっているだろうっ! こんな男、きっと顔だけだっ!」
「わかってるわ! あんたこそアキ兄ちゃんにそんな口効いてええんか? アキ兄ちゃんは、姉さんの友達で、大赤字やったレジャー部門の立て直しで一躍有名になった須藤グループの御曹司様やで! なめたらあかんで、なめたらっ!」
麗が説明しよう! とばかりに全力で虎の威を借ると父がぴょーんと跳ね、手をすり合わせた。
「す、須藤デパートの御曹司でしたか、これはこれは、いつも娘がお世話になっておりますようで。それで本日はいったいどのようなご要件で?」
我が父ながらあまりに変わり身が早く情けない。
いや、この父に情けがあった試しなどないのだが。
「須藤デパートってウチの売上の中でもトップ占めてるのに、そこの御曹司の顔も知らんとか大丈夫ですかー、社長?」
麗は父を全力で煽った。父子関係はもとよりかなり悪い。
「うるさいぞ! 麗っ! 親に向かって生意気な口を!」
父が手を振り上げ、叩かれそうになって殴り返す準備をしたそのとき。
「佐橋社長。私の花嫁を殴るのはやめていただけますか?」
明彦が父の振り上げた手を握っていた。ミシッと音がするほどに。
「私の花嫁? え? 私、棚橋さんに嫁ぐんやけど??」
麗は父の心配を欠片もせず、明彦に聞き返した。
「その件で、佐橋社長に話があって参りました。棚橋でしたら先程、インサイダー取引と脱税とそのほか諸々が発覚して、結婚どころではありませんよ。だからここには来ません」
「マジで? ろくでもない人やとは思ってたけど、ほんまにろくでもないな」
まあ、以前スマホで名前を検索しただけで、すぐに逮捕歴が出てきた男だ、さもありなんである。
「そう思うなら嫁ごうとするな」
「それは、しゃーないやん」
明彦が深いため息をついた。そして麗を視線だけで捕らえた。
「なら、俺との結婚もしゃーないで済ませるんだな」
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